最終話 僕が黒服になったワケ
彼方には堰を切ったように泣いている小鬼。
その周りでやれやれとばかり黒服共が三々五々、各々の仕事にかかっていた。
流石に疲れ果てたカジャ=デュローは腰を下ろしたまま、
くたびれ果てつつもやっとの事で胸を撫で下ろし、呟いた。
「かくて大団円。めでたしめでたし、ってな」
「カジャ、それはちょっと早いと思う。後始末だって重要だし」
「最後の一仕事、か。俺達もけじめをつけにゃなるまい。おーい、ナナシやーい」
声を張り上げ、彼方に見えるナナシ=マダナイにのっぽが呼びかける。
すっかり黒服共も方々に散り、泣きたいだけ泣けと小鬼だけが取り残されている。
勿論、説教を始める無粋者などは居ないが、冒険者たちばかりは別であった。
「……ぐすっ。何だよぉ。放っといてよ」
「そういう訳にゃいかん。黒服連中との話は終わったんだろ。
だから、次は俺達の番だ。散々迷惑かけられたからヨォ。反省してるか?」
「アタシ悪くないもん。アンタ達は勝手に居ただけだもん」
「お前なぁ。まぁ、確かに俺らだって元を正せば単なる押し入りかもしらんが。
それじゃあ帳尻が合わん。こちとら危うい所でお陀仏だ。ほれ見ろ。真っ黒だろ」
「そうだけど……」
「前助けた時も真っ黒だったぞ。これで二回目だ。三度目はねーからな。
ほれ、手ぇ出せ。手。握手するぞ」
「……許してくれるの?」
「俺が許す許さないの話じゃねぇよ。ただの手打ちとケジメだ、ケジメ。
終わった事は取り返せねぇ。だが、何時までもうじうじしてもしょうがねぇ。
これも単なる自己満足さな。勿論、しでかした奴に嫌とは言わせねぇぜ」
「ホント、カジャって変なとこで律儀だよね。しかも強引」
うるさい放っとけ、と切り返し、カジャは掌を差し出した。
ナナシはおずおずと握り返し、離して手を見つめる。
冒険者が煤塗れだったせいだろう。黒っぽくまだらに汚れていた。
「しっかし……皆お揃いだねぇ、揃いも揃って見事に全身真っ黒だ」
「けっ、黒服共ともだろ?とっとと風呂でも浴びてぇよ。汗でべっとべとだわ」
「そうだねぇ。まぁ、贅沢は帰ってから帰ってから。……ん、何さ、ナナシ」
「あのね。ありがとうとは言わないし、アンタらみたいには出来ないけど、
それでもいいのかな。アタシ、今のままで大丈夫だったのかな」
おずおずと問うナナシに、顔を覆うようにカジャは手を振る。
「んな事ぁ解らん!知らん!俺達だって自分の事すら良く解ってねぇんだ。
人様に偉そうに意見なんぞ出来ねぇよ。でもまぁ、どっこい生きてる冒険者サンだ。
生きてりゃその内何かしら解かるようになんだろ、多分な」
「そうかな……そうかも。うーん。じゃあ、もういいや」
「あ、何だよ?一人合点しやがって」
「人からまず答えを貰おうとするの、もう止める」
「……ったく、俺ぁ危うく殺されかけたってのにヨォ。吹っ切れおったわ」
「それは……ごめんなさい。うわっ!?」
尚も謝罪を口にしかけた小鬼を前に、カジャは両腕を持ち上げる。
メカ同様のファイティングポーズ。その向こうで彼はにかりと笑みを作った。
「次もきっと止めてやる。この冒険者容赦せん!そんじゃ、元気でな!」
捨て台詞と共にぶらぶら手を振って、カジャ=デュローは背中を向けた。
何やら喚き声が聞こえるが、元気を取り戻したのだろうと結論付ける。
泣いて喚いて喧嘩して、日暮れて手を握りまた何時か。ハロー・グッバイだ。
ともあれ、これで後始末の一つは済んだ。
「ねぇ、背中が煤けてるよ?」
「そらお前もだろが相棒」
「へへ、お揃いお揃い。みっともないけど、今はこれでいいや。
……所で、ベルトランのおっちゃん。何で変なポーズを取ってるの?」
「ウム!学徒殿とお嬢が話をしていて暇だからな。第一カッコイイだろう!」
「気になってたんだけど、西の騎士様ってその、皆そんな感じなの?」
「その通りだ!実に気持ちのいい漢ばかりでな。君も西国で働かないかね?」
「あ、はい。お断りします。……ツクヤさんの話も終わったみたいだねぇ」
鼻息も荒く、ツクヤ=ピットベッカーが大げさな足取りで歩いて来る。
冒険者たちに気づいて立ち止まると、胸を張って自慢げに語り出した。
「好き放題に文句を言ってやったわ。あー、すっきりした。
レディらしくはないけど、偶にはこういうのも良いのかも」
「図太くなって何より」
「セクハラかしら、冒険者君。どっこいしょと」
「いいさね。そっちもお疲れさん」
争いに解れた髪を手櫛で軽く整え、女学徒は改まって冒険者たちに向き直る。
「ごほん。こちらこそ、二人とも大変お疲れ様でした。
魔物生態研究所を代表しましてお礼申し上げますわ、冒険者殿」
「んだよ、いきなり。水臭い」
「社交辞令だからね、ま、ここからはいつも通り。
二人の仕事ぶりには大変満足してる。特務に借りも作ったし。
ついでに連中との合同調査をねじ込んでやった。フフフ、これで試験も完璧」
「悪い顔してまぁ。解ったけども、報酬はどうなったんだよ。金の話は大事だろ」
「おっと、ついつい余計な話が長くなっちゃったかな。ほら、小切手」
「何だよこの紙切れはヨォ。金貨とか銀貨はねぇのかよ」
「魔生研としての報酬だし、手持ちだけだと足らないからね。
ウチの名義で紹介状も出すから、現金は銀行で受け取って頂戴」
「……すると、この数字が報酬?」
「ええ、そうだけど……ひょっとして少なかったかしら?」
食い入るように小切手に見入るカジャにツクヤは小首を傾げた。
褒められるのは面映ゆい。が、ぽんと出された額面に、思わずのっぽは嘆息する。
「……やっぱ、住む世界が違ってんなぁ。不足なもんかい。
これだけあれば二人で割っても一年は暮らせる。あんがとよ、センセ」
「所長と大師匠にも報告しておくわ。用事があれば門を叩いてもいいかもね」
「度々出てくるけど、そいつらもやっぱり、その何だ。アレなのか?」
「細かくは想像にお任せする。私は帰り支度を──あ、そうそう」
会話を中断し、ぽんと何か思い出したようにツクヤは掌を叩いた。
「黒服の一番偉い人も何かお話があるって言ってたよ。
……こら、逃げようとしない。お世話になったんだから、ね?」
「ちぇっ、面倒臭い。嫌な仕事だが、とっとと済ませちまおう」
重い腰を上げ、のっぽとちびの冒険者は招きに応じる。
果たして、出迎えたデヴィア=ジャックポットは晴れやかな笑顔であった。
「話って何だよ。死ぬほど疲れてんだぞ」
「大丈夫、手短にするわよん。はい、先ずはお礼の言葉からね。
私達の手落ちで大変ご迷惑をかけしました、勇敢なる冒険者たち。
勿論、このお礼も具体的な形でしようと思っておりますわ。
両陛下や各所との調整から、少々お時間は頂きますけれどね」
「こっちでも謝礼!カジャ、大儲けだね!」
「お、おう。前の事があるから拍子抜けだが……嘘じゃなかろうな?」
「大丈夫よん。我々にとってこういう約束事は重要だもの。
感謝してるのも本当。お陰で誰も死なずに済んだのは本当に幸運だった。
……ちょっと、真面目に話を聞いてるぅ?」
「ん、おお。聞いてるぞ。いやー、何とかなって良かった良かった。
……ん、何だよこの紙切れは。小切手とかいう奴か?」
先程、ツクヤから手渡された物と比べると記載された数字の列が多い。
細かな項目が並んでおり、その額たるや先程の報酬を打ち消して余りある。
怪訝な顔で紙片を改める冒険者たちの前で、デヴィアは咳払いした。
「当方からの請求書よん」
「……は?請求書?請求書なんで?俺の手柄はどうなった!?」
「お二人の救出に掛かった諸経費、損壊したメカの代金諸々の総額よん」
「ちょ、おま。何て事を言ってやがる!?コレ借金か!?莫大な借金なのか!?」
「さよん。世の中何につけても金がかかり、帳尻は合わせるもの。
哀しいけど、これって現実なのよね。お二人さん、手持ちは十分かしらん?」
「馬鹿な、こんな、こんな暴挙が現実、現実だと……ッ」
「ところがどっこい。正真正銘、これが現実よん。──ベルトラン、確保ッ!」
「心得た。今度は逃がさんぞ」
慌てふためいて周囲を見回すカジャを、騎士ががっちりと掴む。
恐らく最初から申し合わせていたのだろう。その手際は抜群であった。
笑顔こそ浮かべているものの、罪人を引き立てる刑吏のようだ。
「大体、ここまで知られて素直に帰す訳ないだろう。
我ら特務からは逃げられない。目指せ借金完済!祈り、働け冒険者たちよ!」
「酷ぇ!何て酷ぇ話だ!こんなのってねぇぞ!?いい加減にしろよ黒服野郎!
ツクヤさん!?おいツクヤ、おーい!?助けてくれねぇのかよ!」
急転直下の展開にカジャは悲鳴を上げる。
彼が助けを求める女学徒はしかし、くすくすと笑いつつ告げた。
「大丈夫。条件付きで借金棒引きしてくれるってさ」
「知ってて俺を売りやがったな!!……猛烈に嫌な予感がしてきたが、聞く」
「メカの操縦士として雇ってくれるんだって。それで借金はチャラ。
年季明けまで自由は無いけどお賃金とか、技術教育とかもあるみたい」
「……は!?なんだよそりゃ、聞いてねぇぞ!俺ゃ小説ぐらいしか読まねぇのに!」
「世界広しと言えども現時点で君以上のパイロットの確保は難しいからね。
多少はね。そういう訳で来週からもボクチンとメカの地獄に付き合って貰う。
フハハハ!これは捗りますよォーーーー!待っててねムッターメカ二号機ちゃん!
今度はムッタードラゴンって名付けてあげちゃうんだもんね!」
「ふぁっ!?アン、何か言ってくれよ!!どうかしてるぜこいつ……等?」
周囲につられてか、彼の相棒もどこか嬉しそうに笑っていた。
その様子がおかしい事にのっぽは気づく。彼もまた現実に包囲されたらしい。
気付かぬ内にひたひたと忍び寄られ、最早一つの逃げ道も許さないようだ。
「ボク、カジャと一緒ならそれでもいいもん。年貢の納め時だね」
「笑顔で内堀埋めおった!?助けてーーーー!」
「就職って大事だよね。魔生研として、今後の色々をお祈り申し上げます」
「腹立つ物言いしやがって!ヤメロー!ヤメロー!離せ、離してくれーー!
俺は冒険王に、冒険王になるんだーーーっ!!俺の夢が、野望がとん挫する!」
「もう、夢みたいな事言ってないでさ。地に足付けて地道に行こうよ、ね。
……ヨシ、これでボクの夢だけは叶いそうだ。フフフ」
万事目出度し、盗み盗まれ、逃げ出し逃げられ、全て帳尻合わせで正負ゼロ。
見事に、運命的とさえ言える帳尻合わせが冒険者たちにもやって来たのだった。
最後の頼みの綱たる相棒にさえ片腕を掴まれ、黒い帽子を被らされる。
運命は誰しもを捕まえ、誰しもを導き、時に誰しもを引き摺って行く。
当然、冒険者たちもその例外ではない。
「それでは、お二人とも。改めましてメン・イン・ブラックへようこそ!
新しい黒衣の者の誕生、心よりお喜び申し上げますわ。
これからもきっとよろしくね、元気で愉快な冒険者さん」
黒服共の主人は面白そうに笑って言う。小鬼は再び立ち上がる。
先達たちは小波のような拍手。嬉し気なちびに、未だ諦めきれないのっぽの叫び。
最後の最後までドタバタ喜劇を繰り広げ、彼らはかくて黒服の一味となった。
Fin
箱を盗んで走り出す。或いは僕が黒服になったワケ poti@カクヨム @poti2
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