第22話 相談、決断、状況判断



「さて、一騒動終わった訳だけれども。お時間ありますかな、お二人とも?」

「何かしらん?後片付けで忙しいんだけど」

「方々に頼んでた例の資料やらがようやく届いてねぇ。

やーっとボクチン達、悪の秘密結社らしい事が出来るわさ」


 何だか最近、単なる愉快存在になってた気がしてねぇ、などとと言いつつ

ムッターは件の資料を机一杯に乗せた。デヴィアは鉤鼻に言う。


「御託はいいわ。分析済みでしょ。古巨人についての見解を聞かせて頂戴な」

「思い込みで情報縛ると失敗するかもヨ。まぁ、天才ですから抜かりなし。

やる、やらない、もっと考える。決断だけ丸投げだわさ。シビビーンと勤め人」


 古巨人とは、かつて旧き悪魔たちと呼ばれる種族──北の魔王のような──

と地上の覇を争い、現代では完全に姿を消した種族とされる。

一般的には魔生辞典のこの記述が通念となっているが、

子細に点検するとこの話、出所からしておかしいのだと言う。


 かつて旧き悪魔の項にしか言及のなかったこの種族名。

ある版から突如としてページが追加されたという経緯がある。

文責についても直接の記載が無く、戦後に入ってからの加筆分だ。

巨人の好敵手の生き残りである所の現魔生研所長が就任した時期にも重なり、

状況証拠を辿るに意図あっての改変ではないか、というのが一つ。


 また、これら二つの種族の内、旧き悪魔の遺物、遺跡、

特に旧き悪魔たちの旧都遺構についてはかの魔王が強硬な所有権を主張している。

その為、調査や研究が政治的理由から事実上不可能となっており、

巨人達の宿敵からその輪郭を探る事も出来ずにいる。


 現状は発見される断片の解読という地道な作業の積み重ねだ。

今回の調査により、これまでの見解が覆される事かもしれない。

が、この手の遺跡は罠だの何だの危険まみれであるのが相場である。

冒険だ、等とはしゃぐでなくムッターはお手上げと腕を持ち上げる。


「トモアレ、どうにも断片的な情報しかないのが現状。

ぜーんぶ突き合わせても、虫食いだらけのページよ」

「あら、過去の遺物ってある程度解読が進んでるとばかり」

「そうなんだけどねぇ、古巨人は例外。彼らの使う文字そのものは

えらく楽だったのよ。遺物数の割にサンプルと用例も多いし、構造自体も単純。

けれども、現在のボクチンたちでは理解できない単語やらが多すぎる」

「文化や伝承からの推測は出来ないの?」

「それが出来るなら魔生研がやってるだわね」


 伝説によれば、天地を焼き尽くす程の大戦争で滅んだ種族だ。

真偽は兎も角、殆ど文明としての痕跡が残ってないのは事実である。

また、当時の生き残りの一人ともされる魔王とて沈黙を貫いている。

紙片に大樹めいた図を描き、発見された事物を割り振りつつムッターが言う。


「超々高度に体系化、分業化されてた事だけは解ってるけど、全容解明は無理。

だって、組み合わせや繋がりが見えないだもんね。

答え合わせは実地の詳細調査と今後の研究待ちよねー」

「殆ど何も言ってないに等しいじゃないのさ」

「幾ら天才でも答えが出ない問題ぐらい、ある……まぁ、見覚えはあるけど。

ここからはボクチンの個人的な見解として聞いて貰いたいんだけども」

「妄想ではなくて?」

「ほぼ妄想とか空想小説の類だわね。まぁ、仮説仮説。

古巨人の文書見てておかしいなー、と思う事が多々あってねぇ。

どうも巨人と言う種族として見たら不自然な点が多すぎなのヨ。例えば──」


 古巨人の遺物について、人間とその近似種との共通性が多すぎる。

或いは、未だに巨人が用いるような大きさの遺物が断片すら見つからない。

文字の描かれた未知の合金の欠片だの陶器らしき奇妙な物体ばかりであり、

それらに細かく精密な文字が断片的、幾何学的、執拗に配されていると言う。


 一般的に巨人種は貴龍と同じく、高度な道具を自ら作る事は少ない。

生活様式や消費資源の問題もある。また龍のように魔法的存在である場合もある。

そして何より、作るにしても体格からして出来上がりがまるで別だ。

まして特別な理由でも無ければ微細精密な文字など使わない。


 ある土地の巨人達への予備調査を行った事もある。

だが、口を揃えて古巨人の事など誰も解らない。知らないの一点張りだ。

書き写した古文字を見せても古老すら解さないのでは、

文化的歴史的に完全に断絶したと解する他無かった──と、

一区切りついた所で話を咀嚼していたデヴィアが向き直る。


「詳しいわね」

「まぁ、かように本来巨人サイズ生物の文化文明と、

人間とかのそれは非常に異なるのね。けども多数の類似、共通点が認められる。

実際の所、不俱戴天の敵同士とは言いながら相当程度交流があったのかもよ」

「陛下は決してお話にならないでしょうね」

「あの連中が色々流してるのもこうだと信じて欲しい情報だし。

まぁ、生物として見たら妙ちくりん極まる存在なのよ、古の巨人って。

あの魔王サマの同類なら考察自体が無意味かもだけど。嗚呼理不尽」


 確かに姿さえ自在に変えるような存在であれば、

現代の貴龍たちのように状況に人や巨人の姿を使い分ける事もあろう。


「良くもまぁ、こんな切れ端からそこまで想像広げた事!」

「そりゃボクチン超天才ですから。想像力豊かでないと科学者できないわさ」

「で、カガク者の言を一体全体どうしたものか──ベルトラン、質問は?」


 腕を組みながら頷き、サッパリ事情が解らないという

顔で、ともあれ話を聞いていたブ男が問われて向き直った。


「私か?すまんがサッパリだ。経典以外の書物に興味が沸かない」

「そっちは期待してないわよん。そうね、荒事担当としては?」

「仮に敵対するとした場合、どのような事が想定できるだろうか。

一応は、大物狩りのつもりで準備をしてきてはいるが」

「陛下のご同胞であれば数人がかりで封殺してたそうだけれど」

「古き悪魔達でもか。難敵だな……火力は?」

「必要量は準備してきたつもりよん」


 火薬も魔法に用いる触媒その他も潤沢だ。

横領と職権乱用と権力者の抱き込みが上手いだけではない。

鉤鼻のカガク者は実際忌々しい程に有能ではあるのだ。

ベルトランは自らの見解を述べる。


「まずは足だな。真実が何かに興味は無い。が、概ね巨人であるならば足だ」

「のろまに見えて巨人ってすばしっこいって言うけど?」

「ここまで希少な種族だ。多数ではあるまい。まぁ、これは賭けだが。

一対多の状況に持ち込めば、動きを止めれば封殺できようさ。それに閉所だ。

十分な準備で迎え撃てば殺せない生き物は存在しないのが理というもの」


 人型であれ何であれ、足を止め、動きを止めてから最大火力で滅ぼす。

これが通じないなら尻尾を撒いて逃げ出す他無い。その際、殿はこの自分だ。

ベルトランは胸を叩いてみせた。兜を被れば実に立派な姿である。


「心配はご無用!西国騎士は簡単には死なぬ」

「結構。頼りにしてるわよん」

「ボクチンとしても賛成である。天才ムッターちゃんロボも付けちゃおう」

「……また大型の爆弾か何かか?」

「自爆特攻は趣味じゃないわさ。まぁ、人型メカは技術的に無理でも、

夢とロマンと科学の力を信じよ!疑問が生じたら一つ前に戻れ!

伝説巨人がナンボのもんじゃい!それにしてもオカルトは滅ぼすべきである」

「ねぇ、前々から気になってたけど、何でそんなに魔法嫌いなのかしらん?」


 頬杖を突くデヴィアの前でムッターは答えた。


「そりゃ誰でも使えないからヨ。アレは進歩と発展、科学の敵だわさ。

理不尽と不条理はこの世の常とは言え、人がそれに屈すべき理由など無い。

科学とは夢、人類の希望、遥か空へと至る梯子(ラダー)!つまり、浪漫で信仰」

「良く解んない思考だわねぇ。皆違っても大した問題は無いんじゃないの?」

「北方魔国じゃそうかもね。しかし、天才ムッターは千里先まで見通すのさ」

「自称千里眼って言ってて痛々しくないの」

「超天才ですから問題ありませぇん!非課税のお金と頭脳と科学は無敵!!素敵!!

強靭な上に最強なんだなぁ。全国の納税者の皆さーん、今日も有難う!」

「人の金でやる茶番はお好き?そのセリフもロハじゃないわよん」

「うん、ボクチン大好き!他人の、という所とかもう最高!!」


 勢いよく親指を立ててムッターは爽やかに断言する。

相変わらずの確信犯であった。毛ほどの罪悪感も無い笑顔だ。

子守の方がまだしも楽ではなかろうかとの疑念が過る──と、

何やら黒服の一人が大慌てで駆けこんで来た。一斉に視線が集まる。


「大変です!!小鬼がまたやらかしました!!」

「噂をすればか。詳しく」

「いえ、大した事では、面倒ではありますが」

「はぁ……全く。忙しいったら無いわね。

じゃあ、後で報告だけ頂戴な。余り酷いようなら考えるわ」


 ともあれ、準備は完了しつつある。

後は実地に急ぐだけ。不安要素は多々あるが、手持ちの札で勝負。

デヴィアはそう決断を下した。



Next.



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