第8話 王宮からの呼び出し

いつものように積み木で文字の勉強をしていると、我が家に訪問者があった。

「お前、パルディア学園に入学したいんだってな。アリュール様から、お前に勉強を教えるように言われたんだ。」


 初対面だと言うのに、当たり前のように私に話しかけてきている、燃えるような赤髪の、前髪あり、前下がりのショートモヒカンの、金色ツリ目の男の子。


 8星の1人、ジャンゴだ。その特性は固定打撃。レベルに応じて数ターン固定ダメージを相手に与える。攻撃力とターン数はレベル及び課金スチルで更にあがる。


 勇者王の異名を持ち、熱血系のキャラを演じることの多い、絶叫時の声が印象的な、しゃがれ声というか、ハスキーな声のベテラン声優さんが声を当てている。


 口癖は「なんでだよ!」で、ツンデレキャラなのだけど、ファンに好きな理由を語らせたときの理由第一位が、“可愛そうで可愛い”なくらい、だいたい不遇な目に合っていることが多い。

 ──そう、この人のせいで。


「あなたもですか?

 私もヒューゴ様から、お姉さまの勉強を見るように言われてるんですよねえ。

 あなたと一緒に机に並んで教えるとか、ちょっとあなたと仲がいいとか、勘違いされそうで嫌ですね。」


 そう言ってニッコリと目を細める、ワックスでラフにセットした感じの七三ヘア&無造作ねじりの、明るい茶色の髪と緑の目にメガネの男性。12守護聖のシューヤだ。


 通称敬語ドSエロメガネ。口癖は「冗談ですが、本気にしましたか?」で、終始真面目そうに真顔でボケとからかいをかましてくる。その犠牲者は大体ジャンゴだ。


 クールな声で主演や主演級を演じることも多い、テストプレイをノーギャラで行うくらいのゲー廃な、見た目と実年齢の合わないベテラン声優さんが声を当てている。


 その特性は隠匿。数ターン姿を隠し自身の攻撃力が最大2倍。基本の攻撃力が低いが、守護聖として呼び出さずにデッキに入れた場合、追加で光属性カードの攻撃力を10%アップする。


 主人公に2人が勉強を教えるエピソードがあるのだけど、終始ジャンゴが振り回されていて、12守護聖と8星逆なんじゃ……?と言われるくらい聖人らしさがない。


「いえ……、私まだ、文字を覚えてる段階なので、学園に入学する為の勉強とかは、ちょっと無理だと思います。」


 なので遠慮します、と言外に伝えたつもりだったのだけれど。

「だったら、単語を教えてやろうか?

 文字だけを覚えるより、関連付けたほうが覚えが早いだろうからな。」


「あ、それは助かります。」

 ジャンゴの提案に、思わずそう言ってしまった。おばあちゃんは農作業があるから、ずっと教えて貰うのは無理なので、最近文字の書き取り練習だけをしてたんだよね。


 といっても、別にノートがあるわけじゃないから、削れると字の書ける石を使って、板状に乾かしたレンガの上で、書いては消してを繰り返しているのだ。だんだんと白く汚れてくるから、水で洗って乾かして使う。


 ああ、でもそうすると、ジャンゴが我が家に来るのを受け入れたことになる。──そんなの、当然この人が黙っていない。


「随分と必死ですねえ。何がなんでもお姉様に取り入ろうとしているのか、それともあなた……、お姉様自身を気に入ってます?」

「ああん?」


「他人の趣味をとやかく言うつもりは別にありませんけど、それはさすがにどうかと思いますよ?いたいけな幼女に手を出すのは。」

「なんでだよ!するか!そんなこと!」


「冗談ですが、本気にしましたか?」

 キレるジャンゴを、ニッコリ微笑んでいなすシューヤ。このやり取りを目の前で見られるなんて……!


 私が感動に打ち震えていると、家に来るのを喜んでくれていると勘違いしたらしく、

「ちゃんとお前が入学出来るまで、みっちり勉強を教えてやるからな!」

 とジャンゴが拳で胸を叩いた。


 それにしても、弟たちが私の感情を優先するのが分かってからというもの、ヒューゴ様とアリュール様が、あの手この手で私の機嫌を取りに来る。


 アリュール様の場合、私を操ってしまえば簡単な話だと思うのだけど、それをしないのは“魔王”の弟の機嫌を損ねるからだと思う。


 なんでか“魔王”の弟は、アリュール様を含めた、4将軍と8星を、あまり好ましく思っていないようなのだ。


 機嫌を取ってるところを見ると、“魔王”の弟が“魔王”になったのは、アリュール様に操られたから、とかじゃないのは分かる。


 ──なら、どうして“魔王”になったの?


 生まれついて“魔王”であることが決まっているからって、ハイそうですかと“魔王”になったとは、ちょっと思いにくい。


 自分の意思なのだ、弟の。

 そこにはなにかしら、きっかけがある筈なのだけど、それは果たして何なのだろう。


 “魔王”についての情報を持たない私には、それが分からないし想像も出来ない。

 抗うすべも持っていない。


 とりあえず今の私に出来るのは、アリュール様たちに“魔王”の弟を連れて行かれないようにすることだけだ。


「弟にも、いずれは勉強を教えるつもりなんですか?シューヤさん。」

「──なんでだ?」

 ジャンゴが私を見て首を傾げる。


 なんでって……、やがて“勇者”の弟が、パルディア学園に入学するからだけど……。

「なんで、そいつにだけ聞くんだよ?

 魔王様を学園に入れる気はねーのか?」

 そう言われて、私の目が丸くなる。


「学園に入ってもいいんですか!?」

 弟2人と一緒に学園に通えたらいいな、と思ってはいたけど、まさか魔王サイドがそう考えてるとは思わなかった。

 だってそんな描写もなかったし。


「アリュール様がどうお考えなのかは分からねえけど、双子の兄が入学すんなら、普通は弟も通わせるもんなんじゃねえのか?」

 ジャンゴは不思議そうにそう言った。


 アリュール様は、“魔王”の弟を私ごと連れて行こうと、ここに残っている。あくまでも“魔王”の弟の意思を尊重してる形だ。

 でも、いつまでも“魔王”の弟が、ついていくことを拒んだら?


 “魔王”と“勇者”が一緒に学園に通う、なんてことも、ほんとにあるんだろうか。

 だったら私が頑張れば、弟たち2人ともと、学園に通うのも夢じゃないってこと?


 そうなったら最高だ。

 よし、頑張ろう!

 “魔王”の弟が真に“魔王”になるのを、防ぐきっかけにもなると思う。


 人間は敵対し、争い、殺す為のものじゃないと、あの子が思ってくれさえすれば。

 アリュール様たちについて行きさえしなければ、弟は“魔王”にならなくても済むかも知れない。


 そう思って勉強を頑張ろうとしてるはしから、ジャンゴがシューヤにからかわれて、私を挟んで両サイドでやりあっている。


「喧嘩するなら帰って下さい!

 勉強の邪魔なんで!」

 と大きな声を出したら、ようやく2人か静かになった。


「──出来たら、服とか持ち物に、名前を刺繍してあげたいんですよね。

 もうすぐ洗礼式だから、洗礼式が終わったら、2人にも名前を付けられるし。」


 私はウキウキしていた。この世界では、子どもは洗礼が済むまで、親が名前を付けることが出来ない。出来ないというか、しない。


 これは王侯貴族でも同じことで、洗礼で付けられた名前と、相性の悪い名前が存在するからが理由だ。


 例えば花を意味する名前を女の子に付けたとしよう。そこに燃えるを意味する洗礼名を貰おうものなら、枯れた花、もしくは燃え尽きた花になってしまう。


 生まれた時から枯れた花だなんて、縁起悪いったらない。それに、付けられたくもないからね。だからしばらくは名無しということになる。


 洗礼名は神が教会の神父様を通じて伝えてくれるものだから、子どもがある程度の月齢になったら、家族で教会に連れて行き、洗礼名をいただくのだ。


 お母さんが2人乗りの乳母車を注文したのも、普段使いの為もあるけど、洗礼式の為に教会に弟たちを運ぶ為だ。


 私が拾われた、近くにある教会には、洗礼式を行える人がいないから、遠くのちょっと大きな教会まで行かなくちゃならない。


 ちなみに私の洗礼名はウィーテ。だから教会に登録されてる正式な名前は、ノエル・ウィーテ・ガーランドとなる。


 でも普段は名乗ることがない。

 教会で偉い人に挨拶する必要がある時と、王様の前に立つ時だけだ。

 “勇者”の弟が王様に挨拶する時に、それがエピソードとして出て来た。


 それにしても、ノエルもガーランドも、英国のクリスマス絡みの名前なのに、なんで洗礼名だけがラテン語なんだろうな。こういうところがゲームの適当なとこだよね。


「そうですか。良い名をいただけるといいですね。」

 シューヤが私に微笑む。ジャンゴは難しそうな顔で、何故か腕組みをして私から目線をそらし、何か考え込んでいるようだった。


 その理由は、洗礼式で明らかとなった。

 “勇者”の弟の洗礼が済んで、フォルティスという洗礼名を、原作通り無事にいただき、さて“魔王”の弟の番となった時だ。


「──神が……、答えて下さらない!?」

 洗礼名が与えられないなど、教会始まって以来のことだと大騒ぎしている。


 あの時のジャンゴの、何か言いたげで言えない表情の理由はこれだったのだ。神が洗礼名なんてくれるわけがなかったんだ。だって弟は“魔王”。魔族に与するもの。教会の敵。


 洗礼名を与えられない子どもなんて、他人に知られたら“魔王”だとバレてしまうんじゃないだろうか?そうでなくても、異端者扱いされてしまう。


 普段人前で名乗ることが殆どないのが幸いだけど、弟の扱いをどうするか、教会の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。


 私も家族も、予想外の出来事に、どうしていいのか分からず、弟たちを抱きかかえたまま、全員が呆然としていた。


 そして、このことは、それにおさまらなかた。王宮から、突如呼び出しを受けたのだ。

 ──必ず弟たちを連れてくるようにと。


 この国の王様が、弟たちに一体なんの用事があるというのか。“勇者”の弟が対面するエピソードはあるけど、“魔王”の弟が対面するシーンは存在しない。


 “魔王”の弟に洗礼名が与えられなかったことで、“魔王”だとバレたのだろうか?

 それを確かめて、“魔王”だと確信されてしまったら、弟はどうなってしまうの?

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