第29話 頭良い、顔が良い、人が良い



 さて、時間は少々遡る。

新たな階層に踏み込むや、飛び込んで来た光景は錆巨人の軍勢であった。

先行するのは供回りに黒服数名を連れたベルトランである。


「──どうします?」


 と、覆面を持ち上げた黒服が鋼の騎士に問いかけた。

望遠鏡を覗き込んだ先では、何時かの冒険者が錆の怪物に今襲われかけている。

面頬を上げたブ男は実に真面目腐った顔で答えた。


「どうもこうもない。我々の目の前で一般人が魔物に襲われようとしている。

皇国では自らが成すべき事を教育されないのか?」

「しかし……良いんですか」

「よろしくない訳でも?こういう時、西国騎士団には決め台詞があってだな」

「んな事知りませんよ。西国出の連中に言って下さい。

ハァ、しょうがない。我々は偶々、偶然、幸運にも彼らを発見した──でしょ?」

「ぃ宜しい!!」


 言い放って息を吸い込むと、ベルトラン=ドゥ=ヴィナンは鎧を始動する。

蒸気を吐き出す鉄靴、耳障りな金属音に負けじと彼は大音声を発した。


「西国騎士が大原則一ぉつ!!騎士は、人々を守らねばならない!!

往くぞッ、チェーーーーーーーストォーーーーーーーーーッ!!」


 裂帛の気合を後に残し、蒸気を吹き上げ騎士は飛翔する。

彼が手にしているのは異様な形をした巨大槍──火薬槍とでも称すべき武器だ。

騎士の背より長大なそれは、蒸気鎧の補佐あって初めて扱える大業物である。

身を大きく空中で捻り、そして彼の腕鎧が大きく蒸気を吹き上げる。


 ごぅ、と大気が鬼哭する。鎧を幾つもまとめて叩き砕いたような騒音。

腰から真っ二つに両断された錆巨人の上半身が回転しながら宙を舞い、落ちる。

真っ赤なマントを翻しつつ着地した騎士は振り返る。

鋼の鎧は輝き、赤錆た驚異何するものぞと主張してはばからない。


「ぃ良い子の諸君!!暴走も若さの特権だが、自棄はいけないぞ!!

人間、棄てなければ己を救えるものだ!!そして──」


 背中で語るその姿。腕を組めばどこぞのヒーローのようにさえ見える。

チョップのように鋭く返す刀で追加の化け物を鎧袖一触に吹き飛ばす。

西方よりの守護者は抱き合う子供達に向け、仁王立ちで咆哮した。


「大人と言うのは子供たちを守るものだッ!!」


 驚きに目を見開くカジャとアンが事態を飲み込めぬまま、

後続から黒コートの男共が追い付いてくる。背には長銃、腰にサーベル。

機械槍を片腕で、まるで旗の様に掲げたベルトランが振り返りもせず、

その穂先を前方に向けて掲げて見せる。


「総員抜刀!!突撃にィ、移れィ!!」


 しゅらりと、身の厚い曲刀が鞘走る音が小波の様に重なる。

肩にひっ担いだ白む三日月が群れを成し、鬨の声を上げ駆けてくる。

彼らの表情は覆面で伺い知る事は出来ぬが、斬攪の意図は確実だ。

その馳せる事の早きは正しく魔法の業で無ければ何であるか。

脚を奔らせるものが人間の意志で無ければ一体何か。


 一直線にぶち当たった黒服の群れは流れ落ちた水の広がるが如く。

赤錆た手足を飛沫のように刎ね散らすや、騎士を中心に隊伍を形成してみせた。

そして、やっと我に返ったアン=リカトルが顔を右往左往させる。


「あぃぇぇぇーーーーっ!?な、な、なんじゃこりゃぁーー!?」


 驚愕に引き攣ったその顔の有様は筆舌に尽くしがたい程少女らしくない。

変転する現実の衝撃に精神的な打撃を受けたに相違無く、

その視界は認めがたい光景にぐにゃあと歪んでいるに違いない。


「正義の騎士の参上である。子供達よ、無事かね?」

「……お陰様でな。しかし、訳解からん。何が、どうしてこうなった?」

「拙僧の仕事が入用と見えて!花束の用意は無いが、

恋人たちを寿ぐ章句は聖典にもある。何がお好みかね?」

「馬鹿野郎!何言ってやがる、俺は……俺達はな」


 カジャは口ごもって、不安そうなアン=リカトルを見た。

鈍い頭では大した答えも出ない事など解っている。

肩を貸し、二人して立ち上がると強がりの様に言い放つ。


「ハッピーエンドにゃまだ早ぇ!それまでは最高の相棒だ!」

「大変結構!必要ならば最寄りの西国教会に連絡したまえ!」

「馬鹿だ、馬鹿ばっかりだ!畜生、返せよ。ボクの一世一代の覚悟を返せーーー!」


 少女の叫び声が大きく響き渡った。



/



「ああもう……本当に後から後から続々と。キリが無いったらありゃしない!!」


 愚痴りながらも次の手と、ツクヤ=ピットベッカーは大盤振る舞いを続けていた。

鞄から取り出した物は中心部に四角い穴が開いた東方の貨幣を

細い紐で汲み上げた剣型の代物──銭剣である。

本来、皇国領域では一般的な代物ではないのであるが、

大量の魔法札と同様、相性が良いからと大師匠から託された特製の逸品である。


「高いんだからね、コレ……きちんと倒れて、お願いだから」


 空いた片手に複数握り込み、ふぅと口元で息を吹きかけるや

力を注ぎ込まれた銭剣が黄色く輝き鳴動し、それを認めるや一斉に投げ放つ。

てんでバラバラに放たれたと思いきや、輝く短剣は中空でその向きを変え、

空舞う燕の様にそれぞれが独立して巨人達に襲い掛かる。


 尚、学徒の言葉の通りこれ一つでライフルマスケットが買えるお値段だ。

現時点で以て完全に大赤字。文字通り金で命を繋いでいると言えよう。

四方八方に豆でも撒くように銭の剣を大盤振る舞い。

待ってましたとばかり、空飛ぶ赤字予算が巨人どもの群れに襲い掛かる。

羽が生えた金銭ともなれば、このように威力を示す事だってあるのだ。


 閑話休題。

冒険者二人を逃してからの孤軍奮闘は、一見すると女学徒に有利に進んでいる。

学者は弱くなどないのである。居り合わせた札剣を思い切り振り抜くと、

鞭のように伸びた刀身が後ろから迫っていた怪物を容易く両断する。


 ツクヤ=ピットベッカーが取っている戦術は一言で言えば、

只管逃げ回りつつ、追いかけてくる怪物の数を減らし続けるというものである。

赤錆た巨人達は見た目通りに動きが鈍く、学徒の俊足をもってすれば振り切れる。

動きの速さの個体差からか追いかける内に位置が分かれ、

その内の突出した数体を順次各個撃破していくという塩梅だ。


 単調ではあるが、一見すると順調なようにも見える戦況。

しかし、子細に点検すれば札剣は擦り切れ、銭剣の紐も緩み始めている。

魔法の道具を詰めた鞄も底を尽きつつある。本来であれば撤退すべき所だ。

学徒には戦士としての経験が余りにも不足していた。


 絹を裂くような音が響いたかと思うと、負荷に耐え切れなくなったか

伸びきっていた札剣がびりびりと破け、細かな紙片となって吹き散った。

ツクヤは鞄に腕を突っ込みながら歯噛みする。


「──ッ、次ッ!!」


 赤錆た死骸を積み上げ、漏れ出た得体の知れぬ液体が川を作る中、

全く以てお呼びでない客人共でホール中が満員御礼だ。

戦闘を続行する踊り子はダンスの様に逃げ場を求めて走り回り続けるも、

上階に向かう通路らしきは突入時の一か所以外には未だ無し。


 ──こうなれば、一か八か連中が沸いて出る扉のどれかから逃れるか?

そんな自暴自棄めいた考えが女学徒の脳裏を過った瞬間だ。

頭上から爆発音が響く。思わずツクヤが見上げるや、信じがたい光景があった。

彼女がどんな書物でも見たことの無い奇天烈な乗り物が、

無理矢理に爆薬で破砕した穴から突入したのだ。


 そいつは緩やかな曲線を描いてホールの壁を勢いよく走り下り、

もののついでと錆の怪物を跳ね飛ばしながら猛然と横滑りに停車。

中からわらわら何時かの黒服共が姿を現し、銃口を四方に向けた。


「──野郎共!今日の騎兵隊は俺達だ!お客さん方にたんと鉛玉食らわせてやれ!」


 号令一下、雷のような銃声が二十以上も一斉に重なり、火薬の炎を上げる。

なぎ倒される巨人。思わず両肩を下げ、呆然とするツクヤ=ピットベッカー。

それから、ハンカチで優雅に鼻を覆いつつ鉤鼻の奇人がゆっくりと姿を現した。


「んもー、煙たくって困っちゃう。あら、お久しぶりですお嬢さん」

「貴方達。一体全体どうして……?」

「来れたからメカで来たもんね。しかし、ボクチンたちも問題を抱えててだね。

ゴブリンの小娘見なかったかしらん?絶賛逃亡中なのよ、コレが」

「……待って、ちょっと待って。話と状況が全く見えない。

何が、どうして、何でこうなってるの……?」

「ツクヤ=ピットベッカー女史。貴女の上司連中からお手紙を預かってるわ。

時間が惜しい、とっとと読みなさい。何でこうなったか理解できるから」


 現れたデヴィアが仏頂面をして二枚組の手紙の一枚目を突き出した。

困惑しつつ、ツクヤは手渡された手紙に視線を落とす。

が、半分と読み進めない内にその手が何かを堪えるようにわなわな震え出す。


「何これ……何これ!?こんなの、全然伝えてくれて無かったじゃない!」

「んんー、良い反応。これまで散々に引っ掻き回してくれたし、

一度貴女のそういう顔が見て見たかったのよね」

「うるさいうるさい!どういう事なのこれ!説明、説明してよ!」

「そりゃもう、読んだ通りその通り。イグザクトリィでございますとも」


 細部は省き、手渡された一枚目の手紙を要約すると以下になる。

送ると言っていた援軍は黒服共でした。てへぺろ。

偉い人達とも折衝して後腐れは無くしたからガンバレ。


 追伸、そのまま彼らと遺跡内部の合同調査もするように。

良い結果を期待している──実に、余りにも酷い内容であった。

小刻みに震えたままの手で学徒は眼鏡をかけ直した。


 無論、黒服共も一端の紳士であるからそんな彼女に対し、

見て見ぬふりを貫いて戦いを続ける優しさが存在していた。

しかし、ムッターだけは実に、大変に、本当に心の底から愉快そうである。


「ねぇ、これ一体全体どういう事なのかな。ムッターさん、説明できる?」

「勿論でございます。我ら一同、要請に従いましてご協力と相成りまして」

 

 思わず、ツクヤは手紙をぐしゃりと握り潰した。

それを見て、堪え切れずにムッター=クッターが忍び笑いを漏らす。


「ちょっと待って。待て。それじゃあ何。これまでの私、全くのから騒ぎ!?」

「そういう事。やー、一本取られましたなぁ。流石糞婆。油断も隙も無い。

大方、事前に伝えてちゃ試験にならないとか面白がってたんデショ」

「……」


 思わず絶句するツクヤの肩を叩き、鉤鼻は友好的な作り笑いを浮かべた。

危うく同行者諸共全滅する所であった危機が、全くの、ただの、単なる茶番。

余りにも余りな事実を告げられて思わず学徒は眩暈を覚えた。

あの糞婆には良くある事と言い、慣れた様子でムッターは話を続ける。


「まぁ、ウチの秘蔵っ子を守ってくれと丁重に頭下げて頼んで来たようだし、

と言うかお偉方の署名もあるし、仕事だからねしょうがないよね。

それで、チミは何しにこの遺跡に来たのかしらん?」


 その言葉が、奇妙な共闘の開始であった。



Next.


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