第9話 物語のはじまり

 私、お父さん、お母さんは、赤い絨毯の上で頭を垂れて震えていた。お父さんは“勇者”の弟、お母さんが“魔王”の弟を抱きかかえてしゃがんでいる。


 なぜか私も一緒にここに呼ばれて、大勢の兵士たちに囲まれながら、一緒に頭を垂れながら王族の登場を待っていた。


 ここは王宮。謁見の間。ゲームのオープニングムービーで何度も見ているから知っている。見慣れた場所の筈なのに。


 その場にいるということが、こんなにも恐ろしいものだとは思わなかった。

 私たち家族は、王様がこの場にあらわれるのを待っていたのだった。


 呼び出された理由は告げられていない。それがとても恐ろしい。お父さんもお母さんも同じ気持ちのようで、目線を下げたまま震えていた。


「アラン国王、デイビット王太子、テオ王子がお見えです。」

 私たちはハッとして顔を上げて立ち上がりおじぎをした。


 本来であれば王族が先にいて、そこにあとから入り挨拶をする。だけど王族が先にいない場合は立っていてはいけない。


 ひざまずき、頭を垂れて、王族があらわれるところを見てはいけない。あらわれたあとで立ち上がり、おじぎをする。これがならわしだと言われた。


 そして話しかけられるまで話しかけてはいけない。これは現代の王室も同じだ。

 だからまだ名乗ることは出来ない。


「はるばるよく来てくれた。まずは労をねぎらおう。アラン・グレンドールだ。」

「デイビット・グレンドールです。」

「テオ・グレンドール様です。」


 アラン国王、デイビット王太子が自己紹介をしてくれる。弟たちと同い年のテオ王子は乳母に抱きかかえられており、傍らにいた従者がかわりに名乗った。


 ようやくお父さんとお母さんが洗礼名を含めた自分の名前を名乗った。私も自分の名前を名乗る。

 そして、椅子に腰掛けているグレンドール一家を改めて見る。


 三人が三人とも、プラチナブロンドに、左が金、右が緑のオッドアイという卑怯仕様。否が応でも王族は特別、という印象を与えてくれる。

 私は怖さも忘れて3人に見とれてしまった。特にこのアラン国王!


 元々アラン国王は攻略対象者じゃなかったんだけど、人気投票でぶっちぎりの1位を獲得して、後からメイン攻略対象者入りをした、初期メンではなく独自の立ち位置のキャラクターだ。


 だけどこの気合の入ったスチル。お色気が凄くて、攻略対象者の中で最もセミヌードになる機会が多い。


 NPCにはキャラボイスなんてないのに、初めから声優さんがついていて、運営は飢餓感を煽っていたとしか思えない。


 ちなみにアランはブルトン語で美しいという意味を持つのだそう。もう、名前の付け方からして気合が入ってる。


 噂ではイラストを担当した人気漫画家さんが、この声優さんが声を担当するんじゃなきゃやりたくないと条件を付けたうちの1人とのこと。


 若くして妻を亡くした2児の父ながら、息子たちが大きくなっても、今とほとんど見た目が変わらない。


 亡くなられた奥様一途だったのが、ヒロインにやられて寂しい感情を吐露するシーンには、私もうっかりやられてしまった。


 ちなみに声優さんは超々ベテランで、元々はプロボウラーを目指していたという経歴の持ち主。以前は音響監督やアフレコ監督なんかもやられてて、育てた後輩も多い。


 初期のオープニングムービーだと、王様の席があいていて、その両サイドにデイビット王太子とテオ王子が立ち、傍らに宰相、隠密、暗殺部隊、騎士団長、魔塔の主が立っている。


 赤い絨毯を挟んで、その両脇に12守護聖と4将軍と8星が立ち、こちらを向いていて、さもヒロインがその場所に座るのを迎えているかのような映像が流れる。


 これがアラン国王がメイン攻略対象者に加わったあとでは、アラン国王が空席だった王の椅子に座ってこちらを見ているというオープニングムービーに変わったのだ。


 今まさにオープニングムービーの場所にいるのだと思うと、ちょっとワクワクが止まらなくなりそうで、気持ちをおさえるのが大変だった。


 だって招待された理由がなんなのかがまだわからないからね。それは怖いよ。

 ちなみにデイビットは最愛の人、テオは神の贈り物という意味があるらしい。

 セクシーなアラン国王、凛々しいデイビット王太子、かわいらしいテオ王子という感じだ。


「──お前たちを呼んだのは他でもない。」

 アラン国王の声が響く。私、推しはカトミエルだけど、声だけはアラン国王が一番好きなんだよね。


 だからちょっとドキッとしてしまう。

 イラスト担当の漫画家さんの気持ち、むっちゃわかる。


「お前たちの息子の片方が、“勇者”であるという啓示を受けたと教会より報告があった。」


 あ、そっち?良かった〜。

「──それと同時に、もう片方の息子が神に祝福されない存在であるということも。」


 私もお父さんもお母さんもギクッとする。“魔王”の弟が洗礼名を貰えなかったことは、既に家族全員が知っている。


 それが教会からアラン国王にまで報告が上がったということ?

 どこまで?どこまで気が付いているの?


「教会では判断がつかない為、魔塔の主に判断して欲しいとの依頼があった。

 お前たちの息子が何者であるのか、確認させて貰いたいと思う。」


 ──魔塔の主!

 イラストを担当する漫画家さんが、この人を呼べとごねたという噂の、もう1人の声優さんが担当している攻略対象者。


 不老不死とも噂される、年齢不詳のキャラクターで、闇落ちルートもあって、その場合“魔王”の側につくこともある特殊な立ち位置の人。


 この人が見てくれるのであれば、場合によっては“魔王”の弟が助かることもあるかもしれないけど、いかんせん初対面じゃそんな期待も出来そうにない。


 私はただ怯えながら、ことの成り行きを見守る他なかった。

 アラン国王たちが座っている場所の脇の扉が開いて、魔塔の主こと、ハンス・ルーベラーがあらわれた。


 実験の結果で変わってしまったという、緑の髪に黒い目。

 魔塔の住人たち全員が着ているコートを常に羽織っている。


 声を当ててる声優さんは超々ベテランで、普段は悪役や人外をやることが多く、子ども向け国民アニメと、少年誌原作の格闘アニメの悪役は有名過ぎるくらいだ。


 えっ?この人がこんな声を出すの?というギャップはかなり強烈で、よくぞ引きずり込んでくれた!と噂に過ぎないイラスト担当の漫画家さんに拍手喝采が送られた程だ。


「この子たちですか?

 噂の子どもたちというのは。」

 穏やかながら底の見えない目の輝きをたたえながら魔塔の主ハンスがこちらを見て笑った。思わずゾクッとする。


「なあに、すぐに判断がつきましょう。

 私に見破れないものはありません。」

 そう言ってハンスがゆっくりと近付いてきた。お父さんもお母さんも私もビクッとする。


 ハンスがまずはお父さんの抱えている“勇者”の弟に手をかざした。

「……ほう。

 教会の報告どおり、この子は勇者の運命を持っている運命の子どもで間違いがないようです。」


「ほう?それは僥倖だ。

 それで?問題のもう1人はどう見る。」

「確認してみましょう。」

 ハンスがお母さんに抱かれた“魔王”の弟に手をかざした。


 あれがただのパフォーマンスだってことは分かってる。ハンスは私とおんなじ心眼の持ち主。触れることなく相手のステータスが見れるのだ。


「──おや。」

 ハンスがそう言って私に目線を移して笑った。私はその目をじっと見返した。


 ええ、そうですよ。私はあなたとおなじ心眼の持ち主。弟が“魔王”だなんてこと、とっくの昔に気が付いていたわ。


「……ふむ。これは面白い。」

 ハンスは顎に手をあてて、私を見ながら笑った。

「お嬢さん、お名前は?」


「ノエルです。ノエル・ガーランド。」

 王族相手じゃないから、洗礼名までは名乗らない。


「今まで弟さんたちと一緒にいて、なにかお困りのことはありませんでしたか?」

 明らかに、私が“勇者”と“魔王”の存在に気が付いていた前提で聞いてきている。


「特に、ありません。弟たちはどちらも、とても家族思いだから。

 私たちが本気で困るようなことは、しない子たちです。」


 私ははっきりとハンスの目を見て言った。

「なるほど?

 それはとてもいいことですね。

 家族思い……。ですが……。」


「──“勇者”と“魔王”の力を、あなたがた普通の家族に制御するのは、無理というものでは?」


「なんだって!?」

 デイビット王太子が思わず声を上げる。

 私と同い年だからまだ小さい筈だけど、はっきりと口が回る利発そうな子どもだった。


「そこな子どもは、片方が勇者で片方が魔王であると。間違いないのか?」

 アラン国王がハンスにたずねる。

「ええ。この目ではっきりと。

 間違いありません。」


 そうハッキリと告げるハンスのことを、私はキッと睨んだ。このハンスは闇落ちしていないから“魔王”の味方じゃない。それは分かっているけれど。


 ハンスがそんなふうに言ってしまったら、“魔王”の弟はもう逃げられない。せっかく今まで“魔王”であっても人間と仲良く暮らせるように頑張ってきたのに。


「勇者の兄弟が魔王であるなどと、にわかには信じがたいが……。事実であるとするならば、勇者だけでなく、魔王も我々の監視下に置いたほうがよいであろうな。」


「それはっ!」

「息子たちを、わたしたちから引き離すということでございますか!?」

 お父さんとお母さんが叫ぶ。


「勇者は強大な力を持つ。だがその力をコントロールするすべを学ばなくては、世界を破壊する力ともなりうるのだ。」

 アラン国王が冷たくそう言い放つ。


「──そしてまた、もう片方の息子が魔王だとするのであれば、安全に処分する方法を探さなくてはならない。今のうちであればその方法も見つかるであろう。」


 ──処分。

 背筋からじっとりと冷たい汗がしたたって、足首から血の気が引いた。

 当然のこと。だけど。


「──お待ち下さい!!」

 聞き覚えのある声がして、空中に12の白い花が、ポン、ポンと咲き乱れたかと思うと、それが12守護星に姿を変えて、守護聖たちが地面に降り立った。


 そして。赤い絨毯を挟んだ反対側に、同じく空中に黒い水晶が突如としてあらわれたかと思うと、それが4将軍と8星に姿を変えて地面に降り立つ。


 ──オープニングムービー!!

 当然現時点では宰相、隠密、暗殺部隊、騎士団長こそこの場にいないけれど、まるでオープニングムービーの再現だ。


 このままじゃ“魔王”の弟が危険なことは分かってる。だけど目の前で繰り広げられるオープニングムービーの再現に、私はどうしてもドキドキが止まらなかった。

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