3

 春になって桜が咲くと、駅の裏の小さな桜並木を歩く。僕らの恒例行事だ。

 たくさんの桜が見られる大きな公園もあるけれど、ちょっとした観光スポットになっているからこの時期は大勢の人がいる。だから駅裏の小さな桜並木は“隠れた名所”のようなかんじで。ゆっくり桜を眺めながら歩くには最適だった。


 でもキミはいつも桜を見上げるよりも、下を見ることに一生懸命だった。


 何見てるの?

 僕が言うと、顔を上げて真っ直ぐな目で言った。


「ハルジオン。好きなんだ」

 僕は気付かなかったけれど、桜の木の根本にはたくさんのハルジオンが咲いていた。


 普通、ここは桜を見るんじゃないの? 珍しいよね、キミってやつは。

 僕が言うと、キミはいたずらっぽい笑みを浮かべて答えた。


「いいの! 好きなんだから」


 その笑顔が愛おしいと、僕は思う。思いながらなんだか胸の奥がむずむずしている僕にキミは続けた。


「だって、どんな場所でもまっすぐに伸びて、花を咲かせるんだよ? 素敵じゃない?」



 わからなかった。その時は。



 でも、今は少し、わかる気もする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る