第32話 魁(チェンジ)・ムッターメカ!



 メカに乗り駆け付けた援軍は長銃やらで武装し、

前方より迫る脅威を迎え撃つべく急ぎ散じて配置へと走る。

只中、火薬槍を杖に仁王立ちするベルトランが面頬を跳ね上げて吼えた。


「ええいっ、面妖な真似を!!化け物共の新手かッ!!」

「落ち着きなさい、ベルトラン。アレが恐らくは古の巨人よ」

「然様で、お嬢様。では、往きましょう──諸君らは援護を!」


 首肯の後、一瞬の迷いも無く騎士は再突撃。

しかし、西国騎士は風車に向かう愚か者ではなかった。

蒸気の補充を終えていたベルトランは先程のように飛翔はせず、

細かく地面を蹴り、低く蛙跳びに一気に巨人との間合いを詰める。


 騎士の前方で、負荷に耐え兼ねたか巨人の砲が積木のように崩れ落ちた。

原因が何にせよ好機である。一方、相手も発砲音でこちらに気づいたらしい。

棍棒のように砲の残骸を握り込むと、石ころか何かのように投げつけた。

放物線を描いて飛ぶ金属塊に黒服共が泡を食って慌てふためく。

勿論、騎士とても直撃を貰えばお陀仏間違いなしだ。


 しかし、黒服共の射撃で注意は逸れた。好機。

騎士は更に鋭く踏み込み、杭槍を振り被り、大きく降り抜く。

鋭い金属音。跳ね返った衝撃に騎士は腕に痺れを感じた。

巨人の輝く靴には傷一つ無い。ただの打撃では歯も立たない様子だ。


予想通りと言えばその通り──しかし、ベルトランが持つのは火薬槍である。

彼は即座に背負っていた腕程もある薬莢を槍に押し込み、撃鉄を引き起こす。

これこそは西国騎士団の切り札の一つ。後は好機を狙うのみだ。


「ワイヤー玉装填完了、放てッ!」


 一方、散じた黒服の一人が、小銃の先端に小銃てき弾を差し込むと、

地面に後床を据えて引き金を引いた。狙うまでも無く当たる距離だ。

引き金を引く。空砲が破裂し、ロケットが銃身から離脱し飛翔する。


直後、宣言の通りに空中で榴弾は破裂。勢いよくボーラが飛び出した。

一つ、二つと次々巨人の足にまとわりつくも、一歩ごとに引きちぎられ、

ワイヤーが弾け飛び──破片が顔を出していたアン=リカトルの真横を掠める。

背から炎の柱を噴き出し巨人は墓所の奥へと後退する構えを見せていた。


「ひゃっ、うわっ!?」


 ちびの冒険者は悲鳴を上げて頭を引っ込め、飛び込むように車内へと戻る。

彼女を出迎えたのは酷くごちゃごちゃとした機械の群れと、

雑然と積まれた物資の山。そして、言い争うカジャとムッターだった。


「違う違う、そうじゃない。心の声で聴いてチョーダイ」

「知るか!!大体、そのメーターがどうだの、あのレバーはこうだのと……

一々細かい事言ってられっかい!!機械なんぞ目的通り動きゃいいんだ、動きゃ!」

「直感派かぁ。たまげたナァ……」

「うるせー!転がして大体解かったから必要な所だけ教えやがれ!!」


 何が何やらさっぱり理解できない計器の群れが所狭しと張り付き、

やたらと多いレバーは森のよう。アンから見ても操作性は酷く悪そうだ。

ともあれ、カジャは間に合わせで稼働させる事には成功したらしい。

座ったまま両手両足を器用に使ってメカを操るカジャの姿は、

何処となく炭鉱のブレーキ手時代をアンに思い起こさせた。


「って、喧嘩してる場合じゃない!大変な事になってる!」

「報告は簡潔かつ明確に!ボクチンの足首つやつや病が悪化するデショ!」

「でっかい鎧に黒服が押されてた!あのままじゃヤバいって」

「やっぱりねぇ。無茶は承知な勤め人の悲しみ……でもボクチン動けなーい」

「の、割によく回る口だなオイ!!メカの操縦ぐらい出来んのか!」

「ゴメン無理。だって魔力切れだもんぐったりしちゃう」


 言葉通りにムッターは座席の一つに半ばくずおれた格好だ。

両手両足を力なく投げ出し、傾いた姿は座ると言うより置物めいている。

投げ出されないよう身体をベルトで固定しており、嘘ではないのだろう。


「いいから!あるんでしょ、隠し玉が。やって貰うからね!」


 と、ツクヤ=ピットベッカーが焦りの滲んだ声で言った。

車内に投げ込む直前に鉤鼻が呟いていた台詞を彼女は忘れていなかった。

曰く、ボクチンに良い考えがある、という事らしい。


「ちぇっ、猫かぶり眼鏡の癖に人使いの荒い。あるよ、勿論ありますよ?

こんな事もあろうかと。ボクチンなんたって天才でございますか──」

「カジャ!!前から瓦礫の塊が来る!衝突までたぶん十五秒!」

「ぶん回すぞ!!掴まれぇーーーッ!」


 再び外に顔を出し、見張っていたアンが悲鳴染みた警告を叫ぶ。

応じ、のっぽは勢いよくレバーを蹴り、クランクを回して進路を曲げた。

劣悪な操作性を何とか組み伏せ、カジャは自らの意志をメカに投げつけていた。

間一髪で衝突を回避するに及び、ムッターが咳払いする。


「ごほん、それじゃあ凡人眼鏡。そこの椅子に座りなさい。

これから天才の傑作をお披露目しようじゃないの」

「ねぇ……大丈夫なの?本当に大丈夫なんだよね?」

「何でもいいから早よせい!逃げ回るので精一杯だぞ!」

「おい、ジャリ坊」


 襟首掴もうとするツクヤを振り払いつつ、不意にムッターが言う。

忙しなく動き続けるのっぽの背中は段々とこなれてきているように見えた。


「んだよ天才。見ての通り暇じゃねぇんだぞ」

「そうだな。見ての通り、どうもチミはボクチンよりメカが使えるらしい。

どうにも癪に障るが、奥の手には優秀なパイロットが必要だ」

「説明は簡潔に頼むぜ!?有言実行だろ!」


 ムッターはぶつぶつぼやきながらツクヤに手伝われて別の椅子に座る。

それからお前はそこの椅子に座れと女学徒に短く指示した。

どちらもただの椅子では無いらしく、何やら奇妙な機械が取り付けられている。

振動する車内で、何とか両者据え付けの装置を取り付け、鉤鼻が向き直った。


「ボクチンと凡人眼鏡が動力と動作系をやる。ジャリ坊が動かして巨人と戦え」

「ハァ!?いきなり何言って……」

「お前がやるんだ。今、代わりは誰もいないからな」


 ムッターは珍しくも真面目腐った顔でそう言った。

車外では闘争が相も変わらず続いているらしく、爆発音だの、

悲鳴や叫び声だの、耳を塞ぐような騒音がひっきりなしに響いて来る。

小さな覗き穴からは良く見えないが、どうにも良くない塩梅らしい。

このまま逃げ回っていた所で埒が明くまい。


 そして。知らぬ間に自分達が戦場の只中に投げ込まれていた事に

ようやくカジャ=デュローは気づいてしまった。

レバー、クランクを操る掌に汗がにじむ。が、現実は現実だ。


「マジかよ……オイ。あの巨人と、コレ使って戦え?

どうすりゃいいんだ、糞。考えたことも無かったぞ」


 まるで初めてブレーキ手をやれと丸投げされた時のようだ。

仲間の命はこの手の内にあり、成功以外に道は無し。

説明も無し、経験も無し、あるのは度胸と気合だけ。

しかし、肝心要の勇気が枯渇気味だ。その様子にムッターが腕を組む。


「さっきの威勢はどうしたジャリ坊!今更ビビッてるのか!」


 それから、醜い顔を更に必死の態で醜く歪め、喚いた。

クランクを回すカジャの腕は疲労に引き攣るが、構いもしない。

やるべきは。今やるべき事は──


「やるべき時に出来ない奴は一生負け犬だ!何してやがるとっととやれ!

お前らの他にもう居ないんだぞ!ガキだろうが冒険者だろうがお前らッ!!

何無茶するのを嫌がってる!選んでその腕で握り取れ!!決断しろ!

そのまま震えて何もしないでいてみろ、一生この天才が軽蔑してやるからな!」


 メカを操り、そして勝つ。状況に強いられようが、決意は決意だ。

明白であり、何とも解り易い。ただ、真っ直ぐ正面から見据えるまで。

内燃機関の煤煙に服をまだらに黒く染めつつ、カジャ=デュローは応ずる。


「言ってくれたな──意地があんだろ、意地が!!男の子にはよォ!」

「カジャ、大丈夫だよ。だってボクも居る、その……皆も居る。一人じゃない!だから」

「わーってる、わーった。解ったっつの相棒。カジャ=デュローは未来の冒険王だ!!

やってやる、やーーーーってやるぜ!……行けるぞ、天才ムッター!」


 そう。勇気だけではどうにもならぬ。それは確かだ。

しかし、意志と科学とそれから天才だ。揃えばボタ山に転がるブタ札ではない。

勇敢なる冒険者の元気のよい返事に天才はニヤリ不敵に笑みを作った。

たった一つならず、何通りも冴えたやり方を思いついたのかもしれない。


「フン。カジャとやら。やれば出来る子なんじゃない。

頭の出来は兎も角、勢いとその根性だけは認めてやろう」


 炉心に炎を。精神とは状況を動かす燃料である。

闘争と決すれば刀槍で無くとも手段など幾らでも降って沸く。

ムッターは意識を切り替え、機械に悪戦苦闘するツクヤに向けて叫んだ。


「さぁ、続いて大人の頑張りの出番。動力係の凡人眼鏡、準備は良いね?

今こそ、メカの真の姿を見せちゃおうじゃない」

「力を注いでるから騒がないで!集中が切れちゃう!それと人を燃料扱いは失礼!!」


 抗議の声をさらりと受け流し、ムッター=クッターは何やらボタンを取り出した。

誤動作防止の覆いを外し、半身の巨人が描かれたそれを腹の前で掌に載せる。


「それでは本日の見せ場ァ!チェーーーーーンジ、ムッターーーーァメカっ!」


 そして、腕を振り被り、ぽちっと勢いよく押し込んだのだった。



Next.


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