第2話 弟を守れ!魔王の側近襲来!

 弟たちを、普通の人間として育てよう。

 決して“魔王”にも、“勇者”にもさせるもんですか!と意気込んではみたものの。


 弟たちは、あまりに無自覚チート過ぎた。

 まだ首もすわってないっていうのに。

 離乳食すら始まらない月齢だというのに。


 お母さんがちょっと火傷したのを心配したのか、突然大泣きしだして、全身がまばゆい何かの光に包まれたかと思うと、それを回復してしまった“勇者”の弟。


 お母さんとおばあちゃんが、畑仕事で売り物にする為に野菜を収穫していたら、突然土が揺れたかと思うと、土に植わっていた野菜を空中に持ち上げてしまう“魔王”の弟。


 どちらも悪気はゼロ。家族の為を思ったってだけ。だけど、こんな力、赤ん坊がコントロール出来るとも思えない。


 かと言って、話すことも出来ないんじゃ、そんな力、使ってはだめよ?と言ったところで、理解出来てるのかすらも分からない。


 おかしな方向に魔法が発動したら……。家族を心配するあまり、誰かを傷付けたりしてしまったら……。ありえないことじゃない。


 当然、弟たちの強すぎる魔法について、一族全員による、緊急家族会議が開かれた。まだ幼い私と、弟たちを除いて。


 別々のベビーベッドに、それぞれ入れられた弟たちを、私が見てはいるけれど、正直何かあった時に対処出来る気がしない。


 誰か大人にいて欲しかったけど、いてくれたところで、誰も対処出来る力を持っていないこともまた、事実なのだった。


 2つ並んだベビーベッドは、1つは私が拾われて来た時に使われていたもので、1つはご近所さんからのお下がりだ。


 まだ寝返りもうてないから、うつ伏せにならないよう、大人たちが戻るまで、じっと見ているのを、私は自分の仕事にしていた。


 正直、私は前世の記憶があるから、実年齢より大分落ち着いているとはいえ、寝返りのうてない赤ちゃんと私を置いて、大人が全員いなくなってしまうのは何故か。


 というのも、この世界ではまだ、うつ伏せ寝と、赤ちゃんの突然死の因果関係が、指摘されてないからに他ならない。


 前世なら絶対に、1歳になるまでは、仰向けで寝かせるよう、国も推奨しているし、誰か大人が見ているものだけど、この世界の大人たちは、割と子どもを放っておく。


 神様が見守ってくれているから、神に愛されているなら安全。何か事故があれば、神様に愛されていなかっただけ。それが理由だ。


 まあ実際、まだチュートリアルが始まってもいないのに、攻略キャラクターである弟たちが、そんなことで死ぬわけもないとは思うのだけれど。


 それでも私は椅子にのってベッドの中をまさぐると、弟たちのまわりに置かれたお祝いのぬいぐるみや、クッション枕を頭から取り除いた。顔をうずめるおそれがあるからだ。


 ベッドは元から硬めのマットレスだし、貧乏なので掛け布団なんてものはなく、薄いブランケットのみ。着ている服も1枚だけ。


 心配なのはぬいぐるみと、クッションみたいな枕だけだった。特にそれを取り除いてみても、弟たちは気にしたようすはなかった。


 ぬいぐるみを気に入っていて、ぐずりだしたりしたらどうしよう、なんて思っていたのだけれど、私がベッドから離れたことの方が嫌だったみたいだ。


 大人と同じように見えるようになるのは6歳からと言われている。3歳でようやく半分以上の子どもが視力1.0になる。


 今はようやく動くものを追って目が動かせるようになった段階で、目よりも匂いで判断してる時期の筈なのに、こんなところもチート仕様だったりするのかしら?


 互いに、あっ、あっ、と声を出しては、私が近付くとニコーッとする。こんな子たちを殺し合わせたりなんか絶対にしないわ、と改めて心に誓う。


 けど、椅子に乗って交互に弟たちのベッドを覗き込んでいたけど、小さな体でずっと立っているのはなかなかにしんどかった。


 私が動かせる大きさの椅子は、私が座る用の小さなおもちゃのような木の椅子だけ。

 大人用が動かせれば座って覗き込めるのだけど。


 私はすっかり疲れてしまって、自分の動かせる子ども用の椅子に座って、ちょっと離れたところから弟たちを見守ることにした。


 すると、声を出しても私が来てくれない、そのことに気が付いた弟たちが、私の興味を引こうとしたのだろう、我先に魔法を使いだした。


 魔法を使うと、大人たちも私も、みんな慌てて弟たちを構い出す。何かあってからでは危険だからだ。


 それが分かっている弟たちは、わざと危ないことをして、大人の興味を引こうとする子どもかのように、次々と魔法で遊びだした。


 部屋の中で火魔法を花火みたいに弾けさせてみたり、目がくらむ程の強い聖魔法を放ったり、私が近付くまでやめるつもりがないらしい。


 無邪気な赤ちゃんのやっていること。だけど私にその魔法に対抗する力なんてない。

「ああああ、もう!

 家がどうにかなっちゃう!」


 私は慌てて椅子から立ち上がり、椅子をまたベッドの脇まで移動させて、弟たちのベッドの中を代わる代わる覗き込んでは、弟たちの頭を撫でてやった。


 キャッキャッと笑いながら、私が来てくれたことに喜ぶ弟たち。こうやってまたクセづかせちゃうんだよなあ……。


 よくない、よくない傾向だわ……。

 前世で猫を飼っていた時を思い出す。構って欲しいと、わざと悪さをしてた猫。


 私も怒るんだけど、普段は絶対そんな悪さをしないクセに、する時は、構って欲しいからっていうのが理由だったから、どうしても可愛くて許してしまう。


 私が入院中に死んでしまった、もう名前も思い出せないあの子。大好きだった、私の物心ついた頃から一緒にいた猫。


 私が家に戻って来なくなったことで、急に元気がなくなって、衰弱して死んでしまったと、私が寝てると思った両親が話しているのを聞いてしまった。


 猫は人間を家族だと思ってる時、捨てられると心を病んでしまって、そうなってしまうことがあるのだと、動物病院のお医者様が言ってたらしい。


 捨てたつもりなんて、これっぽっちもなかった。本当は最後まで一緒にいたかった。だけど、それが分からないあの子からしたら、結果は同じことで。


 今の弟たちからしても、きっとおんなじ状態なんだろうな。

 家族が誰も近くにいないと、急に泣き出したり、魔法を使ったりする。


 寂しいよ、怖いよ、安心させて欲しいよ、っていう、赤ちゃんなりのサイン。だから本気で怒れないのだ、私も、親たちも。


 しばらくすると、会議が終わったのか、お母さんがやって来て、弟たちを見ててくれたのね?偉いわ、と、私の頭を撫でてくれた。


 どうすることになったのか聞いたけど、結局結論が出ないままで終わったらしい。

 それはそうだろうな。だって家族の誰も魔法についてなんて分からないんだから。


 あまりに手に負えなくなったら、教会を通じて、王立魔法機関とか、魔法に詳しい人たちのいるところに、2人まとめて預けなくちゃならなくなるかも知れないわね、とお母さんはため息をついた。


 よその人たちに迷惑をかけてからじゃ遅いから、そういうこともあるのかも知れない。

 弟たちは、それが分かっているのかいないのか、じっとお母さんを見つめていた。


 それからしばらくは、弟たちは急に魔法を使うことがなくなった。ひょっとして、本当にお母さんの言ってた言葉を聞いて、理解してたんだろうか?


 そうとしか思えないくらい、突然いっさいの魔法を使わなくなったのだ。

 ちょっとぐずってたのね、なんて、お母さんたちはのんきなことを言っている。


 でも、弟たち2人が、“魔王”と“勇者”である運命が、それで変わったわけじゃない。

 この先もどんどん魔力は強くなって、いつか“勇者”の弟は王宮から迎えが来るだろう。


 弟たちが、私に抱っこして貰おうと、我先にと争いながら、ハイハイでのしかかってくる。私の体で抱っこは無理だから、せいぜい膝に乗せるくらいまでしか出来ない。


 それでも目を輝かせながらにじり寄って来られると、ついつい嬉しくて可愛くてたまらない。けど、お、重い……。

「お、お母さん、助けて……。」


 弟2人にのしかかられて、身動きの取れなくなった私は、お母さんに助けを求めて、お母さんは笑いながら、弟たちを私の上からどけてくれた。


 この子たちは本当にお姉ちゃんが大好きねえ、なんて笑いながら。

 しばらくは、そんな風に、何事もなく幸せな毎日を過ごしていた。


 だけどある日突然それは変わった。

 私と引き離されると、弟たちが泣くので、私のベッドは子ども部屋から赤ちゃん用の部屋に移されていた。


 ふと、夜中に目を覚ますと、部屋の窓が空いていて、カーテンがはためいていた。

 窓のところに、誰かが腰掛けて、“魔王”の弟を見つめている。


 長めのプラチナブロンドに、一見冷たそうな涼し気な金色の瞳。細身で背の高い、それでいて筋肉質な体。思わず、ハッとするほどに美しい横顔。この見た目は……。


「──アリュール様?」

 私の声を聞いたその人が、少し眉間にシワを寄せて私を見てくる。

「……お前、誰だ。」


《エターナル・ラブ・クロニクル》は新キャラが多過ぎて、私も全部は把握しきれてないけど、このキャラクターはさすがに覚えている。“魔王”の側近、アリュール様だ。


 クールな悪役と言えばこの人、と言われるくらい、主要キャラクターの悪役や、悪人ぽい主人公役を演じることの多い、ベテラン声優さんが声を当てている、人気キャラクターの1人だ。


 ゲームのカードのスチル、そのままの見た目、そしてキャラボイスそのままの声で、アリュール様が私の目を見て話しかけて来た。

 別に特別推しとかじゃなかったけど、さすがにこれはアツい!


《エターナル・ラブ・クロニクル》の中にいるのだ、ということを改めて実感する。

「わ、わわっ、わらひは、その、この子たちの姉で……!」

 ──盛大に噛んだ。


「……なるほどな、心眼のスキルを持っているのか。

 鑑定なら、俺の名前もステータスも見られない筈だが、それなら不思議じゃない。」


 アリュール様は私のステータスを勝手に見て、1人で納得してくれたらしい。

 私が名前に様をつけた理由については、特に気にしない方向にしたんだろうか。


 鑑定は、相手が強過ぎる場合、名前やステータスがバグみたく表示されて、見ることが出来ない。それはゲームでも同じことだ。


 カードバトルの際も、こちらに鑑定持ちのカードしかない場合、相手のステータスがバグみたく変な文字で表示されてしまう。


 心眼はそこを強制的にすべて見ることが出来る。どれだけ相手とのレベル差があろうとも、たとえ──相手が“魔王“であっても。


「心眼のスキル持ちということは、お前は気付いているのだろう?

 お前の弟とされているこの御仁が、──我らの王たる存在であることを。」


 アリュール様は、試すように私を見ているけど、私の年齢を分かっているのだろうか。

 まるで大人に話すように話しかけてくる。


 私は中身こそ大人だけど、見た目はただの幼女で、私に対してそんな難しい話は、うちのお母さんたちだってしてこない。


 “勇者”は攻略したことがあるけれど、“魔王”と兄弟だなんてエピソードはなかった。

 つまり、“勇者”はそのことを知らないか、別々に育った可能性だってある。


 ──まさか。

 ここでアリュール様が“魔王”の弟を連れ去ったから、“勇者”は“魔王”と兄弟だと知らないという設定なのだろうか。


 家族をさらわれるなんてことがあったら、きっとそんな悲しい出来事に蓋をして、誰もが口にしなくなるだろう。本当はもう1人家族がいたなんてことを。


 赤ちゃんの時にいなくなった兄弟のことなんて、当然覚えてるわけがない。

 知らずに互いに殺し合う兄弟という設定。


 または、もしもここで“魔王”の弟がアリュール様に連れ去られることが、“魔王”の攻略後に語られるエピソードなのだとしたら?


 そして魔族の世界でこのまま“魔王”として育てられる。これはゲームの設定に関わる強制事項なのかも知れない。


 私の返答次第で変わるような問題じゃないのかも知れない。だけど、それでも。

 “魔王”の弟を、このまま“魔王”にしない為にも。


 “勇者”の弟に“魔王”の弟を、兄弟とも知らずに殺させない為にも、今私が選ぶ言葉が、2人の今後の人生に関わってくる。


 どう答えるのが正解なの?


 チュートリアル前の情報なんて、クリアしたストーリーと、攻略したキャラクターの設定しか知らない私には分からない。

 アリュール様の目的がつかめない。


 “魔王”だと分かっているのだから、これから連れて行くことも分かるだろうって言いたいのか、それとも人間に“魔王”を育てるなんて、無理だと分かるだろうと言いたいのか。


 “魔王”の側近たる人に、弟を“魔王”にしたくないのだなんてこと、当然言うわけにはいかない。言っても言わなくても、アリュール様の行動は変わらないかも知れないけど。


 どうすれば、アリュール様に、“魔王”の弟を連れて行かれずに済むのだろう。

 分からない。どうすればいいのか分からない。


 弟たちを、“魔王”にも“勇者”にもさせないという私の計画は、いきなりの大ピンチを迎えていた。

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