第5話 食糧難を解決せよ!新たな守護聖と魔王の部下の登場

「は〜……。」

 私は朝から盛大に溜息をついていた。

「どうしたんです?」

 ヒューゴ様が、モリモリと眼の前の食事を平らげながら聞いてくる。


「お前のいやしい食べ方が気に入らないのだろう。」

 同じく、目の前の食事を静かに食べながらアリュール様が言う。


「なんですと!?

 仮にも守護聖の長たる、この私の食べ方がいやしいですって?」

「事実だろう。」

 ヒューゴ様とアリュール様の間に、見えない火花が散っている。


 ──パン!と私がテーブルを叩く。ほんとはもっと大きな音を出したかったのだけれど、私の体じゃこれが限界だった。

「おふたりともです。」

 そう言って2人を睨む。


「なんだと?俺の食べ方が、こんなやつと同じだと言うのか?失礼な。」

「失礼なのはあなたのほうでしょう。

 この上品な私の、どこにいやしさなどあると言うのです。」


「あー、もー!やめて下さい!

 私が言ってるのは、おふたりの食べる量の話です!」

「──量?」

 アリュール様が首をかしげる。


 鳥としては大きめとはいえ、人間より当然小さい体のヒューゴ様も、犬の姿のアリュール様も、お父さんが食べる量の、ざっと3人前が目の前に用意されていた。


「お二人とも食べすぎです!

 うちは貧乏だって言ってるのに、これじゃ一気に大人が6人も増えたようなものじゃないですか!

 うちの家計がひっぱくしてるんです!」


「な、なんと……。」

 ヒューゴ様は予想外だ、という驚きの表情を見せた。

「そこまで貧乏だったとは。」

 アリュール様は同情めいた顔をした。


 魔法で操ってるから、なんにも言わずにお母さんはこの量を出してくれるけど、単純に家族が2倍に増えたようなもの。我が家の食料がどんどん減ってしまっているのだ。


「おふたりとも、小動物の食べる量じゃありませんよ。

 もうちょっと遠慮出来ないんですか?

 出来ないなら出て行って下さい。

 家族が餓死したら困りますから。」


 私は2人にビシッと言った。

「お恥ずかしい……。」

 ヒューゴ様は両羽で顔を覆った。


「ふむ。ならば、食料を調達すればよいのだな?

 それくらい造作もない。」


 アリュール様はそう言うと、体から魔力を放出し、それが細い一本の筋となって、開いた窓から飛び出した。


 するとすぐさま、

「お呼びですか?アリュール様。」

 淡いピンクカラーにスパイラルパーマの、ちょっと眠たそうな、やる気のなさそうな表情の男の子が窓のヘリに現れた。


 綿菓子王子……!!

 私は思わずあんぐり口を開けた。

 12守護聖と対をなす、4将軍と8星からなる、魔王の部下の1人、テディ。通称綿菓子王子。


 甘いものに目がなくて、テディのスチルは常に甘いものを持っている。

 髪型の雰囲気と、甘い物大好きなことからついた、ファンが呼んでいるあだ名だ。


 吸血鬼の設定なのだけど、彼の声を当てている声優さんが、別名吸血鬼声優と呼ばれてることから後付けされたのでは?と言われるくらい、吸血よりもお菓子を好む。


 ホワイトデーに、お返しにお菓子をあげなくてはいけないことを、悲しんだテディのエピソードがきっかけで、ホワイトデーになると、バレンタイン以上に、テディにお菓子を献上するイラストがSNSにあふれることでも有名だ。


 特性は回避特化と、相手の魔力や体力を吸って、テディ自身や仲間のカードを回復し、同時に相手にダメージを与えることが出来るという、彼だけに与えられた能力だ。


 攻撃力こそ弱いものの、生き残りに長けているので、攻撃力の高い敵相手でも、テディを入れると、時間はかかっても粘り勝ち出来ることも多い。


「このあたりにいる動物を狩ってこい。

 我らが王がご所望だ。」

「えー、めんどうくさい……。

 けど、“魔王”様の為なら、仕方ないかあ……。」


 テディはやる気のなさそうな表情のままそう言った。

「なるほど、そうきますか。

 ならばこちらも呼ぶしかないでしょうね。

 アルマン!!」


 ヒューゴ様が同じく、体から魔力を放出し、それが細い一本の筋となって、開いた窓から飛び出した。


「はいは~い。

 お呼びっすか?ヒューゴ様。」

 別の開いた窓から、ヤンチャそうな獣人の男の子が、屈託のない笑顔で飛び込んで来る。


 ジョイ先輩……!!

 私は再びあんぐりと口を開ける。

 アラビア語で希望を意味する名前。アラビア語で書いた名前がジョイに見えることから、ファンが呼んでいるあだ名だ。


 くりっとした目にアヒル口。熊のような丸い茶色いケモミミに、手も足もふかふかの獣のそれだけど、それ以外は普通に人間の見た目の、守護聖の1人だ。


 熱いキャラから影のある敵役まで、幅広い演技を見せる人気声優さんが声を当てている。中の人は声優さんにモノマネをされることも多く、最近では本人がモノマネに寄せているとのもっぱらの噂だ。


「い、いつもお世話になってます!」

 私は思わず深々とお辞儀をした。

「?

 俺、あんたに何か、お礼されるようなこと、したっすか?」

 アルマンは不思議そうに、でも無邪気な表情で私を見ながら首をかしげた。


 彼の特性は素早さ特化。

 初期のカードだから攻撃力も防御力も、後から出たカードに負けるけど、メイン攻略キャラクターかつ、12守護聖という特殊な存在であることから、その素早さを超えてくるキャラクターが滅多に存在しない。


 攻撃力と防御力が低くても、デッキに加えておけば先制攻撃が可能となる。

 先制攻撃を取れるというのは、このゲームのカードバトルシステム上、かなり有利なのだ。


 他を強いカードにしておけば、ワンキル、少なくとも2ターン目で全キル可能だ。

 NPCが対戦相手のイベントバトルでは、短時間での周回プレイが可能になり、チームを組ませたカードの成長や、アイテム集めが非常に楽になる。


 無課金勢の私としては、かなりお世話になったカードなのである。

「い、いえ、こっちの話です。」

 私はそう言ってごまかした。


「アルマン、このあたりにいる動物を狩ってくるのです。

 “勇者”のご家族が必要としています。

 ──決してそこのピンク頭になど、負けぬように。」


「おっ、バトルっすね?

 了解っす!」

「え〜、バトルとか、めんど……。」

 両極端な2人が、そう言いつつも、狩りに出かけてゆく。


「これでいいだろう。

 すぐにテディが獲物を取ってくる。

 この家の食料事情など、すぐに解決して見せるさ。」


「いーえ、それはアルマンがやってみせるでしょう。

 お姉様、楽しみにしてらして下さいね。」


「は、はひ……。」

 私は立て続けに登場した、攻略対象者たちに衝撃を受けて、それどころではなかった。


 こんな風に、ことあるごとに攻略対象者を呼び出すことがあったら、やがては私の推しが呼ばれる日が来てしまうんじゃ……?


 無理無理無理!

 そんなことになったら、私、尊死する自信しかない!

 せっかく人生やり直ししてるのに、まだ死にたくなんてないよ!


 ……けど、会ってみたい気もする。

 遠くから、ちらっとだけ見るなら、死なないかもしれない。

 ああ、複雑な乙女心。


 すると、すぐにアルマンが戻って来た。

「こんなんでいーっすか?」

 その手には、紐でくくった50羽以上の鳥をぶら下げている。


「素晴らしいです、アルマン、さすがですね。」

 ヒューゴ様が満足そうにうなずいた。


 するとそこに、ずしーん、ずしーんという、妙な音が近付いてくる。

「な……なに?

 この音、一体……。」


 音の正体は巨大な熊だった。

 ゆっくりと、その巨体が我が家に近付いてくる。私は悲鳴を飲み込んだ。


 私の恐怖を察知して、弟たちが、「あー。」と魔法を発動しだす。

 今まさに、熊に魔法攻撃を仕掛けようとした瞬間だった。


「……これでいい?」

 熊の体の下から、ひょっこりテディが顔を出した。

「……そこの熊は狩れなかったけど、かわりにこれを狩って来たよ。」


「そこのって、俺のことっすか?」

 明らかに自分に対する当てこすりを言うテディに、アルマンがちょっと眉間にシワを寄せる。


 確かにアルマンは熊がモチーフの獣人だけど。テディだって熊みたいな名前なのに。

 正反対だからか、公式でも、もともとちょっと仲が悪いんだよね、この2人。


「……別にどう取って貰ってもいいけど。」

 テディは涼しげなものだ。

「お姉様、どっちの勝ちですか?」

 ヒューゴ様が私に聞いてくる。


「え?うえっ!?」

 急に聞かれて変な声を出してしまう。

「どっちかって言われたら……。

 鳥かなあ……?熊を持ってこられても、食べられないし……。」


「そうでしょう、そうでしょう。

 まったく、魔族は頭が悪いですね、食べられない動物を狩ってくるなんて。」

 私の言葉に、ヒューゴ様が満足そうにうなずいた。


 それを聞いたアリュール様は、眉間にシワを寄せながら、

「テディ、それを売って金にかえてこい。」

 と言った。


「え〜……。はあい。」

 テディは面倒臭そうにそう言うと、すぐに引き返していった。


「これ、どうすればいーっすか?」

 アルマンがヒューゴ様に聞いている。

「お母様に渡しに行きましょう。

 きっと喜んで下さいます。」

 そう言って、ヒューゴ様がお母さんのところへ飛んでいった。


「──あらあらあら、なあに?」

 ヒューゴ様にクチバシで袖をくわえられたお母さんが、引っ張られるように部屋に入ってきた。


 そして、アルマンが狩ってきた、床に積まれた鳥を見るなり、

「まあまあまあ!

 今夜はごちそうね!

 火事の時にお世話になったご近所さんにも、おすそ分けしなくちゃ!」


 と嬉しそうに微笑んだ。

 ヒューゴ様は鼻高々だ。

 そこにテディが熊を売って戻って来た。

「はい、これ、売ったお金。」


「え?あなたは……。」

 そう言って、不思議そうにテディを見る。そこで初めてアルマンの存在にも気付いたようで、両方を見比べて首をかしげた。


 アリュール様がお母さんに魔法を使う。

 一瞬意識を失ったかのように見えたお母さんは、

「ああ、そうそう、テディさんにアルマンさんね!うちの使用人の……。

 うちに使用人なんて、いたかしら?」


 そう言って、再び首をかしげる。

「かかりが弱かったか。」

 アリュール様がそう言って、再びお母さんに魔法をかける。


「──まあまあまあ、金貨をこんなにたくさん!?

 すごいわテディさん。助かるわあ。」

 鳥の山を見た時よりも、大喜びをした。


「……母君はこちらの方に軍配を上げたようだな。」

「くっ。いいでしょう、ですが、お姉様はこちらに軍配を上げました。

 一勝一敗、引き分けですね。」


「次は負けん。」

「それはこちらのセリフです。」

 私が魔法を使おうとしていた弟たちに、大丈夫だよ、と声をかけている間にも、まだ2人は火花を散らしていた。


 まあ、食料問題も解決したし、お母さんが喜んでるし、別にいいかな……と思ったけれど、解決しないほうが追い出す理由が出来て良かったことに、今更ながら気がついた私は、更に騒がしくなりそうなことにため息をついたのだった。

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