第6話 最推しに遭遇して見事に尊死しました。本当にありがとうございました。
私は朝からずっとウキウキしていた。
今日はお母さんと町に買い物に行くから。
鏡の前で、これにしようかあれにしようかと、服を選んでいる真っ最中だ。
テディが稼いでくれたお金が思いの他多くて、弟たちを乗せられる乳母車を買いに行く予定なのだ。
弟たちが産まれてから、お母さんを独り占めなんて、仕方がないけど滅多にないことだった。だから嬉しくて仕方がない。
乳母車といっても、転生前に売っていたようなものじゃなくて、幼稚園の子どもたちを一度に乗せて運ぶような、四角い箱に車輪がついたようなものらしい。
それがあれば、弟たちを連れ出すのが楽になるとあって、お母さんもウキウキしていた。いつもなら2人を、前に後ろにおんぶ紐でくくってお出かけしてたもんね。
ちょっと出かけただけで、お母さんがぐったりしてしまうから、滅多なことじゃあ連れ歩けない。
うちはひいおばあちゃんが見ててくれるけど、うちみたく見ててくれる家族がいない家は、畑仕事をするのに赤ちゃんを背負ったままだったり、畑の脇に布を敷いて寝かせてたりなんかする。
貧乏だと子どもを育てるのも大変なのだ。
それは現代も同じかも知れないけど、保育園みたく預けられる場所も、行政からの補助金もないから、こっちの方が大変だという気がする。
町に向かう村長さんの馬車に、お母さんと一緒に乗せて貰う。町自体久し振りで凄く楽しみだった。
けど、馬車の乗り心地だけは、相変わらずなれなかった。
舗装されていない地面は、ガタガタと揺れてお尻が痛いのだ。
畑が延々と続く代わり映えのしない景色がしばらく続くと、突如として森の間の道に入る。ここを通り抜けるともうすぐ町だ。
昔はこの森に魔物が出て、人がその先に住むなんてあり得なかったらしい。でも今は静かなものだ。時折綺麗な花が咲いていたりして、目を楽しませてくれる。
「わあ……!」
森を抜けると突如として視界が広がり、町の入口が見えてきた。
木の看板みたいなものが、2本並んだ柱の上に横につけられていて、ここがマルガリという町だと知らせてくれる。
村にたまに行商人が来てくれる以外では、必要なものは町まで出て買い物をしなくてはならない。
だけど馬車が必要だから、こうして村長さんに同行させて貰わないと、滅多に買い物なんて出来ないのだ。
だから町に出る時は、ご近所さん同士、買い物を頼むこともある。今日も我が家の買い物以外にも、買い物を頼まれていた。
石畳の地面は、決して歩きやすいとは言えないけど、日頃歩いている地面違う感触が、私のお出かけ気分を高めてくれる。
串に刺して焼かれている屋台の肉の匂い。新鮮な果物や野菜の露天。手作りのアクセサリーをシートに広げている店。その他にもたくさん、住居兼店の店舗が軒を連ねる。
店舗のない人たちはだいたい出稼ぎだ。街の住人以外にも広く場所を提供してくれるこの町では、店舗以外の店も多い。武器防具屋は掘り出し物もあるらしく、冒険者たちがあちこち見て回っている。
大道芸が来ることもあって、事前に告知される場合とされないことがある。告知される場合は村人総出で歩いて町に行き、芸を楽しんだりする。このあたりでは数少ない娯楽だ。
今はチュートリアルだけど、本編が始まると、ヒロインが攻略対象と期間限定イベントで、大道芸を見に行くことがある。
カードを持っていなくても、メイン攻略対象のうちの4人のエピソードが見られる、4つのイベントステージと、ガチャで引けるイベント限定のカードをデッキに入れてイベントをクリアすると、そのキャラのスチルとエピソードが見られる特別ステージとがある。
ちなみに4人のメイン攻略キャラはイベントごとに交代するので、カードを持っていなくても、キャラが出るのを待てば、メイン攻略キャラは全員分見ることが出来る。
このあたりでは魚があまり手に入らないから、魚を持ってくる出店がとても人気だ。といっても、氷がないから、深い桶に水をはって、その中を泳がせている。
酸欠になってしまうと思うのだけど、だいたいそうなる前に売り切れるので、あまり問題はないみたい。
お母さんが人数分の魚を購入する。もちろんアリュール様やヒューゴ様たちの分もだ。1度町の外に預けてある、村長さんの馬車の荷台にそれを置いて、再び町に戻った。
パンを売っているお店がまだ焼き立てなのか、とてもいい匂いを漂わせていて、ご飯は食べてきたのに、ついついお腹が空いた気分になってしまった。
そんな私に気が付いたお母さんが、みんなにはナイショよ?と言って、果物に砂糖のかかった串を買ってくれる。
2人ではんぶんこして食べた。とても美味しくて、お母さんと2人だけの秘密が持てたことが、くすぐったくて嬉しかった。
まずはご近所さんの買い物を見て回る。
ゾラーナさんの奥さんへのプレゼントに、既に注文してお金を払ってあった髪飾りを、ゾラーナさんから受け取った預り証をお母さんが差し出して受け取る。
次はニックさんの斧の為の砥石を買いに、露天の武器防具屋さんへ。
お金は既にニックさんから預かっているので、お金を渡して砥石を購入する。
それが終わったらついに乳母車だ。
木工加工店に入ると、真新しい木の匂いが鼻をくすぐった。
木で出来た机やら椅子やら、既に出来合いのものを買うことも出来るし、注文どおりに作って貰うことも可能だ。
うちの弟たちは2人いるから、注文しないと2人用の乳母車は買うことが出来ない。
お母さんが2人用の乳母車をお願いして、お金を払って預り証を受け取っている間、私は店の中を見て回った。
可愛らしい小鳥の置物のリアルさが素晴らしい。とても腕のある職人さんが作ったのだろうと分かる。弟たちの乳母車も、きっと素敵な仕上がりになるだろうな、と思った。
「お嬢ちゃん、それが気に入ったのかい?」
店の従業員が声をかけてくる。
「はい、凄くかわいいです。」
「最近売りに来てくれる、流れの職人の仕事だよ。たまにしか来ないから、欲しいならすぐに買ったほうがいいぜ。
まだ入ったばかりだが、すぐに売り切れちまうからな。」
うーん、欲しいけど、うちはこういうものにお金を使えるような家じゃない。買って貰えるにしても、誕生日くらいだ。
残念だけど、諦めるしかない。
名残惜しい気持ちで鳥を眺めていると、お店の扉が開いて、1人の男の人が入って来て、下から鳥を見ている私と、テーブル越しに目があった。
「お嬢ちゃん、熱心に見てくれてるね。」
穏やかな微笑みを携えたその姿、その声、紛れもなく……。
「カ、カ、カ、カ、カ……。」
私は真っ赤になって、その場に倒れ込んでしまった。
目が覚めると、私はベッドに寝かされていた。多分、お店の人が心配して、ベッドを貸してくれたのだ。
このあたりのお店の2階は、だいたい住居になっているから、多分店のご主人か、ご家族のベッドなのだろう。
「──気がついた?」
頭の上から優しい声が振ってくる。
思わず横を向くと、微笑みをたたえた顔が私を見つめていた。
──カトミエル……!!
12守護聖の1人。その特性はバフスキルと自身以外への回復。特別なスチルを手に入れると、自身への回復も可能になる。
前髪が少し長めの黒髪に、上げも下げも出来る狭めのセンターパートと、前髪から跳ねる強めのスパイラルパーマ。ハードウェットワックスで揉みこんで散らしたかのような髪型に緑の瞳。
知的なサブキャラを演じることの多い、柔らかな声質の、服装が派手なことで有名な、ドイツ人クォーターの超々々ベテラン声優さんが声を当てている。
日頃は優しいお兄ちゃん的立ち位置ながら、“勇者”とヒロインが攻撃されると、冷徹に豹変する二面性を持つキャラクター。
──私の最推しだ。
「はい……。」
と答えたつもりが、口がパクパクするだけで声にならない。喉が詰まったみたいに何も声が出せない。
「大丈夫?」
ベッドの脇の椅子に腰掛けたカトミエルが、心配そうに無防備に顔を近付けて来る。
──私、また気絶した。
再び目を覚ますと、さっきよりも心配そうに眉を下げた、カトミエルがこちらを覗いていた。
「驚かせちゃったかな、ごめんね。
知らない人が急に横にいたら怖いよね。」
そうじゃないんです……!と言いたいが声にならない。
「お母さんが、今お医者さんを呼びにいってくれてるから、ここで一緒に待っていようね。」
そう言って、優しく微笑んでくれる様は、紛れもなく攻略後に見せてくれる、スチルの笑顔と同じものだった。
気絶……するな私!これを見ずして、何を見るというの!?
声の出なかった私は、一生懸命コクコクとうなずいた。
ほどなくして、お母さんがお医者さんを連れてやって来る。
すぐに問題ないと分かって、カトミエルとお店の店員さんにお礼を言って店を出ると、心配げな村長さんが出迎えてくれた。
待たせてしまったことに対するお詫びと、大丈夫なことを告げると、何ともなくて良かったよ、と微笑んで頭を撫でられた。
店の入口で見送ってくれるカトミエルを、後ろ髪を引かれる思いで見つめる。ああ、一言くらい、ちゃんとお礼を言いたかったな。
あの鳥の置物は、カトミエルの作品だったのか。確かに攻略途中に、ヒロインに木彫りの作品を渡して仲良くなるエピソードがあった。
そう思うと、ますますあの鳥が欲しくなってくる。本物のカトミエルが彫った鳥。私が貰えることなんてないから、こんなことでもないと手に入らないのに。
帰りの馬車に揺られながら、もっとこうすれば良かった、ああすれば良かったと、後悔しきりだった。
馬車から降りて家に戻ると、ひいおばあちゃんが、おばあちゃんと一緒に弟たちをあやしながら、玄関の外で待ち構えていた。
「どうしたんですか?お2人とも。」
小走りに駆け寄ったお母さんが、不思議そうにしながら、泣いている弟たちとひいおばあちゃんたちを交互に見る。
目を覚まして私がいないことに気付いた弟たちに、ギャン泣きされて困り果てて待っていたらしい。
私が2人に近付くと、急にピタッと泣き止んで、あー、と笑顔を見せた。
「あらあら、お母さんよりお姉ちゃんの方がいいのかしら?」
お母さんがそう言って笑う。私は背伸びしながら弟たちを撫でてやろうとしたけど届かなくて、ひいおばあちゃんとおばあちゃんが屈んでくれた。
頭を撫でてやると、2人とも安心したように寝息をたてはじめた。
お母さんより私の方が好きなんて、そんなことあるかな?と思うけど素直に嬉しい。
お母さんはひいおばあちゃんとおばあちゃんにお礼を言って、2人を受け取ってベッドに寝かせる為に部屋に移動した。
「あら?あなたは先程の……。」
「──!!!」
中に入った私は、口をパクパクさせる。部屋の中にいたカトミエルが、こちらを向いて立っていた。
アリュール様がお母さんに魔法を使う。
「あ……と、カトミエルさん。ご苦労さまです。」
「こちら、木工細工を売った代金です。」
カトミエルがお母さんにお金を渡す。食料問題対決の時に、テディがお金を稼いでお母さんに喜ばれたことが、ヒューゴ様はよほど悔しかったらしい。
狩りをさせるよりも、お金を稼がせた方がいいと判断して、カトミエルの特技である木工細工を売らせていたのだ。
お母さんが、弟たちをベッドに寝かせて、手をあけてお金を受け取り微笑む。
カトミエルが私に気付いて、目線の高さにしゃがみこんで見つめてきた。
「体調はもう、大丈夫?」
私は真っ赤になって、コクコクとうなずくばかり。駄目だ、やっぱり声が出ない。
その時、大人しく寝ていた弟たちが、パッと目を覚ましたかと思うと、突然不機嫌そうに、あー、とうなりだす。
「そう、無理しないでね。」
カトミエルが優しく頭を撫でてくれて、脳が沸騰するかと思った。私は大パニックになり、固まってしまった。
弟たちは、更に不機嫌そうな声を出したかと思うと、突然魔法を発動しだした。
「──危ない!」
「“勇者”様!?」「王!?」
「え?」
なにごと?
いい匂いがする。あたたかい。かたい。
気が付くと、弟たちが黒と白の光をまとって空中に浮かび上がり、こちらに向けて魔法攻撃を放っていた。
それを右手で放った防御魔法で防いだカトミエルが、左腕で私を、そのたくましい胸に抱き寄せていた。
カトミエルの、う、う、う、うーん……。
「お姉様!?」
ヒューゴ様の心配する声が遠くに響く中、私は再び気絶してしまったのだった。
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