第27話 獲物にかかれ、黒衣の犬はそう言った



 その昔、一般に大戦と呼ばれた戦争がようやっと終結した頃の話だ。

現代より遡る事、120年程前に実際の争いが終わり、

更に数十年にも渡る後始末を経て、正式に終戦文書が発行されて後の一幕。

当時の皇都にて人魔各派閥の代表が参じ、調査分析を行った品物があった。


 戦中、死と同義に扱われた戦場の伝説が残した装具であった。

歴史の裏で暗躍し、この戦争を起こした原因の一つとされる存在の手先である。

仮に、同じような存在が現れた場合に即座に対処できるようにする為であった。


 その死体は一山の灰となり、跡形なく吹き消えたそいつが残したのは、

赤い羽根を付けた真っ黒い帽子、どす黒い外套、全て黒尽くめの喪服の如き衣類。

調査結果から解明された事には、それらは無数の返り血で黒く染められた結果、

何時しか呪いを帯び、着用者に力を与えるようになったらしい、という事実だ。


 知られているだけで、たった一人籠城し、五百人近い兵士、

冒険者達をわずか一月余りで刻み殺した魔人の遺品である。

一体どれ程多くの血を浴びればこれ程どす黒くなると言うのか。

誰もがさもありなんと思い、その内に誰かが言った。

曰く──染色の工夫で、何とかこの品物を再現できないだろうか、と。


 人間も、魔物も世界再建の為にあらゆる努力を尽くさねばならない。

それが何者であろうと利用できるならば利用しない理由は無いという訳だ。

そうして、この魔人が着ていた黒い外套と黒帽子を模して造られた装備が、

彼ら、ブラックオーメンたちの戦装束の来歴であり──閑話休題。


「まぁ、実際には本物の半分以下の性能しかないそうだけど、

魔法の品物をこれだけの数量産して配備できるのは流石の皇国よね」


 髭を弄りながら、四輪駆動の新メカに陣取ったムッターが言った。

世界初の実用内燃機関にゴム車輪まで備えた天才ご自慢の一台である。

尚、言うまでも無いが、魔法の物品は現代でも一つで家が建つほどに高価だ。


 防寒、暴風、防水は勿論の事、エルフやドワーフの技術協力により

金属糸の様に丈夫かつ滑らかでありながら、黒く染められた衣は魔法も弾く。

実際、そこらの悪の魔術師であれば出会う前に裸足で逃げ出す性能である。


 加えて。隊列を組む黒服は誰もが後装式の長銃を担いでおり、

手投げ弾を始め、その他諸々の装備についても抜かりない。

そのどれもが一般部隊には諸事情で当面配備されない最新式だ。

彼らはランタンを片手に慌ただしく作業を繰り広げていく。


「本当いつ見ても大げさよねー、だからボクチンはオカルト嫌いなのよ。

表に出せない物扱う部門が率先して使うってもー、本当ねぇ」


 実際、彼らも使用可能な遺物の類はこのように用いる事もある。

道具を用い、工夫する知的生物として当然の行動ではあった。

今回に限って言えば相手が相手。万全の準備と装備を、という訳だ。


「そうは言うがな、ムッター。使えるものは使うべきだろう」

「あらやだ、ベルトラン=ドゥ=ヴィナン。聞こえてた?」

「うむ。まぁ、急ぎの仕事でもあるからな。コレの使用許可も下りた」


 肯定するベルトランは蒸気式全身甲冑を纏っているのは変わらない。

しかし、槍試合のランスめいて長大な何かに布を巻き付けた代物を担いでいた。


「西国騎士団の本気が見れるとは痺れるワァ」

「現状、我々の最大火力はお嬢とコレだからな。

手数は多い方が良かろう。見られた所で我が西国以外には製造不可だ。

何せ、必要な金属素材が我が国にしか存在しない代物だ」

「あの発想にはこの天才もビックリだわね。理由は解るけど、そこまでするのが」

「我ら信徒一同鼻が高い。日進月歩で努力を続ける教会工廠のお陰であるな」

「何時聞いても思うけど、本当に貴国って奇妙奇天烈な政体よね」

「む、教理問答か?暇つぶしならば付き合うぞ」


 過日の西国で当然視されていた異種根絶の国是は撤廃され、

制限付きながら多種族の権利が西国でも認められるようになったとは言っても、

宗教上の問題や国内保守層、旧守派との折り合いが完了した訳ではない。

現代西国においては経典の文言を如何に穏健化するかという目的の下、

日々熱いディスカッションが学僧の間で繰り広げられており──それはともかく。


「──む!?」


 ベルトランが突如、唸り声を上げて頭上を見上げた。

それとほぼ同時に、何の前触れも無く真っ暗闇であった遺跡に明かりが灯る。


「面妖な。ムッター、どう見る?」


 尋ねかけた鉤鼻の男──常と違い、彼も魔法使いらしくは見える装い──は、

驚きに目を見開き、ぶつぶつと独り言を転がし、得心したとばかりに手を打つ。


「いやぁ、驚きの超古代技術。この遺跡、まだ生きてるみたいだわね。

ン千年は経ってる筈なんだけども……埋まってたせいかしらねぇ」

「そうか。解った」

「あら、あっさりとした反応。まぁ──」


 肩を竦め、ムッターがのたまうのとほぼ同時に、警報音が鳴り響いた。

埃や積もったチリをまき散らしながら、あちこちで金属の落とし戸が持ち上がる。

何が出て来るかは天才とて知らないが、碌な手合いではない事だけは予想できる。


「こうなる訳だ。現時点を以て交戦を開始。武器使用自由」


 指示と同時に方陣を組んでいた黒服たちが銃の撃鉄を引き起こし、

レバーを引いて後、一斉に轟音が轟いた。数十もの火線が一斉に集中し、

ボロボロの板を打ち抜いたような音が四方から聞こえる。

黒色火薬の煙が晴れ、薬莢が落ちる。すると、開いた落とし戸の向こうに何やら

赤錆た人型の影の群れが見えた。


 大きさは人間の背丈を二回り大きくした程度であろうか。

朽ちかけた金属で組み上げられており、時折パチパチ火花を立てている。

元は遺跡の守護者であったのかもしれないが、時の流れに逆らえなかったようだ。

そいつらは地面に倒れ伏す錆びた巨人を踏みつけにしながら尚も止まらない。


 そして次々と見せた姿、その数たるや。

黒服の斉射、手投げ弾を受けては残骸を地面にばら撒くが、怯む気配も無い。

後から続々と同じ異形が穴倉より這い出してきて止まる様子も無い。

性懲りもない無知性の集団を鋼の騎士は戦列の後ろで眺めつつ、面頬を上げた。


「まるで不死者の群れだな。が、動きは鈍い。これが古の巨人か?」

「さて。ボクチン専門ではないし。しかし、オネンネしてた所を叩き起こされて

随分とまぁ、お怒りのご様子なのは下等なゾンビと同じよね。

ささ、皆。お客様方に鉛玉でお詫びのお手紙どんどん出しちゃってねー

おかわりはこのムッターメカにナンボでーも積んであーる」

「流石の皇国の新型は立派なものだ。祖国でも量産配備してみたくある」

「ちょっと止めてよォ、一応コレらも軍事機密だもんね。

こっそりネコババじゃなくて、お上を通して貰わないとボクチン困っちゃう」

「では堂々と略奪すれば──ウム、冗談だぞ?」

「チミら西国騎士の冗談は冗談に聞こえないのよ。さて、一掃出来たみたいよね」


 積みあがる残骸の山を見てムッターは言う。

随分とあっさりとしたものだが、魔力も無い朽ちた機械細工などこの程度だ。

工業と技術の発達は訓練した凡人の群れにかくも大きな力を与えている。

最も、所詮は朽ち果てたガラクタを打ち払った程度。油断する者もいない。


「ムッター、状況は?」

「第一波は殲滅完了も、残存敵勢力については詳細不明。

後、アリャおそらく古の巨人じゃないねぇ。あんまりにも弱すぎる。

ほら、他の遺跡でも自動のしゅごキャラがいたりするじゃない?多分あの類ね」

「結構。では、この場所の確保を維持しつつ探査と残敵の排除を進めましょう」


 背後から現れた青肌の女も、鎧めいた戦装束をしている。

これで三人組は常の姿は何処へやら、真面目腐った完全武装で揃い踏みだ。

そのまま鉤鼻に騎士を従え、自らも探査に加わるつもりらしい。


「前線に自らお出ましとはやる気満々。要救助者のせいかしらん?」


 だからあれ程言ったのに、と言外に含みつつムッターがぼやく。

原因は概ね、小鬼風情には本来は不要であろう親切心と仏心であった。

あの箱の正体が未だ解らず、しかして重要性だけは確かである以上、

ゴブリンだからと見捨てるという選択を取る事も出来ない。


 現状は昔話の諫めの通り、強大さ故の慢心か、また別の要因によるのか。

とは言え、今は判断の誤りをあれこれと詮索するような暇はない。

第一、優先順位と資源の制限がある。


「あくまでも、生死はオマケよ。残念だけど、助けられたら助ける、よ。

本来の目的を見失う訳にもいかないでしょ。巨人が話通りの相手なら、尚の事」

「宜しいので、お嬢様?救助許可も出ておりますが」

「仕事より優先させたら公私混同になるもの。あくまでも、居ればの話」


 言いながらも、その表情は何処か固い。

善意による行動が何時も良い結果を生むとも限らない。

今は、苦々しくとも事実こそが重要な局面であった。


「……本当、起こって欲しくないと思ってる事に限って起きる」

「それを補佐するのがボクチンとベルトラン君の仕事でありまして。

つきましては予算の上積みと諫めを聞く耳を要求したく存じますなぁ」

「そうね。二番目はその通り。都合の良い願望に引き摺られ過ぎた」

「はっは、良いじゃない。一番なのはこの天才だけで十分だもんね!」


 ムッター=クッターの物腰だけは相変わらず常の如しであった。

失点続きとはいえ、やるべき事そのものは変わりがないのだ。

どう繕ったものかと絵図を描きつつ、デヴィアは覚悟を新たにした。



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