第7話 弟たちのヤキモチ
目を覚ますと、私はまだカトミエルの胸に抱かれていた。
弟たちが不機嫌にこちらを見ている。
急に攻撃してくるなんて、どうしたっていうの?
ましてやカトミエルは12守護聖。
“魔王”の弟はまだしも、“勇者”の弟が攻撃する理由なんてない。
「いけません!
お姉様に攻撃が当たってしまいます!」
ヒューゴ様の叫ぶ声に、ハッとしたように弟たちが、「あー。」と声を漏らすと、途中まで放とうとしていた攻撃魔法を消した。
まさか……なんだけど、ひょっとしてヤキモチ!?
アリュール様やヒューゴ様とくっついていた時は、こんなことはなかった。
違う点が1つあるとすれば、カトミエルが私の最推しだということ。
私がカトミエルを気に入っているのが分かって、機嫌が悪くなったんだろうか。
弟たち……。
心配しなくても、幼女を嫁に貰いたい成人男性なんていないのよ?
私だって、別に推しと恋愛したい派じゃないし。遠くでそっと愛でられれば満足なの。
「すみません、大丈夫です。」
私はそう言って、心配するカトミエルから離れ、弟たちの元へと駆け寄った。
「お姉ちゃんを取られるとでも思ったの?
心配しなくても、そんなことには絶対ならないよ。ほら、おりておいで。」
私は宙に浮かんだままの弟たちに、両手をいっぱい広げて手をのばす。
光の球体に包まれた弟たちが、ゆっくりと空中から降りてきたかと思うと、私の前でパチンとそれが弾ける。
「お、落ちる!」
私は慌てて弟たちを受け止めようとしたけれど、当然間に合わない。あわや地面に激突するかと思った寸前。
「危なかったっすね。」
アルマンが私ごと、弟たちをチャッチしてくれる。
さすが素早さ特化!助かった!
「来てたんですね、助かりました。」
「なんのっす。ご無事で良かったっすよ。」
アルマンはニコッと無邪気に笑った。
アルマンは私を抱きしめているけど、弟たちはなんの反応も見せない。
さっきの反応が嘘のようだ。
「……大丈夫ですか?」
カトミエルが近付いて来て、アルマンから私を受け取り立たせてくれる。
アルマンが弟たちを抱き直した瞬間、再び「あー。」と言って光り出す。
やっぱり!カトミエルだからだ!
「カトミエル、……あなたがお姉様に近付くと、“勇者”の機嫌が悪くなるようです。
近付かないようにしなさい。」
ヒューゴ様!指摘しないでええ!
「“勇者”に嫌われる守護聖とはな。
笑わせる。」
犬の姿のアリュール様が、犬なのに笑っていると分かる表情でカトミエルを見る。
「俺……何かしたんでしょうか。」
カトミエルは、あからさまに目に見えて落ち込んでしまった。
あなたは!なにも!悪くないんです!
「博愛主義のお前さんが、人から嫌われるとはねえ?──しかも肝心の“勇者”に。
珍しいもんが見れたぜ。」
開いた窓に足を組みながら腰掛けて、こちらを見ながら笑っている男性がいた。
“魔王”の配下のワイルドニキこと、ルークだ。金髪のベリーショートの、サイドと襟足のツーブロックの部分だけ黒髪に染め、短い顎髭をたくわえている。
その特性は状態異常。初期は毒魔法のみだけど、スチルが開放されるごとに、使える状態異常が増えてゆき、攻撃力が状態異常の強さを増す、状態異常がかかりやすいイベント敵に強いキャラクターだ。
癒やしのカトミエルと対にされることが多く、敵ながらたまに“勇者”を気遣う場面を見せたりもする、話の分かる大人というポジションで、どこか憎めない自由な男の人。
低音ハスキーボイスで、セクシーな悪役を演じる事が多く、アニメで演じたキャラの実写版をCMで演じた際は、ただの本人と言わしめた、渋いイケメン声優さんが声を当てている。
「そんなに落ち込むなって。多分お前のせいじゃねえよ。嬢ちゃんには理由が分かってるみたいだしな?」
そう言ってニヤリと笑う。
私は真っ赤になりそうになりながら、必死で平常心を意識した。幼女をいじめるのは良くないと思います!
「お前、なぜ手ぶらなんだ?
金を稼いでこいと言った筈だが。」
アリュール様がルークを睨む。
「それなんだがな。ちょっと考えたんだが、この家は貧乏なんだろう?」
「まあそうだな。」
アリュール様が答える。
「それなのに、既に犬が一匹、鳥が一羽、おまけに2人も使用人がいることになっていて、しかもそいつらが金を稼いでる。
まわりに変だと思われるんじゃねえか?」
「その通りです!困ってるんです!
犬と鳥はまだしも、使用人なんて……。」
おまけにこの先どんどん増えていったら、家が御殿にでも変わってしまうんじゃないだろうか。
「アリュール様とヒューゴ様がいるのは、もう仕方がないと諦めてます。
だから2人の食べる分だけ、食べ物を持ってきてもらえれば、うちとしてはじゅうぶんなんです。とにかく食べるから。」
いずれ“勇者”の弟は、この国の学園に入って、そこでヒロインと出会うのだけど、“勇者”がお金持ちだなんて設定はない。
“勇者”の能力を認められて入学するのだ。
「そういうわけだ。俺たちはここに姿をあらわすべきじゃないと思うがね。
ましてや大金を稼いで渡すことも。」
うんうん、と私がうなずく。
「お姉様がそうおっしゃるのなら……。」
「仕方がないな。
定期的に食べ物を持ってきて、ひと目につかないように渡してくれ。」
ヒューゴ様とアリュール様も、ルークの提案に納得してくれた。
「俺……、余計なことをしてしまったんですね、すみませんでした。」
カトミエルが苦笑する。
「いえ!ヒューゴ様が頼んだんだから、仕方がないです!
それより、他に協力して欲しいことがあるんです。お願いできますか?」
「協力、ですか?」
カトミエルが首をかしげる。
「はい、俺に出来ることでしたら。」
カトミエルはそう言って微笑んだ。
私がカトミエルにお願いしたのは、この世界のすべての文字の入った、積み木を作って欲しい、ということだった。
私はこの世界の言葉を話せるけれど、文字が分からない。だから覚えたいと思ったのだけれど、この世界、紙が高いのだ。
子どもの頃壁に貼ってあった、あいうえお表みたいなものが欲しかったのだけど、そんなものは手に入らない。
だから、知育玩具を作って貰うことにしたのだ。木ならいくらでもはえている。カトミエルなら、木彫りの鳥に彩色した絵の具で、字の書かれた積み木を作る事ができる。
「はい、そんなことでしたら。
出来たらお持ちしますね。」
やった!これで勉強出来る!
お父さんもお母さんも、字が読めないけれど、お嫁に来るまで商人の家で育った、おばあちゃんは字が読める。
多分“勇者”の弟も、おばあちゃんに習っていたのだろう。
知育玩具なら、私が使わなくなった後、弟たちも使えるしね。“魔王”の弟は学園に通っていなかったけれど、2人揃って入学させることだって出来るかも知れない。
私はこの世界に来て、1つ大きな目標があったのだ。弟たちが生まれる前から決めていたこと。それはゲームの舞台となる学園に入ること。
平民でも優秀だと特待生で無償で入学出来る。主人公もそうやって入学した。
今のうちに勉強しておけば、きっと私も学園に入れる筈。
伝説の女神像の噴水、学園長室の奥の隠し通路、食べてみたかった学園の食堂の料理の数々。行ってみたい場所ばかりだ。
何よりあの可愛い制服を着てみたい!
そして、前世ではまともに通えなかった、学生生活を満喫したい!
弟たちを守るのももちろんだけど、私の人生はその後も続くのだ。
だったら学園に入るのは大事な通過点。
学園の卒業生は、平民であっても、普通よりずっといいところに就職出来る事になっている。
たくさんお金を稼いで、家族を楽させてあげるんだ。前世では出来なかった親孝行をするの!
私はワクワクが止まらなかった。
そんな私を、カトミエルが微笑ましげに見つめていて、私は気絶しそうになるのを必死で耐えた。
数日後、カトミエルが積み木を持って家にやって来てくれた。
「こんな感じでいかがですか?」
カトミエルは8つの積み木を差し出した。
この世界の文字は40字。1つの積み木に5つの文字が書かれ、残りの一面にはカトミエルの描いた美麗なイラストが描かれ、ちゃんと玩具になっていた。
「凄い……!きれい……。
ありがとうございます!」
特にお願いしてなかったけど、角を削って丸くして、子どもがケガをしないように気を配ってある。
さすがカトミエル、優しいなあ。
「──ああ、なんだ、来てたの。」
テディが今日の獲物を持って、窓から現れる。この近くに現れるヌファサという鳥だ。
窓から入るの、みんな癖なのかな?
どうして玄関から入ってこないんだろう?
確かに子ども部屋は、ちょっと木に隠れて人目につきにくい場所に窓があるけど。
「今日はお前が当番なのか?」
カトミエルが、手にたくさんの鳥を下げたテディに話しかける。
「交代で来いって言うからさ。
……なんで僕が、守護聖のぶんまで、食べ物を取って持ってこなくちゃいけないのか、分かんない。」
「仕方がないさ、2人以上で一緒に来ると目立つから、控えるようにと言われてしまったんだしな。」
凄い……。
12守護聖と8星が話してる……。こんなのバトル以外じゃ、普段と違う設定のイベントストーリーでしか見れなかったのに。
課金もしてないのに、こんなレアなイベントを見れてしまっていいんだろうか?
こんなの見てるの世界で私だけなんて。
ヤバい……、お布施したい勢の気持ちが分かる。分かりすぎる。
いったいいくら払えばいいんですか!?
ゲームの舞台の学園に入るという、壮大な夢の第一歩に立ったばかりだと言うのに、私は既に満たされた気持ちでいっぱいだった。
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