魔王にも勇者にも致しません!〜双子の弟が何故か魔王と勇者だった私の平凡な筈の毎日〜

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中

第1話 双子の弟が魔王と勇者

 ──ん?

 私、ノエル・ガーランドは、出産から数日が経って、ようやく面会が許された、産まれたばかりの血の繋がらない双子の弟たちを見て、はて?と首をかしげた。


 それは集まった他の家族も同様で、お母さんは何だかとても気まずそうにしていたけれど、私が首をかしげた理由は、他のみんなが感じていたものとは違っていた。


 私は異世界転生者だ。

 気が付くとこの世界にいて、赤ん坊の頃から前世の記憶があるせいで、何となく人より色んなことを理解して過ごしてきた。


 前世の記憶は曖昧な部分があって、例えば死んだ時の年齢は覚えていても、自分の元の名前が分からない。


 日本人だったってことは分かる。

 生まれた時から、治らない病気を持っていた私は、いつも病院のベッドの上で、ゲームをすることだけが楽しみだった。


 まともに学校に行けたのは、小学校までだった気がする。

 卒業式になんて、ただの一度も出たことがなかった。


 だから、この世界に転生して来た時は、心の底から嬉しかった。

 だって、何はなくとも健康なんだもの。


 自分の足で歩くって、こういう感じだったっけ、と思い出した喜び。

 今日死ぬんじゃないか、明日死ぬんじゃないかって、怯えることのない毎日。


 私の入院費を払うのに働き詰めで、殆ど会うことのなかった前世の両親と違って、今はひいおばあちゃんまで毎日家にいる大家族。


 この村の教会の前に捨てられていた、拾われっ子の私を可愛がってくれる優しい家族。

 それがどんなに大切で、得がたいかけがえのないものであるかを、私は知っている。


 だから家族と血が繋がっていないことくらい、別に大したことじゃない。

 そんなところに待望の兄弟が産まれた。


 前世では一人っ子で、友だちはいたけど、入院が長引くに連れて、やがて誰も会いに来なくなった。

 せめて兄弟がいたらと、ずっと思ってた。


 この世界は、私が前世でやっていた乙女ゲーム、《エターナル・ラブ・クロニクル》の中だ。

 まだチュートリアルも始まってない段階。


 国の名前や、信仰している宗教の神の名前が、《エターナル・ラブ・クロニクル》に出て来るものと同じなこと。

 そして私と同い年の王子の名前が、メイン攻略対象そのものだった。


 攻略対象がとにかく多いことが売りのスマホアプリゲームで、アップデート出来る環境なのをいいことに、どんどん新キャラなんてのも出て来るのだ。


 おまけに乙女ゲームなのに、普通にカードバトルをする。

 これが戦略性が高いと、男性のユーザーも何割か存在するようなゲームだ。


 カードの強化をするには、いらないカードを合成する方法と、カードに話しかけて選択肢を選んで、好感度を上げる方法とが存在する。


 好感度が上がると限定スチルや、フルボイス付きエピソードムービーが見られるのだけど、見るを選択しなければすっ飛ばせるし、後からじっくりと見られるので、カードを育てたいだけの人にもストレスが少ない。


 選択肢の結果の好感度の攻略サイトも複数たってて、トークはスキップ出来るから、男性ユーザーはそれを参考にレベル上げして、甘々トークはスキップしてる人も多い。


 普通にカードバトルを楽しんでもよし、じっくりと推しを攻略しながら強くしていくもよし、強くなった推しが対戦バトルで活躍するのを楽しむもよし。


 メインストーリーの他にイベント対戦なんかもあって、NPCの他にオンライン有人対戦も可能だ。


 ただし推しのカードを引けるかどうかには課金要素も強く、数十万単位で課金する人も少なくない。


 私はデイリーボーナスや、ミッションクリアや、イベント対戦で手に入る分のガチャ石しか使ってなかったけど。


 イベント限定スチルのカードが人気キャラクターだと、限定スチルに新しいエピソードが追加されているから、ランキング上位に入るのにみんな必死だ。


 イベント上位5名までに、本人の希望するキャラクターと設定の、ストーリー付きスチルカードをプレゼント。

 上位100名までは上位5名の選んだ、キャラクターと設定の、ストーリー付きスチルカードをプレゼント、のイベントの時はヤバかった。


 そもそもが新カードって強いから、それが一気に5枚も手に入るとあって、キャラクターやストーリーに興味のない、カードバトルで俺TUEEEしたい勢までもが加わり、ランキングポイントが異常な数字に跳ね上がって連日変動しまくりで、荒れに荒れた。


 重課金勢の本気に味をしめた運営が、数ヶ月に1回、定期的にそのイベントをやりだしたことで、一気にアプリゲーム課金ランキング上位に躍り出た。

 

 もちろん、普通にカードバトルを楽しみたいだけの人たち用の、難易度を順次上げていく、NPCとのバトルイベントも併設して行っていて、棲み分けがなされている。


 その中のメイン攻略対象の1人に“勇者”がいた。チュートリアル突破後に、最初に必ず貰えるカードの中の1人なのだけど、双子の弟がいて、それが“魔王”だなんて聞いたことがない。


 《エターナル・ラブ・クロニクル》には、一応ストーリー仕立てのNPCとのバトルがあって、魔王を倒す為に主人公と5人の仲間が戦う流れになっている。


 ストーリーはセリフのみ進行だけど、バトル時はフルボイスつきで、選んだカードがバトルする際にセリフを聞くことも出来る。


 魔王は1度全部のストーリーをクリアすると、隠しルートとして攻略が可能になる、バトル難易度高めのステージが新たに出現するのだ。


 通常ストーリーをクリアするまでも、結構長くて敵も強いのに、更に強くなるわけだから、課金しないでクリア出来た人は少ない。


 最初の村からイチから同じ街を冒険するのだけど、基本の流れは変わらないものの、魔王と絡むエピソードストーリーが増えて、最後の戦いは魔王の凍てついた心を溶かす為のもので、倒すと魔王のカードが手に入る。


 カードが手に入らないと攻略対象にはならないから、そこで初めて魔王が攻略可能になるという、魔王推しの人にとってはなんとも鬼畜仕様だ。


 ちなみに魔王のカードを手に入れて、魔王のカードを攻略後に、再度難易度高めのルートのラストの魔王とのバトルをすると、バトル中のセリフとラストが変わる。


 普通に戦いながらも、ヒロインの攻撃が愛情のみに変わって、魔王が愛の力に弱体化して敗れる、というのも見ることが出来るらしい。


 人気の声優さんが声を当てていて、普通の攻略対象じゃないのを残念がる人も多い、人気のキャラクターだった。


 我が家は普通の庶民だし、私は捨て子の拾われっ子で、ポジション的にはモブその1ってところだ。


 強いていうのであれば、異世界転生者特典なのか、他の人のステータスを見ただけで分かる、心眼というスキル持ちだということくらい。


 その心眼スキルが告げている。

 生まれたばかりの目の中に入れても痛くないほど愛らしく可愛い双子の弟たちの、片方が“魔王”で、片方が“勇者”であると。


 オマケにどちらもステータスが異常で、1つ持ってるだけでも凄いのに、最初からたくさんの種類の魔法を使うことが出来る。


 どういうこと?????


 勇者は分かる。まだ分かる。

 だって人間だし。

 でも、魔王が普通の人間から生まれるなんてこと、あるの?


 実は王家の人間かなんかで、高い魔力を持った末に、なんやかんや、すったもんだあった挙げ句、魔王になっちゃいました、とかならあり得ると思うけど。


 ゲームの中で魔王の家庭環境が語られるシーンなんてなかったから、魔王は最初から最後まで魔王で、てっきり魔族なんだと思ってた。


 生まれた時から魔王だって言うなら、魔族から生まれないとおかしいんじゃない?

 まさか、お母さん、魔族と浮気した?


 浮気相手との子どもが同時に受精しちゃって、髪の色と目の色がまったく違う二卵性の双子が生まれたなんて海外の事件、前世でWebニュースで見た気がする。


 実際双子の弟たちは、どちらもとても愛らしい顔立ちながら、“勇者”が金髪に緑色の瞳で、“魔王”が黒髪に紫色の瞳をしている。


 我が家は全員金髪、または茶色の髪に緑色の瞳で、明らかに“魔王”の弟の見た目が浮いているのだ。


 みんな思っていることは同じだけど、口に出すのが怖くて、誰もその事をお母さんに聞けずにいる、そんな状態だった。


 すると、一緒に赤ん坊を見に来ていた、ひいおばあちゃんが、“魔王”の弟を見て、んまあ、先祖返りねえ、と嬉しそうに顔をほころばせた。


 なんでも、ひいおばあちゃんの旦那さん、つまりひいおじいちゃんが、黒髪に紫色の瞳をしていたらしい。


 確かにそれなら外見には納得出来る。

 日本人同士の夫婦から、金髪碧眼の赤ちゃんが生まれて大騒ぎ、なんて事件もあった。


 DNAを調べたら、間違いなくその夫婦の子どもで、先祖に金髪碧眼の男性がいたことが分かったのだ。


 ハゲが隔世遺伝する家系もあるって言うし、遺伝子って不思議。

 それを聞いた他の家族も、お母さんも、思わずホッとした表情になった。


 やっぱりみんな同じことを考えていたらしい。特に難しい顔をしていたお父さんが、露骨に安心した優しい顔になっていた。


 ──けど、それは人間の夫婦から“魔王”が誕生する理由には、まったくもってなってない。


 つまり、どういうこと?

 将来この弟たちは、大きくなったら、“勇者”の弟が、“魔王”の弟を倒すとでもいうの?


 《エターナル・ラブ・クロニクル》の設定でいうとそういうことだ。

 メインストーリーに従うのなら、将来どこかからヒロインが現れて、“勇者”の弟とともに、“魔王”の弟を倒すことになる。


 つまり産まれたばかりの弟たちは、攻略対象キャラクターってこと?

 私はバトル難易度高めのステージが攻略出来なくて、魔王のカードを手に入れられなかった。


 もしもカードを手に入れて、魔王を攻略していたら、裏設定として、魔王からこの話が聞かされていたのだろうか?

 そうとしか思えないくらい、この状況が特殊過ぎるもの。


 魔王の攻略は隠しルートクリア後に、カードを手に入れられて初めて可能になる。2度魔王を倒さないと出現しない。


 この世界に2週目なんてものは、おそらく存在しないだろうから、……そうすると確実に“魔王”の弟は、ラスボスとして“勇者”の弟に倒される運命を背負っている。


 ──冗談じゃないわ。

 ヒロインがどの攻略対象を選ぼうと、うちの弟たちのどちらかを選ぼうと、それは私が口を出すことじゃないけれど。


 こんな可愛い弟たちが、殺し合う設定なんて、絶対に許せない。

 産まれた時から死ぬ運命に苦しめられるのは、前世の私だけでじゅうぶんよ。


 “魔王”がここにいるってことは、“勇者”は魔王にたどり着く為の旅に出なくてもいいということ。


 逆に言えば、“魔王”が“魔王”として育たなければ、そもそも“勇者”が倒すべき存在じゃなくなる。

 弟たちの育て方次第じゃ、そんな未来もあるんじゃない?


 ──お姉ちゃん、決めました。

 あなたたち2人を絶対に、魔王にも勇者にも致しません!

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