第35話 ボクら少年期の終わりに 



 強く輝く炎の筋は、デヴィアの腕よりも遥かに長く縦横に届くようだ。

伸縮自在、唸ってしなる炎の嵐は骨までも易々と焼き断つ事紛れも無い。

火焔光を背負い、白い一条を携えた姿は正しく伝説の如しであった。


 必然、その向き合うもまた伝説上に語られる存在。

銀の釘や鋲で麗しくも強力に飾られ、輝く腕と光の剣を操る古の存在だ。

上のエルフであれば、焔魔の大将帰り来たと叫びを上げるかもしれない。

最も、今この時は喜劇芝居。時代が巡れば立場も変わる。

黄泉がえりした銀甲冑など、さしものエルフもお呼びで無いに違いない。


 招かれざる客ならば至福の地へとお帰り頂くのが筋には違いなく、

火蓋の切られた決戦は化けの皮の剥がれかけた面々を巻き込んで尚燃え盛る。

作家であれば拍手喝采。魔物学者ならばペンが休まず、戦士であれば武者震い。

しかしながら、只人なる冒険者にとっては極めて危険で迷惑な現状である。


「いい?カジャ君。落ち着いてよ、落ち付いて深呼吸に集中して。それが大事」

「スゥーーッ、ハァーーッ……スゥーーッ、ハァーーッ……ゲホッ、うえっ」


 ツクヤ=ピットベッカーが自分にも言い聞かせるように台詞を吐く。

今から目の前の魔法と銃火の嵐に突っ込む。この半壊した機械細工で。

頼りない装甲は見事に吹き飛び、キャビンは外気に吹き曝しも同然だ。

弾丸の一発、砲弾の破片一つでも生身の冒険者には致命傷になりかねない。


 半ば以上自殺行為である。今度ばかりはカジャ=デュローにも余裕は無い。

その一呼吸、一秒ごとに腹の底から胃液のような恐怖が滲む。

好機は何時だ。目を皿のようにして探し回る。両腕が妙に重い。

体を動かしていた血流が切れかけたようでさえある。


「畜生、死にたくはねぇなぁ」

「……それってボクらも殺すつもり?そりゃ無いよ」

「馬鹿言え、んな訳ねぇだろ。タイミング図ってんだ、タイミングを」

「んー、具体的には?そんだけじゃ合図のしようがないじゃないか。

肩の力抜きなよ。やる前からビビッちゃホントにしくじっちゃうよ。

ねぇ、眼鏡のバリツ先生。そっちの考えは?こういうのは一番得意でしょ」

「そう来たか……観測手ちゃん。巨人が顔背けて歩き出し……」

「じゃあ今だ!」

「話は最後まで聞く。大砲とか魔法が一杯飛んでから!

他の攻撃と調子を合わせ、ついでに流れ弾も貰わないように」

「──よっしゃぁ今!こうなりゃヤケクソだッ!」


 二人の合図に背中を蹴られるようにカジャはレバーを踏み込んだ。

メカが応えて再び起き上がり、内燃機関が振動し吠え狂う。

急始動からの急加速に閉口していたツクヤの抗議を耳に挟みながら、

アン=リカトルは指示された通りにレバーを引き絞った。


 すると、車体にポン付けされた筒から斜め上方に信号弾が弾け飛ぶ。

砲口からは煙も音もしない所からすると投網同様にばね仕掛けらしい。

巨人墓所の天井部にて打ち上げ花火が炸裂。

より一層激しさを増す砲撃の直下、メカの車輪が速度を上げる。


「もっかいムッターパンチ。行けるだろ天才?」

「やらいでか!繰り返しであるが、反応と操縦性は大幅に上がっている。

もっと複雑な動作だってお茶の子さいさい!流石天才だ、何とも無いぜ!」

「……成程。解ったよーな気がする。」

「考えるな、感じるんだヨォーーーッ!レバー操作に心と魂込めろッ。

眼鏡のパワーとボクチンの繊細技術とマジカル翻訳で何とかするもんね!

ムッターメカの操作は今、ロマンと技術!科学と魔法の合体だァ!」


 言われるがままにメカの腕を操作する。

イメージと投影。開けた視界の片隅で、滑らかな動きを示す鉄の掌が見えた。

そして、カジャは顎を引くと薄く笑みを作って暴れる巨人を上目に睨み据えた。

メカと冒険者を無理矢理結び付けた魔術の影響か、瞬間的に彼は幻視を感じた。

それは路地裏に転がる犬の死体。カラスの鳴き声。自分達の記憶だった。

走り回る鼠とリズム。奇妙な装置と機械類。これはムッターか。

回る車輪が回る巨大な白い姿。複雑精妙転輪する曼陀羅の形象。

僅かな身じろぎですら意識全てを塗り潰すような──誰かの白い手が引き留める。


 一瞬、事象地平に消えかけた意識が引き戻るや俯瞰的なイメージ。

神秘的なる存在など今はお呼びで無い。第一のっぽは気づかない。


 認識が加速する。整除する。こちらは多勢、あちらは無勢。しかも包囲中。

クソッタレの機械製バスタードはまだまだ動く。まだ動ける。

砲火は持続している。故に味方の損害は軽微だろう──レバーを握る。

すぐ間近では、ラストダンスの舞台がお待ちかねだ。


 カジャ=デュローの意志に応え、ムッターメカは片腕を持ち上げた。

粗雑な内燃機関が吠え狂い、機械の内臓が獰猛に唸り声を上げる。

それら骨格を包む筋肉たる魔術は未だ無尽蔵のように威力を示し続ける。

我らは戦の犬。今こそ堰を切って放てと潤滑油に燃料の血流が滾るようだ。

そこで大きく深呼吸。教えは実際正しいらしく、青い炎のように冷静さが戻る。


「まぁ、行けるか……って、うおっ!?」

「敵は目の前!カジャっ!」

「心があるなら今こそ俺に応えてみせろ、メカっ!!」


 見れば、こちらに向かって巨人が迫って来ていた。

腕を大きく振りかぶり、一薙ぎにこちらを張り倒す態勢であった。

メカは、しゃがみ込むように低く体を沈め、一撃を掻い潜る。

レバーを握る両手を通じ、メカは見事に応じて見せた。


「喧嘩自慢の根性見せたらぁ!」


 拳闘で言う所の頭を下げてのダッキングだ。目前には巨人の横腹。

体を沈めて腰を捻る。握り拳を固く結べばやる事は一つ。

重量の乗った鉄腕が唸りを上げて巨人のボディに突き刺さる。派手に轟音。

続けて二度、三度、四度。心を込めて、繰り返しのボディーブロー。

巨人の体幹が傾ぐ。銀色の脇腹が遂にひしゃげるのが見えた。


「カジャ、もう一丁!繰り返してもダメなら倒れるまで殴れ!」


 手甲めいた拳の打撃により腹部へ繰り返される殴打。殴打。殴打。

機械は呼吸を必要としない。為に、更に鉄腕による打撃を持続。

生物であれば血と胃液を吐いてとうに沈んでいよう。が、未だ健在。

丁寧な暴行を一頻り繰り返した後、素早く腰を落とす。持ち上げる。

逆方向からの痛烈なショートアッパー。金属の歪む音。


 が、それでも巨人は倒れない。砕けた赤いガラスの破片が落ちてくる。

その向こうで輝く眼光はしっかりとカジャを捉えて離さないようだ。

彼の経験上、嘔吐昏倒間違いなしの乱打であるがまだ足りないらしい。

もの欲しがりの小鬼を向こうに回し、笑う冒険者は尚も口を吊り上げる。


 懲りずに掴みかかる巨人を肩で突き上げ押しのける。

直後、真上からの手刀の打ち下ろし。こちらは両腕を高く十字に組んでブロック。

衝突と衝撃にビスが何十も弾け、破片のように飛び散って音を立てる。

やはり喧嘩が下手らしいと確信しつつ、一端後退、距離を取った。

後を追う巨人。それをデヴィアとベルトランのインターセプトが押し留める。


 巨神は巨神。その性能そのものは大いなる脅威だ。

けれども、ナナシはどうもこちらに執着があるらしい。

力に振り回される素人だ。慣れて落ち着きを取り戻す前に仕留める。

付け入る隙は幾らでも見いだせよう。が、拳闘だけでは決め手に欠ける。

カジャは数秒考え、頭を振って大きく息を吐き出した。


「──ち、ダメか。固ぇ。ヤカン殴って倒せりゃ苦労はねぇわな。

ツクヤ先生、そういう訳で方針変更。バリツの手解きを頼む。

メカの方は、ガタピシのオンボロだ。そう長く持ちそうにねぇ」

「ホントに行けそう?」


 この一合が最後になろう。不穏に振動するメカは如何にもきな臭い。

ツクヤの問いかけにレバーを握ったまま、カジャは努めて明るく答えた。


「ぶっつけ本番。不器用で扱いづらいが、人間の腕らしさは、ある。

バクチの類は天才なんだろ?一つ、何時かのコインみてぇにピシッと頼むわ」

「失礼な勘違いの気がするけど──良い?前にも言ったけど、状況判断が全て」

「どう見るね?大変元気に八つ当たりし、実に盛大に大暴れしてらっしゃる」

「隙が無いなら無理矢理作る!そこでのびてる人の真似はシャクに障るけども。

相手の注意を逸らして、突っ込んで、がっちり固めてあげなさい」

「また地味な……もっと派手派手なの無いのかよ。必殺技とか」

「地味でも良いの!人型で骨だってあったから、間違いなく有効!

嫌ならアームロックでも良いよ。大分難しいと思うけど……ケホッ。

あーもう……帰ったら大師匠と所長にたっぷり苦情入れとかないと」

「最後の最後まで締まんねぇなぁ、ホント。さて」


 方針は決定。実行に移すべく、カジャはメカのガードを解いた。

両腕をだらんと下げ、背を曲げ前傾姿勢を取ってさぁ殴れと言わんばかりだ。

レバーを握りしめたまま、冒険者は小馬鹿にしたように小鬼へ叫ぶ。


「来いよ、ナナシ。おーい、見えてんだろ?聞こえるだろ?俺はここだ。

黙ってないで何とか言ったらどうだい。積もる話もあんだろが。おーい?」

「……うるさい」

「ならどうする。お人形とワルツでも踊るんか?」

「うるさい!」

「おっと!鬼さんこちら!手を振る方に!」


 飛び付く巨人。伸びる腕。スウェー、スウェー、スピンターン。

ここに至り、カジャのメカ操作は入神の域の到達しつつあった。

巨人とのダンスは紙一重ながら尚も続く。その乱暴なワルツに振り起されて、

目を覚ましたムッター=クッターがくたびれ果てた顔でぼやき声を出した。

どうやら体を休めたいらしいが、それどころではない。


「あー、良く寝た。ジャリ坊。随分調子良いみたいだけど、腹積もりは?」

「死なさん。助け出すつもりだ」

「即答かい。ありゃ要救助者だけども、チミらが付き合うは必要ないヨ?」

「俺らの影だ、アレは。少しの差でああなったかもしらん。

だから助ける。手前の影は殺しちゃいけねぇ。理由としちゃ文句無しだろ」

「あーあー、勝手に仕事の難易度上げちゃってまぁ。

具体的にはノープランなんデショ?顔見りゃ解かる。でも安心ヨ。

あんなアイアンメイデンは殺したって死なない。思いっきりやっちゃいなYO」

「今更だけどな。何で見ず知らずの冒険者風情にそこまでしてくれんだよ?」

「アラ、知らない?いい大人ってのは子供達を助けるものなの。昔っからネ」

「……ハン、言ってろ。今からは俺達の番だ」

「そんじゃ幕引きしましょうね。仲良く大人の階段上りな、ボーイズ」


 頭に血が上っているらしい小鬼の攻勢を只管に避け、いなし、見切る。

単調であるのは操者が原因であろう。当たらなければどうと言う事は無い。

重要な事は間合いとリズム。そして観察眼と洞察力であった。

独り善がりのラストダンサーを上手くリードし、カジャは機を伺い続ける。


「そんなにヒトが怖いかーーーッ!」


 敢えて見当違いの方向へのジャブを放ちつつ、カジャが叫んだ。

見え透いたフェイント。しかし、冒険者の罵りが余程腹に据えかねたらしい。

向きになって突っ込んで来るナナシは、巨人越しに怒りで声を荒げている。


「誰も助けてなんてくれなかった!!隣に居てくれる人なんて誰もなかった!!

自分で自分を助けて何が悪い!!アタシ以外皆いなくなっちゃえばいいんだ!!」

「この馬鹿女!この期に及んでダダを捏ねやがって!」

「馬鹿って言った!馬鹿って!!ズルイズルイズルイ!」

「何度でも言ってやらぁこの大馬鹿女!何がズルイだ何が!」

「友達が居るのがズルイ!色気づいてる匂いがするのがズルイ!

色んな人が味方してくれるのがもっとズルイ!インチキだ!

アタシの事は何一つ解らなかった癖に!どうしてアンタだけが!」


 インチキめいた銀の巨人を幸運にも手にした小鬼風情は、

それでも自分が持たざる者だと冒険者を妬み呪う言葉を吐き散らす。

巨腕を逸らし、紙一重に死線を潜りつつ、冒険者は応じて怒鳴り返す。


「んなモン知るかぁッ!こちとらダチの性別すら良く解ってなかったっつの!

お前の心ン中とか知った事かぁ!解かる訳ねぇだろ、んなモンがよぉ!」

「解ってよ!ねぇ、解かってくれないのどうして!?」

「だったらッ、思ってる事をとっとと、短く、素直に大声で叫びやがれ!!

炭鉱の女は男顔負けで口が悪いって大昔から相場が決まってんだ相場がヨォ!

……ちっ、また黙りやがって。大きな口で喋れ!さもねぇと、こうだ!」


 再度突き出された古巨人の腕が伸びきった所で、メカがその裾と肘を捉えた。

強く胸の前に袖を引き寄せ、相手の足が僅かに縺れたのをツクヤは確認する。


「タイミング今ッ!カジャ君、やっちゃいなさい!」

「どっこいしょォーーーーッ!バリツは会話だーーーッ!」


 瞬間、肘を起点に腕を捩じり、メカが巨人を小手返しに投げ飛ばした。

地面が砕け、轟音が響く。カジャは腕を捕まえさせたまま、冷や汗をかく。

投げ飛ばしたまでは良い。しかし、元より性能が違い過ぎる。

魚のように暴れる巨人をどこまで押さえつけていられるものか。


「暴れんな、暴れんなよ……頼むからヨォ」

「あっ」

「どうしたよいきなり……」

「カジャ。気づかなかったけど……その、ボイラーが真っ赤に」

「……照れてんだろ、多分」

「馬鹿言ってんなぃ!あれは熱だよ!真っ赤に焼けてるじゃんか!?天才、これは……」

「ゴメン、もう無理みたいねぇ。もうすぐ爆発しちゃうね、これは」

「ひっ。さ、最低の展開!?ここまで来たのに──」


 アンが悲鳴を上げたその時だ。彼方より飛来した砲弾が、

拘束を振りほどきかけた巨人を打ち据え、冒険者らを援護した。


「ダハハハッ!!また同じような動きをしおって。他に芸は無いのか!」

「相変わらず趣味の悪い笑い方だ。……命中。修正の要無し。続けて第二射!

軽くて小さい事はいい事だ!持ち運びもお茶の子さいさいってね」


 タイミングを伺うのは冒険者たちの専売特許ではない。

絶好の機会に輝く横面を張り倒し、聞き覚えのある声の黒服が爆笑する。

爆発寸前のメカを振りほどく事には成功した巨人の顔面目掛け、もう一発。

砕けた眼窩に狙い誤たず狙撃砲が着弾。爆炎を噴き出し、呻きが上がる。


 半死半生の態となりながら古の巨人は見果てぬ空に向かって掌を伸ばす。

その意志に応え、背についた火口が今一度と炎を噴き上げ、巨体を浮かばせた。

最後のあがきを完全に破砕すべく、二つの風となりベルトランとデヴィアが翔ぶ。

大地を見捨て空高くへ逃れようとした銀色の足を、伸びた鉄腕が遂に掴んだ。

無論、それはムッターメカの腕であり、カジャ=デュローの腕でもある。


「このままの格好で保持してくれ、ムッター」

「トホホ、悲しいけどこれもボクチンのお仕事なのよね。

ムッターメカ、君は最高でした。二号機ドラゴンも作るから安らかに爆死して」

「去り際にまで不穏を呟きおって……逃げるからしっかり掴まってろ!」

「ツクヤさんは走れるってさ!ほんとズルいよねこの人はッ」

「そいつは上々。やべ、ボイラーが膨らんだ。逃げるんだヨォーーーッ!」


 鉤鼻を背負い、カジャは飛び降り一目散に走り出す。

その後に続くはアンと、見るからにくたびれた様子のツクヤ。

少しでも早く、少しでも遠く。災禍の爆心地から逃れるべく彼らは走る。

背後で盛大な爆発音が響く。それが大騒動の決着であった。



Next.



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