8
旅立ちの日、キミは来なかった。
『行かない』
と言われたし、愛想を尽かされても仕方がない。
早朝の小さな駅は人も疎らで。何度も辺りを見回したけれど、やっぱりキミはいなくて。
残念なような、少しだけほっとしたような、入り交じった気持ちで、ちいさくひとつため息をついた。
時間になり電車がホームに入ってきて、乗り込んだ。ボストンバッグひとつを抱えて。
行く先にもたいした荷物は送っていない。旅立ちにしては随分と少ないような気もするけれど、今の僕にはこれくらいが丁度いい。
すべてを置いていくと決めたから。
乗り込んだドアとは反対側のドアの前に立つ。ここからはあの桜並木が見える。
幼い頃から、キミと何度も歩いたあの道。
桜が咲いているのに、下ばかりを見てハルジオンが好きだとキミが笑ったあの道。
夏にはアイスを食べながら歩いたあの道。
時には喧嘩をしながら、時には前日見たテレビ番組の話をしながら、とりとめの無いことを話したあの道。
昨日、僕の手を引く小さな手が、わずかに震えていたあの道。
春には薄紅色の小さな花がたくさん咲くあの並木。今は赤く色づいた葉が茂っている。もうすぐそれらも落ちてしまうのだろう。
春が遅いこの街は、その分冬が長い。桜はそのために長い準備期間に入る。
もう一度、見たかったな。もう、見られないんだろうな。
頭の中に描いたのは、桜か、ハルジオンか、それとも、…
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