第12話 聖獣の乙女ってどういうこと?

「聖獣が守護をするだって……!?」

「まさか……、勇者の姉君は、聖獣の乙女だとでも言うのか!?」

 私の知らない単語が飛び交っている。


 聖獣は王家の守護をするもの。

 ヒロインは精霊に愛されし女神の化身。

 ──決して聖獣の乙女なんかじゃない。


 パルディア学園に入学すると、生徒たちはひとりに1体ずつ、精霊または妖精の加護を得るのだ。だけど基本は妖精で、精霊の加護を得るのはまれな存在。


 精霊のほうが妖精よりも力が強く、妖精は精霊の眷属という立ち位置になる。だからいきなり精霊の加護を得たヒロインは、特殊な存在として一目置かれることになるんだ。


 パルディア学園高等部では、本格的に魔法を学ぶことになるから、入学時に属性判定とともに、守護してくれる精霊または妖精と契約を結ぶ。なにと契約出来るかは精霊や妖精次第で、こちらから選ぶことは出来ない。


 自分の得意とする魔法属性の妖精と契約出来れば、さらに力を増すことが出来る。属性が合わなければ効力はなくなる。


 その場合は、単に魔力が増すってだけの祝福になるから、ないよりはマシって感じで、不満を漏らしてるモブのシーンがあったりするのだ。


 ただしヒロインは全属性持ちで、自分を守護してくれている精霊や、自分に思いを寄せてくれている異性の属性で、力を増すことが出来るという、特殊能力を持っている。


 ──単にフレンド連れてイベント周回行く時に、相性のいいスキルや属性のカードを、リーダーカードに設定しているフレンドを選ぶ時にしか、その設定生きないけどね。


 本編ではフレンド効果が発動しないし、普通にデッキに入れてるカードのスキルだけで戦うからさ。


 ──あ、“魔王”と戦う時だけは別か。

 ヒロインが選んだ攻略対象者の力を借りるっていう、特別なイベントがあるからね。


 選んだ攻略対象者との、ボイスつきの甘いムービースチルが出てきて、“魔王”と戦う力を貰い、そのカードをリーダーカードとしてデッキにセットして戦うのだ。


 だから自分の推しをリーダーカードにセットしてクリアしたくとも、推しの能力次第では不可能になるから、本編クリアはそれが出来るカードをセットすることになる。


 クリア後に推しのカードを選択して、ボスに挑む直前の、ボイスつきムービースチルを堪能するっていうのが、エタラブの本編ラストの楽しみ方だ。先にやってもいいけど、倒せないから普通はクリア後かな。


 精霊も普段は可愛らしい小動物のような姿でヒロインの周りを飛んでいる。妖精と違って精霊の本来の姿は大きくて人型だからね。


 本編には人型では出てこないけど、この精霊があとから追加の攻略対象者としてカードになったから、聖獣が追加の攻略対象者として出てきたとしても、それは少しも不思議ではないんだけど……。


 ヒロインについてもおかしくないような、聖獣の乙女だなんてキーワード、作るかな?

 ヒロインが精霊に愛されし女神の化身、かつ聖獣の乙女って後付設定だとか?


 だとしたら、私がそれになるなんておかし過ぎる!私はただの“勇者”の姉というモブの立場だよ?そんな名前で呼ばれたら、世界観壊れるって!!


「いや、あの、私、そんなのじゃ……。」

 私が即座に否定をすると、セイランが、

「なぜです?乙女よ。あなたは僕の乙女。

 紛れもなく、聖獣の乙女です。」


 と澄んだ声で言ってきた。この声って、確か……。そうだ!間違いない!

 演じるキャラの振れ幅が凄いことで有名な実力派声優さんの声だ!


 どれだけ振れ幅が凄いかと言うと、デイビッド王太子の乳兄弟役の声優さんが、主演をつとめてるアニメで、だみ声の下品なゴリラ……もとい重要なストーカー役をやっているのに、普段はイケメンキャラばかりをやってるってとこ。最初にゴリラの方を聞いてると、違和感半端ないと思うの。


 うーん、優しげな声がスッゴク、透明感があってキレイだよね。これが普段はあの下品なキャラクターをやってるとは思えない。ほんと、声優さんって凄いなあ。


「──勇者の姉君が、聖獣の乙女で間違いないのか、セイランよ。」

 アラン国王がセイランにたずねる。


「ええ。間違いありません。聖獣の姿の僕の声を聞くことが出来て、僕の声に反応することが出来た。僕がこの姿を取る力をくれた。

 間違いなく、彼女は聖獣の乙女です。」


 いや、確かに、セイランと会話はしてたけど、聖獣から人の姿に変えただなんて、そんな力、私にあるわけないじゃない!


「姉君がセイランと話しているのを見たときから、そうではないかと何となく思っていました。そして王族しか知らない筈のセイランの真名を当てた。間違いないかと。」


 デイビッド王太子もそう言う。

 ……仮に私がその聖獣の乙女だったとしたとして、それって弟たちにどんな影響があるの?聖獣による王家の守護はどうなるの?


「聖獣の乙女のもとに、勇者と魔王が生まれるとはな……。これもまた、運命というわけか。魔王と手を取り合う為に、つかわされた存在が、聖獣の乙女ということか……?」


 アラン国王がうなっている。ごめん、まったく分からない。そんな設定、知らないし。

 私がエタラブを触れなかった間に、または死んだあとに、アップデートされたとか?


「あの……、その……、すみません。

 聖獣の乙女ってなんなんですか?

 私がそれになった場合、王家に対する聖獣の守護は、どうなっちゃうんですか?」

 私はオズオズと右手を上げて質問する。


「……ああ、勇者の姉君には説明が必要だろうな。立ち話もなんだから、王宮に移動しよう。お前たち、勇者の姉君と、デイビッド王太子を着替えさせたあと、私の執務室に。」


「かしこまりました。」

「──え?」

 エッサホイサとばかりに、従者の方々が、私とデイビッド王太子を運んでいく。


 そうして今度こそキレイな服に着替えさせて貰ったあと、アラン国王の執務室へと移動させられた。お茶とお茶菓子が置かれ、少ない護衛を残して、みんなドアの外に行った。


 中に残ったのは、アラン国王、デイビッド王太子、セイラン、そして──私。

 アラン国王の隣にデイビッド王太子、その向かいに私とセイランが座っている。


「さて、聖獣の乙女についてだったな。」

 アラン国王が紅茶を一口飲んで、口を湿らせてから私を見る。さすが絵になるなあ。


「──聖獣の乙女とは、聖獣の力を借りて魔を打ち払い、瘴気を浄化させる存在だ。

 そして、聖獣との間に子をなすこともできる。勇者の姉君はまだ知らないかも知れないが、聖獣は精霊よりも数が少ない。聖なるものの中でも最上級の存在なのだ。」


 いえ、それは知ってます……。エタラブの中で説明があったので……。だから聖獣の加護を得ているこの国は、本来なら安全な筈なのに、“魔王”に侵略を企てられることで、本来すべての国に対等な筈の、12守護聖にちょくちょく守られることになったんだもん。


 “魔王”は定期的に復活する存在。だから聖女であるヒロインも、“勇者”も定期的に現れる。それがエタラブの世界線だ。


「聖獣は、聖獣の乙女を得ることで、自身の能力を最大限に引き出すことが出来る。こたびセイランが人の姿をとれるようになったのも、聖獣の乙女が現れたからなのだよ。」


 つまりは、私自身が力を与えたわけじゃなく、セイランの本来の力が開放されるキッカケが聖獣の乙女ってことね?


 あーよかった。私に変な能力がついてるわけじゃなくて。“勇者”の弟に“魔王”の弟。

 それに加えて聖獣の乙女がいるって、どんな家なのって感じよね。


 私は出された紅茶を気持ちを落ち着かせる為に一口飲んだ。出されたケーキもとっても美味しい!さすが王家のお菓子ね!


「そこでだ。我がグレンドール王家の守護獣である、セイランの乙女である姉君を、我が国の聖女として迎えたいと思う。そしてセイランの花嫁になって欲しいと思っている。」


 ……紅茶を吹き出さなかったことを褒めて欲しいと思うの。

「せ、聖女って……。それに花嫁って?」


「先ほど伝えた通りだ。聖獣の乙女は、聖獣の力を借りて魔を打ち払い、瘴気を浄化させる存在。聖女と呼ぶに相応しい。」


 いや、そうかも知れないけど!

 それはヒロインの仕事であって、なんの力もない、モブの仕事ではないと思うの!


「わ、私が聖獣の加護をえたら、王家に対するセイランの加護がなくなるんじゃ……。」

 私は慌ててアラン国王に言った。


「王家に対する加護と、聖獣の乙女は別のものだ。聖獣が番いを得るというだけのこと。

 つまり姉君は、セイランの妻になることの出来る女性ということになる。」


 待って……。ちょっと待ってよ……。

 王侯貴族でもないのに、幼女に結婚の話って……。ん?待って?


「──それ、お断りします。」

 私は紅茶の入ったカップをテーブルに置いて言った。


「ど、どうしてなの!?僕の乙女!」

 悲しげに瞳を揺らすセイランをじっと見つめて微笑んだ。


「ごめんね、セイラン。私、あなたの奥さんにはなれないよ。私は“魔王”の弟を、安全に暮らさせる為にここに来たの。“魔王”の弟は私が離れると泣いちゃうんだ。私はあの子が大きくなって、奥さんを貰うまで、誰かのもとにお嫁にいくつもりはないんだ。」


「そんな……。」

「今すぐ私がセイランの奥さんになって、セイランが力を得るのと、“魔王”が人の脅威にならずに育つのと。どっちがいいですか?」


 幼い女の子に、じっと見つめられたアラン国王は、しばらく私をじっと見つめ返していたけれど、ハーッとため息をついた。


「……そもそも魔王が脅威にならぬほうがよいであろうな。脅威になった時の為に、セイランの力が欲しかったのだが。魔王は姉君のそばで生きることを望んでいる……か。」


「はい。“魔王”の弟は、私に害をなす者が現れた時や、私と引き離されると力が暴走します。“魔王”を安全に人の中で暮らさせる可能性をお考えなのであれば、私がセイランの奥さんになるのは、得策ではないかと。」


「ふむ……。」

 アラン国王はしばらく考え込んでいるようだった。


「よく分かった。勇者の姉君を、セイランの妻とすることは諦めよう。」

「そんな!アラン!」


 セイランはアラン国王を呼び捨てにした。

 長年王家の守護獣として、友人として接してきたからなんだろうな。


「……別に今すぐでなくてもいいだろう、という話だ。勇者の姉君はまだ幼い。

 魔王が大人になり、愛する人を得るまで結婚しないということは、それ以降であればその限りではないということだ。

 それまで待っても遅くはあるまい。」


 セイランがパアアアァッと表情を明るくさせる。

「そうだね!!僕の命は無限に等しいのだもの。君が大きくなるまで待つよ、その時は僕のお嫁さんになってね、僕の乙女。」


 セイランが私の手を取って、手の甲にそっと口付ける。うう……。そのつもりはないんだけど、そう言い出せない雰囲気だわコレ。


 そもそもカトミエルの時だって、単なる私のお気に入りってことだけで、“魔王”の弟はまだしも、“勇者”の弟までもが、カトミエルを攻撃したっていうのに。


 そこに私を嫁にしようとしている存在が現れたりしたら、“魔王”の弟がどうなっちゃうのかが、不安で仕方がないんだけど。


「あなたのお嫁さんになるかは、約束出来ないけど……。とりあえず、お友だちってことでもいいかな?セイラン。」


「うん!もちろんだよ。僕の乙女!」

「その呼び方もちょっと……。

 私の名前は教えたでしょう?

 ノエルって呼んでくれないかな?」


「分かったよ、ノエル。僕の愛しい人。」

 ……そういうことじゃないんだけど。

 まあ、仕方がないか。セイランには特別な存在ってことなんだもんね。


「それにしても、勇者の姉君が、聖獣の乙女だとはな……。

 魔王の行動次第では、デイビッドかテオのどちらかの妻にと考えていたのだが。」


 仕方がないな、とでも言いたげに、微笑んで紅茶を飲むアラン国王。

 ──今なんか、聞き捨てならないことをおっしゃいました?

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