第16話 派遣された家庭教師

「オッス!俺!参上!」

 この、どっかのキャラとキャラを足したような挨拶をしながら、指を開いたピースを目元に当てて、ウインクしながら、ペ●ちゃんのように舌を出している、焦げ茶のくせ毛に緑の目のバカメンはシェスター・マイシオ。


 名前から、あだ名はシオちゃん、お塩、塩など。キャラクターグッズにも当然マイ塩ボトルがあるんだけど、いやマイ塩持ち歩く人ってどんだけよ。塩分過多で死ぬじゃない。


 ちなみに名前の響きは、マ↓イ↗シ↗オ↑じゃなくて、マ↑イ↘シ↘オ↘だ。

 これは彼の名前をフルネームで毎回わざわざ呼ぶキャラクターのおかげで確立してる。


 ハスキーがかった声が特徴で、重要なサブキャラをやる率が高い、3枚目から悪役まで幅広い演技をこなす、ハロヲタで有名な、髭が特徴の声優さんが声を当てている。


 特にヤンキーをやらせたらナンバーワンとの呼び声も高い声優さんなんだけど、今回はウザカワキャラを担当したみたいね。


 個人的にはギャップ萌えをやらせたらナンバーワンだと思っているから、この采配はもの凄く当たりだと思うの。少年ボイスも出来るからか、今の年も同じ声優さんみたいだ。


 ウザキャラなら、イーサン役の声優さんが得意ではあるけど、あの人は何をやらせても色気がだだ漏れ過ぎてて、決して可愛くはならないから、シェスターは向いてないかな。


 大人になってからの所属は、王立研究機関の魔道具開発部所属。つまりは、この人が将来の課金アイテム──もとい、ペットの装備などを開発してるって設定だ。


 私は家庭教師をつけると言われて、おそらくシェスターが来るんじゃないかなって思ってた。だから特に驚いてはなかったんだ。


 デイビッド王太子の子どもの頃から、幼いシェスターが、彼の家庭教師だったっていうエピソードがあるからね。


 シェスターは、ウザカワおバカ担当のキャラクターながら、その頭脳が明晰で、天才の呼び名を欲しいままにしたという設定だ。


 天才とバカは紙一重と言うけれど、シェスターはまさにそれを体現したキャラクター。

 才能はあるし、頭はいいけど、それ以外はからきしで、とにかく空気が読めない。


 つまりはギャップ萌え担当でもあるということなのだ。時折見せる真面目な顔や、意外と熱いところが魅力のキャラクターだ。


 痛い目にあってても、あんまり可哀想に見えないのが特徴で、残念イケメン好きや、世話好きお姉さまなどのファンが多い。


「あんたがノエル・ガーランドだよな?

 王家からつかわされてさ。俺が今日からあんたの家庭教師になるから、よろしくな!

 シェスター・マイシオってんだ!」


 シェスターが、握った左手の拳に立てた親指を自分に向けて、ニカッとウインクしながら笑って右手を差し出してくる。


 あ、はい……、と力なく答えながらも、その手を取らない私。シェスターが困惑したように首をかしげて見てきた。


 私、カトミエルが最推しなだけあって、静かで優しそうなお兄さんが好みなのよ。

 シェスターみたいなウザキャラって、正直あんまり得意じゃない。


 テンションについていけないっていうか、私の理想は背中合わせにお互いよりかかりながら、互いに本を読んで過ごすことだから。  


 その点シェスターはバリバリの構ってちゃんだからね。対応に苦慮するところだわ。

「よろしくお願いします。マイシオさん。」


「なんだよー。かったいなあ。気軽にシェスターって、呼んでくれよな!」

 子どもの頃から、やっぱりこうなのね。


「じゃじゃじゃ、あんたが今どの程度出来るのか、見せてくれよ。公用文字はだいぶ書けるようになったって、聞いてるんだよね。」


 床に置かれた小さな木の机と椅子。机の上に置かれた石板。これが私の勉強するところだ。私の大きさに合う机がないからと、カトミエルが作ってくれたものなのだ。


 その横にササッと大人用の幅の細い椅子を引っ張って来て、背もたれを前にして座りながら、背もたれを片手で抱きつつ、私においでおいでをしているシェスター。


 私はうながされるままに椅子に腰掛けた。カトミエルの愛が詰まった素晴らしい作品。

 この椅子と机に触れていると、カトミエルに包まれてるみたいな気持ちになる。


 ああ……!!こんな椅子と机で勉強出来ることになるだなんて!!

 勉強の時間が楽しくて仕方がないわ。

 いつまででも座っていられるもの。


「……妙に嬉しそうだね?あんた。

 普通子どもって勉強が嫌いなもんだけど。

 デイビッド王太子だって、義務だからやってるけど、勉強は嫌いなのにな。」


 へえ、意外。国を継ぐための勉強を常に頑張ってるイメージだったけど。

 私が自分の話に興味を持ったのが分かったのか、シェスターはニカッと笑う。

 

「あー、でも、歴史とか政治学は好きみたいだな。やっぱり国を背負う立場だからかね。

 でも算術が苦手みたいでさ。」


 そうなんだ。なんでもこなせるイメージのあるキャラクターだけど、苦手なこともあるのね。それでも学年1位を取るんだから、やっぱりデイビッド王太子って凄いな。


 私はシェスターの前で、石板に文字を書いていく。もう文字は完全に書けるようになったのよね。それと今書けるいくつかの単語を書いてみせた。


「ふむ。なるほどね。じゃあ、算術はどうかな?少しは習ったりしてんの?

 試しにこの問題、といてみてよ。」


 そう言って、シェスターは簡単な一桁の足し算の式をいくつか石板に書いた。

 スラスラとといてみせる。


「えっ!?凄いな、お前!!」

 シェスターが目を丸くする。

 私からすると簡単だけど、普通はこの年で算数なんてやらないものね。

 

「うーん、じゃあ、これは?」

 今度は一桁の引き算だ。これもスラスラとといてみせる。シェスターが2桁、3桁、4桁、5桁、6桁、と桁を増やしていく。


「……まいったな、天才じゃないのか?」

 いやいや、どれだけ桁が増えたとしても、ただの足し算と引き算だから。

 まあ、小学校レベルよね。


 さすがにこんなので褒められたら恥ずかしいのよ。じゃあ、これはどう?と、今度は掛け算の問題を出してくる。

 これもスラスラとといてみせる。


 同じく割り算。これもさっさととく。

 小数点、同じ記号の足し算引き算、掛け算割り算、方程式、因数分解。さすがに中学校2年生くらいまでの数学は余裕だった。


 私、前世じゃ数学が1番得意だったんだよね。苦手なのは暗記物。理由は退屈だから。

 英語もあんまり得意じゃなかった。


 数学って覚えることが少ないから、どれがその式に当てはまるのか探すパズルのようなもの。パズル好きの私からすれば、問題数をこなせばパターンが分かるから楽なのよ。


「うーん、算術は教えることがないな。

 今すぐにも受かるレベルだよ。」

 えっ。そんなに簡単なの?入学試験って。


 全然図形の角度や長さを計算するような、複数の式を当てはめて考えるような問題、出て来てないけど???


 まあ、魔法が発展してる世界だと、こんなものなのかもね。実際高等数学が必要な場面って、実生活においても、社会じゃ存在しないっていうものね。


 「じゃあ、算術はおいといて、語学と、文学と、歴史と、地理かな。

 試験に出るのだけをやろっか。」

「わかりました。」


 私はシェスターの授業を聞いて、シェスターが出してきたミニテストをひと通りといていたんだけど。ここにきてシェスターがウザキャラの本領を発揮しだす。


 私がテストをといてる間に、部屋の中をウロウロしだしたり、へー、この子たちが勇者と魔王なのかあ、なんて言いながら、ベッドを覗き込んでたまではまだ良かった。


「なあー、つまんなくね?授業やテストばっかじゃなくて、ちょっとは遊ばねー?」

 唇を尖らせてブウたれながら、反対向きに座った椅子を、前後にゆすり始めた。


 いやいやいや。あなたがこのテストをやらせたんでしょーが!!

「授業してくれないなら、帰って下さいよ。

 私、そんなに暇じゃないんで。」


「えー。デイビッドみたいなこと言うなよ。

 少しくらい遊ぼうってー。」

 真面目なデイビッド王太子のことだから、いっつも困らされてるんだろうなあ。


「なあー。」

 シェスターが私の後ろから抱きついて、顎を私の頭に乗せてくる。頭の上で口をとがらせているシェスターが見えるかのようだ。


 凄い飽き性の構ってちゃんで、ウザがられてもまったくめげずに、こうして人に構われにいくのが、シェスターの特徴なんだ。

 ていうか、重いし!近い!!


 なんだかんだ攻略対象者だけあって、シェスターだって見た目はカッコいいのだ。

 今は子どもの姿とはいえ、この距離で接触されるのは、私としてはかなり恥ずかしい。


「「あっ、あー……。」」

 恥ずかしがる私に気付いたのか、弟たちの体が不機嫌に光り始める。


「えっ、ちょ、ちょっとなんだよ!?」

 ベッドの上に浮かび上がった弟たちが、シェスターに攻撃態勢をとった。


「私から離れて下さい!

 そうすれぱおさまるから!」

「怖いってえぇー!ノエル助けてくれ!

 ──ランダムルーレット!!」


 シェスターがスキルを発動させる。

 その特性はランダムなスキル貸与とステータス向上。1度付与されたスキルは、使用するか3ターン経過しないと消えない。


 中には凄く強いものもあって、イベントボスをワンターンキル出来るものまである。

 即ボスステージのイベントには、割りと強いキャラクターでもあるんだ。


 課金勢は最初にSPチャージをして、ランダムルーレットを発動してから、不発ならリセットしてまた挑戦、なんてことをする人たちもいるくらいだ。


 ボスは防御力も攻撃力も強くて、HPも高いからね。そのほうが結果として早いから。

 私の頭の上でルーレットが回って、その針が即死スキルに止まった。


 冗談じゃないわよ!弟たちに即死スキルなんて使えるもんですか!!

 どうせ時間がくれば消えるのだ。

 私はハア……とため息をついた。


「使いませんよ、こんなスキル。」

 弟たちに近寄ると、2人に両腕を伸ばして抱き寄せた。


「ほら、もうだいじょうぶだよ。

 お姉ちゃんはあんなやつに、誘惑されたりなんてしないから。」


 そう言うと、急にズシッと2人が重たくなった。──いきなり魔法をとかないで!!

 ベッドの上にいるとはいえ、弟たちを取り落としそうになって私は慌てた。


「おっと。だいじょうぶか?」

 シェスターが後ろから抱きとめてくれる。

「重った!!赤ちゃんて重いんだなあ。」


 そう言いながら、シェスターは弟たちをベッドに寝かせ直してくれた。

 ブランケットをかけて貰って、弟たちもようやく落ち着いたようだった。


「姉ちゃんはお前たちの為に頑張ってくれてるんだぜ?お前たちの姉ちゃんは凄いやつなんだ。きっと王様の期待にも応えてくれる。

 ……早くお前たちも大っきくなって、俺たちと一緒に勉強しような。」


 そう言って両手でそれぞれの弟の頭を撫でてくれるシェスター。……ほんと、たまにこうやって、お兄さんになるんだよね。

 こういう時のシェスターは正直悪くない。


 その途端、再び弟たちが目をカッと見開いて、あっ、あー、と不機嫌にうなりだす。

「え、ええっ!?なんでぇ!?」

 弟たちに睨まれて泣きそうなシェスター。


 ……多分私がシェスターのことを、ちょっといいなと思ったからね。前途多難だわ。

 私はため息をつきながら、テストの続きをとく為に、机に戻ったのだった。

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