第18話 小鬼の冒険



 炭鉱の街は最早遠い。さりとて、大所帯のキャラバン隊だ。

必要な物資には事欠かず、勢い流れ者が紛れ込みうるのが通例であった。

ただし、ブラックオーメンの面々はただの行商ではない。

食い違った二つの前提の結果が青い肌の女性の前に居た。


「……」

「ほら、黙ってちゃ何も分かんないでしょう?」


 デヴィア=ジャックポットの前には縛り上げられた闖入者の姿がある。

擦り切れたシャツとズボン、緑がかった肌の小鬼──マダナイ=ナナシである。

垂れ込める沈黙。辺りでは黒服共や人足達が慌ただしく働いている。

手を取られるのも面白く無い──と、意を決したように小鬼が顔を上げた。


「私を連れて行って」

「……ハァ?」

「私も連れて行って!『きょじん』に行くって聞いた!!」


 一体誰から、と呟くなりナナシは聞いてもいないのに経緯を喋り始める。

成程、流石に魔生研との認識を新たにするも、思わずデヴィアは腕組みする。

小鬼は期待に満ちた、と言うよりはすがるような目であった。

垂れ込めた沈黙に耐えかねたように、或いは自らを正当化したいのか。

マダナイ=ナナシは理由らしきものを次々と列挙し始める。


 曰く、既に自分は街には戻れない。

勢いで職場も飛び出してしまって今更帰る場所が無い。

是非連れて行ってくれなければ飢え死にしてしまう、云々。

自らの命を盾にした脅迫であり、本来なら思案にも値しないのだが──

と、脇腹を軽く突き、鉤鼻のムッターがデヴィアに耳打ちする。


「解ってると思うけども」

「ああ、うん。そうよねぇ……多分」


 恐らく、口から出まかせであろう。所詮小鬼は小鬼である。

知恵も無ければ我慢も足りない。冷静な心はそのように判断している。

で、あれば見なかった事にして金子でも握らせて帰してやればよい。

小鬼は小鬼であるからすぐに忘れてしまうだろう。


 ──然し、しかしながら。デヴィア=ジャックポットは考える。

仮に、自らの主である所の魔王様。かの杯の魔王であれば、どうするか。

また、事なかれと懇願を見捨てた己をどのように評価するか。

これもまた論ずるまでも無い。彼の御方ならば、見捨てまい。


「……もしもし。腹、決めちゃった?ヒョッとして」

「ええ、そうねぇ。そうよねぇ。我々にも意地とか、矜持というモノが」

「あー、ダメダメ。そういうの自らを滅ぼす毒だわヨ?

おとぎ話の龍や魔王は驕り昂りで余計な事して討たれるデショ」

「誇りもないなら力なんて無用の長物だわぁ。

高き者は自らに求める所もまた多い。魔王様の教えよね」

「ソレ独自解釈では?客観的には行き当たりばったりデショ」

「兎も角!」


 ムッターの追及を強引に打ち切る。

青肌はしゃがむと背の低い小鬼の目線に顔を合わせた。

期待に輝いている目が見える。手下は素直な方が良いのである。


「本当にいいのかしらん?一度決めたらもう戻れないわよぉ」

「うん。大丈夫」

「本当の本当に本当かしら?色々と大変よ。例えば──」


 デヴィアはあれこれと細かい話を始める。

君の仕事内容は単なる雑用係。予算上、給料も余り良くは無い。

勿論、職責上の義務には従って貰うし、場合によっては怪我死亡の危険もある。

加え、皇国の一般法規は当然順守を求めるし、有形無形の責任もある。

気楽に見えて窮屈なのが公設秘密組織なのよん、と噛んで含めて伝えようとする。


「……?」


 が、ダメっ。所詮ゴブリンはゴブリンであった。

まるで理解したように見えないナナシは勢い、契約書にサインしようとする。

かの大協約にも抵触しない適切な代物だが、読みもしないのは頂けない。

慌てて引っ手繰るデヴィアを小鬼が睨む。


「ちょっとぉ、めくら判はだめよん?

うーん、どうしたものかしら……あ、そうだ。コレを付け加えてっと」


 ささっと『以上は雇用者の判断により取り消す事ができる』と書き加える。

本来ならば悪辣な条項ではあるが、こう危なっかしい以上しょうがない。

あれこれと再び説明する青肌を傍らに、ムッターが思わず顔を覆った。

入室するや担いだ荷を下ろし、一息ついて腰かけるベルトランを見る。

敢えて聞こえるように大きな声で話し始めた。


「西国騎士の。ボクちん、対異種の最右翼としての意見をお伺いしたく」

「ほう、中々興味深い話題だな。そこ小鬼の事だろう?

そもそも能力的についてこれるかという問題があるな。

また、この通りゴブリンと言えば性情惰弱で頭も良くなく解り合えん。

よって西国騎士団であれば拒否は当然、こうなった事自体を恥じるべきだ」


 云々。西国は歴史的に人類のみを公的な国民と認めている。

そして西国騎士団は国内における不逞の輩の始末も仕事の一つだ。

嘗てのように積極的な異種狩りや浄化作戦を実施する事こそ無くなったが、

見て見ぬふりと教義の柔軟な解釈による対応で苦慮を強いられている。

つまりは、居るのはしょうがないが居ない方が良い、という立場であった。


「なるほどなるほど。つまり人類代表面としては反対であると」

「面と言うのは余計だが、概ねそうだ。お前は?」

「そりゃボクちんも反対ヨ。不確定要素はちょっとねぇ、天才的には少し」

「……ちょっとそこの男児二名!!煩いわよん!

今から魔王陛下の素晴らしさを論じて上げるからそこらに直りなさい」


 振り向いて指さす。そして、書類片手にデヴィアが演説を始めた。

実に唐突である。面食らう二人組。置いてけぼりの小鬼。

しかし、忠誠心が口から迸り始めた青肌は止まらない。

熱がある、情もある、しかし知性が不足している内容であった。

詳しくは当人の名誉の為、伏す。ベルトランだけが拍手を送った。


「それじゃ、準備しなさいな。軽くだけど実地研修よん。

ビィ=ビックマン、居るかしら?この子の事頼んだわよ」


 ナナシを見送るデヴィアの横で、思い出したようにムッターが手を打った。


「それはそうと、あのジャリボーイ連中も居るみたいだわね。

あのゴブリンの子が知ってたのもそのせいデショ」

「へ?何でなのさ。散々脅かしたじゃないの。たかが冒険者風情が」

「天才たるボクちんにだって解らない事ぐらい……ある。

そんな事より糞婆連中の動きが気になるんだもんね」

「で、実際どうなの?」


 尋ねかけるデヴィアに応え、ムッターは肩をすくめた。


「やー、チミの本国のお偉方にも苦情が来たみたいヨ?」

「ふんふん。でも、流石に考え直す……訳もないか」

「大当たり!苦渋タップリ、苦虫すりおろしな文面のお手紙が回って来てるわさ」

「お労しや……この借り、安くはないわねぇ」

「おー、怖い怖い。飛び火する前にとっとと退散するとシマショ。

ボクちゃん、新メカの準備で忙しいんだもんね」


 ふざけ半分の物言いでムッターはこそこそと立ち去る。

しかしながら、その表情はどうにも優れない様子であった。


「ま、決まっちゃったものはしょうがない。

勤め人としてはフォローの算段立てておきましょ、西国の」

「応。是非もあるまい。鎧櫃も取り寄せた事だ。

これでまともな戦も出来ようというもの」

「出来るなら戦わずして目標達成がベストなんだけどネー

ま、いざという時の保険。そん時ゃ騎士の戦いを期待してますヨ」


 並んで歩くブ男に鉤鼻は真面目腐ってそう言った。


Next.

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