第4話 魔王の側近と勇者の懐刀と何故か同居を始めることになりました。
月明かりの中、寝返りをうった私は、ごちん、と何かにおでこをぶつけた。
「いったた……!」
寝ぼけた頭で、すわ、弟たちのどちらかに頭をぶつけてしまったのか、泣き出すんじゃないのかと、慌てて眠い目を無理やりこじ開けた。
すると目の前にいたのは、とんでもなく近距離で、私を睨んでいる、人型のアリュール様だった。
「ええ!?なんで!?」
寝る前は確かに犬だった筈だ。私は産まれてこの方、男の人と同じベッドでなんて寝たことがない。
ましてやこんな、破壊力のあるご尊顔の方を、間近で見たことすらもない。私の動揺を知ってか知らずか、アリュール様は頭を押さえて私を睨みながら起き上がった。
「──痛いぞ。」
「ご、ごごご、ごめんなさい!
でも、なんで、急に人型になんて……!」
「──それは満月だからですよ。」
声のした方を振り返ると、オオルリのような深い青色のタイハクオウムが、窓の縁にちょこんととまっていた。
「──満月の下では、魔のものはその本質を隠すことが出来ない。
だから変身がとけたのです。」
その声……その見た目……。
「ヒューゴ様!?」
「……はて、あなたは私をご存知で?」
《エターナル・ラブ・クロニクル》の中では、ストーリーをプレイする場合、カードバトル時に戦う5人の内の1人から、絶対に“勇者”のカードを外すことが出来ない。
だけど代わりに守護聖と呼ばれる、別のカードの力を呼び出して使うことが出来るという、特殊能力を持っている。
ヒューゴ様はその守護聖の1人で、見た目こそ若いが最年長の知性担当。アリュール様が“魔王”の側近なら、ヒューゴ様は“勇者”の懐刀という存在のキャラクターだ。
他の守護聖は呼び出されない限り姿を表さないけど、ヒューゴ様だけは獣人化イベントの前から、普段も鳥の姿で勇者と行動を共にして、アドバイスをくれる。
「我が“勇者”の
お前、そこでなにをしている。」
ヒューゴ様は、まだ頭を押さえていたアリュール様を睨みつけた。
「”勇者”だと?
──まさか……この赤ん坊か?」
“勇者”と“魔王”の属性は正反対だ。お互いの顔を知っていれば、相手が敵だと分かるけれど、互いの力が反発し合って、お互いのステータスを見ることが出来ない。
ステータスは心眼持ち以外は、鑑定スキル持ちかつ、自分から見ようとしなければ見ることが出来ない。
対人バトルの際に魔族のカードを使って、守護聖や“勇者”の現在のステータスを見ることは出来ない。逆もまたしかりだ。
ただしそれ以外の種族のカードを使っていれば、どちらも見ることが出来る。そういう仕様だから、アリュール様は“勇者”の弟のステータスを見ようとして失敗した。
「ステータスが見れない……。
なるほど、確かにこの赤ん坊は、お前たちの側に属するもののようだな。」
「私は、そこでなにをしていると、聞いているのですよ。
返答になっていないようですが?
我が”勇者”にこれ以上、──近付かないでいただきたい。」
ヒューゴ様は翼を大きく広げると、強い白い光をまといだした。
まさか、家の中で戦うつもり!?
私は思わず、ヒューゴ様にかけよると、ムンズと掴んで、その首の下を撫でた。
「あっ……!?あなた……突然なにを……。
やっ、やめて下さい、ああっ!!」
ヒューゴ様が突然喘ぎ出して、アリュール様がポカンとする。
これは獣人化イベントの際に、ヒューゴ様の獣人化スチルカードに設定されてた内容だ。
ヒューゴ様の弱点は喉元。そこを触られると……喘ぐ。鳥の姿のスチルカードだけど、本来の姿で脳内補完余裕!と一時期ネットを騒がせた。
私はヒューゴ様の獣人化イベントカードを手に入れられなかったから、直接聞いたことはなかったけど、それを知っていたのだ。
ヒューゴ様の声は、普段は主人公を担当するような、人気のベテラン声優さんだけど、BLCD界隈では神喘ぎと呼ばれているらしく、このイベントの為に選んだんじゃ……とまで言われていた。
乙女ゲームの攻略キャラクターが、短いセリフながら喘ぎ声を出すとか、なかなかに衝撃的で、なおかつ最もそんなものとは縁遠いヒューゴ様だけに、私も聞いてみたいとは思っていたけど。
思わず恥ずかしくなって、パッとヒューゴ様から手を離してしまうくらいには、かなり……エッチな声だった。
「お、乙女がこんなことをするなんて……破廉恥ですぞ!」
ヒューゴ様は喉元を両羽で隠しながら私を見てくるけど、目に涙が浮いていた。
「ご……ごめんなさい!
でも、家の中で戦わないで下さい!
弟たちも、他の家族もいるんです!」
「そ、それは確かに……。あっ!?」
いつの間にかヒューゴ様に近付いていたアリュール様が、ヒューゴ様をムンズと掴み上げた。
「こんなところが弱点だったとはな……。
面白いことを知った。」
「あ、あなた、まさか……。
あっ!?や、やめて下さ……、ああっ!」
ヒューゴ様がアリュール様に喘がされている。一部の人には美味しいんだろうなあ、これ。
ヒューゴ様は思わず変身をといて、人型になることで、アリュール様の手の中から抜け出した。
「ま、魔族にこんな辱めを受けるとは……。
このヒューゴ、末代までの恥です。」
白い肌を真っ赤に染めて、目に涙をためている。
青色の髪、ショートウルフヘアーをベースに、あまり髪をすきすぎないように束感を出して、ミディアムになっている髪型に、飛び出たエルフ耳。人型のヒューゴ様だ。
ヒューゴ様は表情豊かなキャラクターだ。耳もよく動くし、タイハクオウム姿の時は頭の羽がすぐに逆立つ。知性担当ながら人間味あふれる姿が人気だ。
「──つまりだ、この家には、“魔王”と“勇者”が同時に存在してるというわけだ。」
アリュール様は面白そうに笑った。
「……赤ん坊のうちに“勇者”を倒してしまえば、我々の敵は未来永劫、いなくなるということだ。」
アリュール様が“勇者”の弟に手をかざす。
「それはこちらとて同じこと!
あなたに“勇者”は渡しません!」
ヒューゴ様が手をかざして、魔法を放とうとしてくる。
「──だから、家の中でやめてってば!」
私の声に、2人の弟が目を覚ました。
“勇者”は白い光に。“魔王”は黒い光に。
それぞれ包まれながら浮かび上がると、私を守るように両サイドに並んだ。
「「ああー。」」
「えっ!?ちょっ、なんですか!?」
「まずい、“勇者”の力が……!」
ヒューゴ様が黒い光の球体に、アリュール様が白い光の球体に包まれて、体が宙に浮く。
「──弟たちに手出ししないと誓って下さい。
じゃないと、このままどうなるか分かりませんよ?
2人は私を守る為なら、なんだってするんです!」
私は腰に手を当てて2人を睨む。
球体の力は強大で、2人は脱出を試みたけど、やがて諦めた。
「……分かった。約束しよう。
そもそも我が王を見守る為に、側にいるのだからな。」
「私も……約束します。“勇者”に危害を加えない限り。」
「だって。そろそろ離してあげて?」
赤ちゃんの2人が、言った通りにしてくれるかは分からなかったけど、私は弟たちにお願いした。
宙に浮かんでいた2人の球体が、その途端割れて、ヒューゴ様とアリュール様が床に放り出される。さすがに2人は私と違って、ちゃんと床に足で着地したけど。
「……あなた、先程、王を見守る為にここにいると言いましたね。
──まさか、ここに住んでいるのですか?」
ヒューゴ様が眉根をひそめる。
「そうだが。
──それが何か?」
アリュール様はしれっと笑った。
「……分かりました。
いいでしょう。──それなら私もここに住まわせていただきます。
“勇者”の近くに“魔王”とその側近がいるだなんて、何があってもおかしくありませんからね。“勇者”をお守りするのが、私の役目です。」
「──はい?」
ヒューゴ様の突然の申し出に、私はポカンとする。アリュール様だけでなく、ヒューゴ様とこの家で暮らす?
「この家の家人が許さないと思うが?」
「どうせあなた、魔力で操ったのでしょう。
私がこの家にいられなかったら、無理やりにでも、あなたを追い出しますよ。」
アリュール様とヒューゴ様が睨み合う。
「──いかがでしょう?
あなたも弟さんが心配ではありませんか?
“魔王”の側近が、“勇者”の弟さんの近くにいるのですよ?」
「え!?は?え!?」
突然ヒューゴ様が、顔を近付けて間近で覗き込むようにして、私に囁いてくる。
近い!近い!近い!近い!顔面の迫力が凄い!
「……お前聖人の癖して、幼女を誘惑する気か。」
「誰が誘惑してるんですか!失礼な!」
不本意だ、という表情でヒューゴ様が眉間にシワを寄せる。
「俺たちはベッドも共にした仲だからな。お前の入る隙なんてねえよ。」
アリュール様が突然私を抱き上げて頬を寄せてくる。私、固まった。
「幼女を誘惑しているのはどっちですか!
“勇者”のお姉様から離れなさい!」
ヒューゴ様がアリュール様から私を取り上げようとする。
「──あっ、おい、無理やりそんなことをしたら……!」
「「あー。」」
弟たちの体が、再び黒と白の光に包まれだす。
「──分かった、分かった。
お前もこの家に住めるように、認めさせればいいんだろう?」
アリュール様が折れた。
「──分かればいいんです、分かれば。」
ふん、とヒューゴ様は腕組みしながら、勝ち誇ったような顔をした。
「今日はもう遅い、とりあえず寝て、明日家人に認めさせる。それでいいな?」
「もちろん構いませんよ。
約束は守って下さいね。」
「あの……。
なんで2人とも人型なんですか?」
ベッドの上の私の両サイドに弟たち、“勇者”の弟の隣に人型のヒューゴ様、“魔王”の弟の隣に人型のアリュール様。
子ども用のベッドもベビーベッドも、マットレスがなくなってしまったから、大人用のベッドに寝ているのだけれど。
本来ひいおばあちゃんが、ひいおじいちゃんと寝てた時に使っていた、ダブルベッドとはいえ、背の高い大人2人に子ども1人に赤ちゃん2人。さすがにちょっと狭い。ていうか、2人の顔が近い。
「俺は満月だと、人型にしかなれないもんでな。」
「人型のこいつが何かしようとしてきたら、対抗出来ませんからね。」
お、落ち着かない……。眠れないよ〜!!
そんな私の気も知らず、この場は安全だと認識したのか、2人の弟たちは可愛い寝顔で、スヤスヤと寝息を立てていた。
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