第33話 March!March!March!



 黒煙を車体から吹き上げ、ムッターメカは俄かに変形を始めた。

轟音を上げ駆動する車輪の上で、今、客車とその外装が音を立て始める。

幽かに光るのは魔術的な器具が動作している証である。

カジャ=デュローは僅かな浮遊感を感じ、座席に背中を押し付けた。


 安全無用の機械に振り落とされまいとアンがしがみ付いている。

疑問の声を上げる暇も無く、先程までの天井が視界前面に動き、

貧弱なエンジンが煙を噴き上げながら死に物狂いの叫びを上げていた。

天才謹製の魔力装置も咆哮し、二つの雄叫びが唱和する。

正に運命的、ドゥームめいた出会いであった。


 外から眺める者が居たならば、メカが雄々しく屹立するのを見ただろう。

車内を圧迫していた謎の部位が分離し、不格好な腕を形成する所など見れば、

何と言う意味不明、余りに酷い暴挙だと泡を吹いて倒れるに違いあるまい。


 しかも、古巨人の視界から逃れるべく走行しながらの荒業だ。

ばらばらに自壊した挙句、そこらで擱座しないのが奇跡とすら思えてくる。


 ともあれ、事故が無ければ万事目出度し。無事、奇妙な物体は完成に至る。

例えて言うならば歯車やネジ、現代の機械部品を混ぜ合わせ、

無理矢理繋いだ挙句に捏ね合わせた巨人の上半身めいた代物であった。

間違っても古巨人の同類には見えぬ。極めて不細工な、手製めいた機械人形だ。

おまけに腰から下は存在せず、その代わりに四輪駆動の車体がくっついていた。


 納税者の汗と涙と勤労と、天才の頭脳に技術と思いつきを混ぜ合わせた挙句、

纏めて無理矢理ゴーレム術を用いて動かすという、実に歪な半巨人であった。

ムッターメカは、来る時代の真の驚異を成し遂げてしまったのだ。

これは確かに秘密兵器だ。黒服共も隠したままにしておきたかった事だろう。


「このビックリメカ凄いよォーーーーッ!!流石天才惚れ惚れする!!」


 恍惚とした顔のムッターの絶叫が反響し実にやかましい。

掟破りの変形メカが爆走する。天才は最高だ、全てが許されると哄笑する鉤鼻。

前からやってみたかったという本音が一挙手一投足から滲み出ていた。


「足なんて飾りですッ!!技術的限界だから恥ずかしくないモン!!」

「この恥知らず!破廉恥!!どうしてこんな奇天烈装置を……うっ、眩暈が」

「やー、やっぱ折り紙眼鏡だけあって凄いねぇ。これだけ動かして眩暈で済むとか。

それは兎も角、只今変形が完了した!今すぐ行けるぞジャリ坊!!」

「おい、口とか目から血ィでてんぞ天才!?」

「気にするな!無理が過ぎて吐血しただけヨ!!さぁ行け、ひっ飛べ冒険者!!」

「……解―ったよ。行くぞ、相棒。案内しやがれ!」

「うん!負けられないね!」


 不穏さを感じるムッターの叫び、そしてツクヤの声を敢えて黙殺し、

カジャ=デュローは足元のレバーを蹴り込むように踏みつけた。

難しく考えずとも、要は先程の車に腕がついただけだ。何とも強引に理屈をつけ、

内心の半信半疑を張り倒すとカジャはそれまで使っていなかったレバーを握る。


「この覗き穴が狭過ぎる!!アン、接敵まで何秒だ!」

「変形して速度が落ちてる!たっぷり三秒!正面向かって右!!」


 大切なものは間合いと勇気。そして、相棒の目視と必死のソロバン弾き。

振り回されながらも頭部めいた部位から観測を続けるアンが叫び声をあげた。

出来損ないのジャガンナートは急旋回しつつ身をよじり、

真正面に古巨人を捉えた。


 蝙蝠めいて飛ぶデヴィアへ掌を振り回している巨人が顔をメカに向ける。

状況を把握したらしい天才が両手を握りしめて喜悦の表情を浮かべた。

インパクトまであと僅か。感極まって天才が絶叫する。


「よっしゃあ!!必殺・ムッタァァァパーーーンチ!!」


 その時、ムッター=クッターの目は夜空に浮かぶ綺羅星のように輝いていた。

遂に走馬灯を見始めたかと舌打ちしながら、ツクヤは衝撃に備え肘掛を握る。

直後、大質量の金属が突撃の勢いそのまま撃ち込まれる轟音が響いた。

鉤鼻はクククと得意げに笑い声をあげる。


「残念ッ!如何なる存在でも物理法則からは逃れられませぇーーーん!!

速度と質量と科学の力で破壊力ぅ!オカルトとは違うのだよ、オカルトとは!!

出力上げて全力疾走、速度を上げて物理で殴れば解決さぁ!!」


 直後、彼らの頭上から破砕音が響いたかと思うと

ひっくり返った格好でアン=リカトルがカジャ目掛けて落ちて来た。

見上げるとつい先程まで存在した頭部パーツが奇麗さっぱり消滅している。

古巨人の腕が伸びきっている所から、裏拳気味の一撃を貰ったらしい。


「……重ぇだろ。どいてくれよ」

「う、うん。死ぬとこだった。いや、それどころじゃない!ヤバイ!」


 引っ掛かってもつれ合いながらも、アンの顔は実に青い。

見上げれば、視界の逸れた巨人に魔法を射爆する青肌の姿が見える。

が、巨人の注意がこちらに向けば同様の打撃を貰うだろう。


「畜生め!あのデカブツ何てパワーしてやがる!!」


 今の手番は青肌。しかし、遠からず冒険者共にも回って来る。

所詮は急造品の悲しさ。目の前の輝く巨神に比べ、何もかもが格下だ。


「ちょっとパイロット!頭が無いよ頭が!何やってんの!」

「性能が違い過ぎンだよ性能がヨォ!!なんだあの理不尽の塊は!」

「ただの伝説巨人だよ。墓場から迷い出た黒歴史が今に蘇りおったんだよ。

でも、こちとら頭が吹っ飛んだ位だ。メカ本体は何ともないもんね!」

「……もしも胴体に食らったら?」


 返事は無い。どうやら都合が悪い質問のようだ。

生存性の度外視は変形に力を注ぎ過ぎた結果に違いあるまい。


「まともに貰ったらアウトかよ!無茶を言い──おおっとォ!」


 言葉を区切り、見上げれば再び大きく振り上げた巨人の腕が見えた。

大至急クランクを全力で回転させ、レバーを引き、ついでに祈りの言葉を唱える。

後はタイミングが問題──振り下ろされる銀の腕を目視で確認。

古巨人の胴体側に弾いて逸らし、ギリギリの所で致命の一撃を避ける。


「カジャ君!今こそバリツを使いなさい!」

「ブジツじゃ解らん、どんなカラテだって!?」


 見上げた巨人の体が崩れたのを見て、不意にツクヤが叫んだ。

が、生憎とカジャの心得は喧嘩殺法に限られる。

一撃、二撃。性能の割には単調な攻勢を逸らし、車体をいなして距離を取る。


「どんなって。人型相手だよ、殴るより投げたり関節極めたりした方が」

「だからッ、どうやってだよ!?んな繊細な動きが出来る代物じゃねぇぞコレ!」

「でも、足だってある相手じゃない。このままじゃ埒が──」


 仮に人間同士であったとしても拳一つで致命打を与える事は難しい。

女学徒のいう事は確かにもっともだが、メカの性能からして無理難題だ。

騙し騙し、糸のついた操り人形をレバーで動かしているような現状、

黒服や青肌に翻弄されている横合いから殴りつける方がまだしも現実的だろう。


「お足がそんなに好きかーーーーッ!ちっこいの!ボクチンに状況を教えろ!」

「もっかい正面に鉄巨人。接敵まで間が無い──あっ、騎士のおじさんが」

「ベルトラン突撃しおったか!足元の赤いレバーを引けっ、ちっこいの!」

「これ!?何かドクロが書いてあるけど、大丈夫なの天才!?」

「まだ戦えるから自爆じゃないもん!この角度なら当たる!やれっ!」

「でも、騎士の人にも当たるよ!?」

「西国正規騎士を舐めるな!撃ってからでも避けてくれる!それに──」

「それに?」

「じこはおこるさ」

「ダメじゃん!?ボクどうなっても知らないからね!!」


 親指を立てるムッターに悲鳴を返すと、観念してアンがレバーを引く。

ばねが弾けるような音に驚いて左右を見れば、丁度肩の部分が弾け、

巨人に向けて目の粗い投網がばね仕掛けに打ち出された。

半身を見事絡めとるや、メカが網の根本を握り込む。


 無論、相手は伝説巨人。現代の鉄塊を悠々引き千切る常識外の機械だ。

魚取りではあるまいに、あっさりと捕えて引きずる等出来ようはずもない。

それを証するように銀の背中に据え付けられていた装置が炎を噴き上げる。

瞬時に縄が炭化し、古巨人の巨体が僅かに浮き上がった瞬間だ。


「きぇぇぇぇぃ!!今、必殺の聖釘を食らえィ!!」


 間髪入れぬ飛翔の後、ベルトランが気合一喝。

背負う火薬槍の穂先を炎噴き上げる装置に横付けし、引き金を絞った。

直後、盛大な炸裂音と共に大人の腕程もある杭が射出される。


 如何なる魔技か、それとも西国騎士団の秘奥か何かか。

その金属の杭は古巨人にぶち当たるや、呪縛を解かれて羽ばたきを始める。

歪み狂う鋼の戒めを解くべく、ベルトランは定められた通りに謳う。


「溶け落ちた剣よ!小アルカナの10よ!我は汝の真の名を知れり!

懲罰執行ゥ──奔れ、行きて我が敵を砕け。罪を雪ぐのだ、魔剣の残骸よ!」


 何を意味するのか西国騎士団しか知らぬとされる言葉であった。

しかし、無意味な戯言ではない。鈍く輝く釘が苦悶するように蠢動した。

火薬に打ち出され、弾けた鉄杭が古の巨人の背に襲い掛からんと──


 ──唐突だが、ここで説明を挟まねばなるまい。

ベルトランの所属する西国という国家はかつて、意志ある魔剣たちにより

盛大に内部分裂、勢力として瓦解、消滅する寸前にまで至った事がある。

辛勝の後、それら魔剣共をへし折り纏めて溶かして固めたその金属こそ、

世界において唯一、西国のみに十分量が存在する恐るべき練鋼(ダマスカス)。

刀身はインゴットに焼き固められ、炉で交じり合い個々の意識は失われ、

それでも尚世界への呪詛を吐き出し続ける大戦の遺産が一つである。


 怨嗟と呪いは元と同様、凄まじい威力の刃になるが同時に持ち主を蝕む。

故に、それを安定して用いる為に出来上がったのが槍かも怪しい異形の槍。

恨み呻く鉄杭を収め、撃ち出す鋼の鞘こそが西国に数多ある火薬槍であった。

ベルトランの携えている一振りには短く、レメクと銘が刻まれている。

七つ七度何度たりと許さず我らが敵を滅せと祈られたソレは──閑話休題。


 何はともあれ。

炎の柱を噴き上げていた部位が、火薬槍の一撃を食らって小爆発を起こす。

浮かびかけた巨人が損害に傾き、轟音を立てて堕ちるも、その大半は健在である。

一方で吹き飛ばされた騎士が、空中で姿勢を制御しムッターメカの肩に着地した。


「フン、巨人と言っても図体の大きい喧嘩下手か。これならば」

「ブ男のおっちゃん!鎧、鎧が焦げて兜が壊れてる!!」


 アンの悲鳴に心配無用とベルトランが胴鎧を籠手で叩いて見せる。

西国騎士の甲冑は大したもので、多少焦げていても大した支障も無いらしい。


「騎士は徒手では死なぬ!速やかに巨人を滅せば良い子も安心だ!

小さい君も真っ黒ながらも元気そうで何よりである」

「皆して小さい小さい煩いよ!って、何その化け物みたいな槍みたいな……」

「西国の秘密兵器である!説明が要るかね?」

「あ、うん。いらない。面倒はもう十分間に合ってます」

「そうか。では折角だから勝利の讃美歌でも歌おう。教える」

「いや、それも要らな──」


 言葉が途切れる。視線の先で、戒めを引き千切った巨人が体を沈めていた。

ぞわり、と嫌な予感に慄きを覚えた瞬間、地を蹴ってこちらに突っ込んで来る。

ほぼ同時にムッターメカも再動。ブチかましをいなそうと四輪が悲鳴を上げる。

一足飛びの間合いに至り、巨人が握り拳を大きく振り上げた。


「ぬわーーーっ!?だが、騎士に大切なのは痩せ我慢―――ッ!」


 真正面にベルトランが飛翔。振り下ろされかけた巨腕の側面へ一直線だ。

短く腰溜めに構えた火薬槍を狙い定め、すれ違いざまに体を反転。

果たして。騎士の一撃は過たず古巨人の腕部側面を打ちおろし気味に撃ち抜いた。

支えの無い空中での一撃だ。騎士はその反動で放物線を描いて吹き飛ばされる


 が、それより何より火薬槍に腕を捕られ、崩れた巨人が肩から突っ込んで来る。

ひっ、と短く悲鳴を上げた所でムッターメカが両腕を交差させ防御姿勢を取った。

客室から伸びた腕が一瞬固まったアンの足首を掴んで引きずり下ろす。

衝撃に備えるべく彼女を抱きとめ、身を丸めさせたのはカジャであった。


「頭下げてろ!突っ込んで来る!」


 回避は最早間に合わず。カジャが装甲の向こうの敵を睨みながら叫ぶ。

確認するまでも無い。轟音と共に衝撃がムッターメカに襲い掛かった。



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