第3話 魔王の弟の魔力の暴走

「弟を、連れて行くつもりなんですか?」

 聞くまでもないことだと思うけど、私は一応アリュール様に聞いてみた。


「……我々の王は、我々の手で育てる。

 お前も分かりきった上で聞いているのだろう?

 お前たち人間は、王の膨大な魔力を既に持て余している筈だ。」


 それはその通りだった。私たちには、誰も魔法を使われたら対応出来る人間がいない。

 最悪王立魔法機関に預けようか、なんて話も出てるくらいだ。でも。


「──でも、弟は人間です。

 “魔王”として産まれたかも知れないけど、どんな風に生きるかを、選ぶ権利は本人にある筈です。」


 ──魔族ならまだしも。“魔王”として育てられたから、疑いもせずに”魔王”として生きてきた、もともとは人間の“魔王”。


 人の世界から切り離されて、そうとは知らずに自分を殺しに来る、双子の兄弟と戦う未来。この子がそれを自ら望んだとはとうてい思えない。


 だって2人はとても仲がいいのだ。どちらが私の膝を独り占めするかって時だけは、押し合ったりして喧嘩して、最終的に2人して大泣きしたりするけど、それ以外は楽しそうに2人でコロコロと絡み合っている。


 ここで連れて行かれたら、人として生きる未来が絶たれてしまう。家族との思い出も、何もかもを奪われて。


「王自らが、人として生きる道を選んだとして、どうする。

 他の子どもらとは違う、強過ぎる魔力。

 人は異質なものをいとう。

 “魔王”が人に混じって生きられるとでも思うのか。」


「……仔猫だって、最初はどのくらい爪をたてたり、噛んだりしたら相手が痛いのか分からないけど、だんだん覚えて、みんなと暮らす為の力の出し方を覚えます。

 訓練すれば、魔法だっていずれ制御出来る筈です。」


「誰が王にそれを教えるというのだ。

 ──お前か?」

「それは……。」


 “勇者”の弟も、“魔王”の弟も、自分で魔力のセーブの仕方を覚えるしかない。私たちにはそれを教えられない。


 だけど覚えるまでに、どんな危険なことが待っているかも知れない。それくらい、2人の力は強過ぎた。


「……話にならんな。

 やはり、王は連れて行く。

 こんなところに置いていたら、自らの力で自らを滅ぼしかねない。」


 アリュール様は、ベッドに近付くと、眠っている“魔王”の弟をそっと抱き上げて、窓枠に足をかけて家の外に出てしまった。

「待って……!連れて行かないで!」


 その時だった。

 ハッとしたように“魔王”の弟が目を覚ました。そして、手を伸ばしている私と目が合うと、突然大声で泣き出した。


「ああーん!ああーん!」

「……王よ!なにを……!」

 “魔王”の弟の体が、黒い光に包まれたかと思うと、その周りが突然燃えだした。


 黒い光が“魔王”の弟の体をガードするように守りながら、抱きかかえているアリュール様を、燃え盛る炎が攻撃しだす。


「……弟は、私と引き離されると泣くんです!泣いて絶対に嫌がるんです!

 私がいる限り、弟はあなたたちの世界には行かないわ!」


「……ならば、お前ごと連れて行くまで。」

 アリュール様は炎からガードする魔法を放ったのか、アリュール様の体も黒い光で包まれた。


「えっ。ちょっ!?」

 アリュール様が私に向けて手のひらをかざした瞬間、私の体が黒い球体に包まれて宙に浮いた。


「あああーん!!

 あああーん!!」

 “魔王”の弟が更に大声で泣いた。その途端黒い球体が割れて、私は部屋の床に放り出される。


 床に盛大に尻もちをついてしまった。

「いたたたた……。」

 私は思わずお尻をさすった。


 “魔王”の弟が放つ炎の攻撃は、更に強大なものとなって、ついにはアリュール様の黒い光のガードを打ち破った。


「うわあああー!!」

 アリュール様の体が炎に包まれ、炎を消そうと“魔王”の弟から手を離した。


 “魔王”の弟の体は黒い光にガードされたまま宙に浮いていた。そしてゆっくりと私に近付いてくると、尻もちをついていた私の膝の上にそっと降りて、その光を消した。


「……良かった。」

 思わずホッとしたのもつかの間。

 パチパチパチ……という、妙な音がする。


 ──家!家が燃えてる!

 暴走した“魔王”の弟の魔力から発せられた大き過ぎた炎は、家にまで燃え移っていた。


 すぐそこには、“勇者”の弟が、何も知らずにスヤスヤと寝息を立てている。

 私は“魔王”の弟をそっと床に寝かせると、慌てて家族の部屋の扉を叩いて回った。


「火事よ!起きて!お母さん!お父さん!」

 真っ先に目を覚ましてくれたのは、一番眠りの浅いひいおばあちゃんだった。


 2人してみんなの部屋の扉を叩いて回る。

 ゾロゾロと家族が起きてきて、火事に気付いた途端部屋から飛び出した。


 慌てておばあちゃんと、ひいおばあちゃんが、それぞれ“勇者”の弟と“魔王”の弟を抱いて外に逃げる。


 私もおばあちゃんに手を引かれて外に逃げた。お父さんとお母さんとおじいちゃんは、何度も井戸の水をくんでは家にかけた。


 それでも火はどんどん燃え広がり、なかなか消えようとはしてくれなかった。

 その時、おばあちゃんに抱かれていた“勇者”の弟が目を覚ました。


 燃えている家を見て、「あっあー。」と言うと、“勇者”の弟から強い光が放たれて、天空に向けて光の柱が出来た。


 突然家の上空にだけ雲が集まったかと思うと、土砂降りの雨が家に降り注ぎ、一気に火は鎮火した。


 ──だけど。

「あらあらまあ、これからどこで寝ようかねえ……。」


 ひいおばあちゃんが困ったように首をかしげた。

 家は完全な水浸しで、とても寝られるような状態じゃなかった。


 火事に集まって来た村人たちに事情を話して、私たち家族は別々の家に、しばらくやっかいになることになった。


 私と引き離されると、弟たちが泣いて大変なので、私とお母さんと弟たちは、村長さんの家にお世話になることになった。


 次の日から、お父さんとおじいちゃんは、村の人たちの協力もあって、家の修繕を行っていた。


 炎は土台にまで広がっていなかったから、燃えた部分だけを新しい木に取り替えれば、また住めるようになるらしい。


 家を直している間に、雨に濡れた部分はほとんど乾いていたけれど、ベッドマットとかはカビがはえて完全に駄目になっていた。


 家中を家族総出で掃除してきれいにして、村の人たちが分けてくれたお古のベッドマットをしいた。


 それでも数が足りなくて、おじいちゃんはおばあちゃんと。お父さんはお母さんと。

 私と弟たちは一緒のベッドで寝ることになった。


 弟たちを、寝返りで潰してしまわないか、私はとても心配だったのだけど、当の弟たちは私と一緒に寝られることで、すっかりご機嫌だった。


 ある日、いつものように畑仕事に出た、おばあちゃんとお母さんが、何やら家の外で騒いでいた。


 どうしたんだろうと思って外に出ると、家の前に銀色の毛並みに金色の目をした犬がいて、いっこうにその場から退こうとしないらしかった。


「どこから迷いこんだのかしら……。

 このあたりで、こんな犬を飼ってるおうちなんて、なかった筈だけど。」

 お母さんは首を傾げていた。


「よっぽどうちが気に入ったのかねえ。

 なんで動こうとしないんだろ。

 犬ってこんなに重たいもんだったかね?」

 おばあちゃんも首を傾げた。


 とてもキレイなアフガンハウンド。

 だけど私には、どこかその犬に見覚えがあった。


 まさか……。


『アリュール様?』

『──ほう、よく分かったな。』

 私の心の声に、アリュール様が心の声で返事を返してくる。


 以前、《エターナル・ラブ・クロニクル》のイベントで、擬人化ならぬ、キャラクターを獣人化させる企画があって、その時のアリュール様のスチルが、銀色の毛並みに金色の目のアフガンハウンドだったのだ。


『ご無事だったんですね……。』

 ホッとため息をついた私に、アリュール様は不思議そうな声を出した。


『──ほう?

 お前、本気で俺を心配するのだな。

 お前の心が伝わってくる。

 なぜだ?』


 だって、別に死んで欲しいわけじゃない。

 弟を連れ去ろうとするのは困るけど、“魔王”の弟の為を思ってやったことで、害をなそうとしてたわけじゃないことは分かる。


 なんでそれで、将来人間と戦うことになってしまうのかは分からないけど、少なくともアリュール様は、人間を滅ぼす為に“魔王”の弟を必要としてるわけじゃなかった。


 私がもし、人間の世界にいさせても、“魔王”の弟の力を制御出来る人間だったなら。

 もう少し様子を見る可能性だってあったのかも知れない。


 だって、こんな子どもと、わざわざ話す必要なんてないのだ。何も言わずに連れて行けば済むだけだし、その力もある。


 少なくとも、私の言葉を聞こうとしてくれた。それだけは間違いない。

『なるほど?そういう考えか。』

 アリュール様は、私が頭に思い浮かべた言葉を読んだらしい。 


『どうしてまた、現れたんですか?

 それも、犬の姿でなんか。』

 私にはそれが不思議だった。


 魔族の姿を見せるわけにはいかないだろうけど、真っ昼間っからわざわざ犬の姿で現れなくとも、“魔王”の弟を連れ去るのが目的なのなら、また夜に来ればいいだけだ。


『王はお前を、特別に気に入っているらしいからな。だが、ともに我々の世界に連れて行こうとするのも嫌がられる。

 なれば執着の理由を探るしかあるまい。

 お前が自ら我々の世界に来ることを望めば、王もお前を連れて行くのに、反対はなさらないだろうからな。』


『行きませんよ!

 家族を置いて、魔族の国になんか!』

『家族ごとくればいいだろう。』

『それも駄目です!』


『まあ、お前が嫌と言っても、気が変わるまで、この家に置いてもらうがな。』

『そんなの、うちの家族が許しませんよ、貧乏なのに、犬を飼う余裕なんて……。』


 アリュール様は、トコトコと、お母さんとおばあちゃんの前に行くと、その金色の目を光らせた。


 お母さんとおばあちゃんは、一瞬ボーッとしたようになったあと、突然アリュール様を2人して撫でだした。


「ほんとに、賢そうで可愛い犬ねえ。

 番犬にぴったりじゃありません?

 ねえ、お母さん。」


「子どもの情操教育にもよさそうだね。

 首輪もないし、うちで飼うことにしようかね。」


 パクパクと口を動かしてその光景を見ていた私を、アリュール様はチラリと振り返ってフフンと笑った。

『──構わんようだぞ。』


『ま、魔法で操りましたね!?』

『さてな。』

 アリュール様はすました顔をしていた。


『犬小屋で寝るのは認めないからな。

 俺の分のベッドを用意しろ。』

『今、うちにそんな余裕ありませんよ!

 今だって1つのベッドに寝てるのに!』


『ならば仕方がないな。

 我が王の護衛も兼ねて、王とともに休ませて貰おう。

 嫌だと言うなら……。』


 またチラリと、お母さんとおばあちゃんを見る。私が断っても、家族を操って実行させるつもりだ。


『分かりましたよ……。』

 まあ、今は犬の姿だし、赤ちゃん2人と私の間に、犬一匹寝かせるくらいの余裕はあるか……。


 そんな私たちの光景を、遠くから覗いている存在があることに、その時の私はまったく気付いていなかった。


「──なんと。

 勇者様のおそばに魔族がいるとは。

 これは由々しき事態ですぞ!」


 この時覗いていた人物が、私たちの間に、またひと騒動巻き起こすのだけど、魔族対人間の戦いは、──この時既に始まっていたのだった。

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