第17話 手紙と師匠と大魔導



 丸眼鏡キラリ。しかし、その向こうの表情は渋い。

最優先で処理すべき問題が、実に直視し辛い代物である時のような。

或いは、既に起こった惨事に対処せざるを得ない場合の如きである。

慎重に両手で保持する。何せ差出人が差出人であった。


「──来たかぁ。ううむ、開けるのが怖い」


 ツクヤ=ピットベッカーが宿の主から手渡されたのは、

異なる印章で封蝋の押された二通の封筒だ。

サインにはエル=エデンス、リカナディア=アーキィとある。

言わずもがな、彼女の大師匠と上司である。

矯(た)めつ眇(すが)めつ、現実逃避するように裏表と眺めるが、

何度見直してみてもいっそ不条理なまでに何も変わらず端正だ。


 覚悟を決めて小刀を取り出し、一息に封を切り開いて、

出て来た手紙を前に息を飲んで眼鏡を直す。

目の前に居る訳では無い、無いのだが相手が相手。

万全を期し、居住まいを正さねば何か不都合が生じるかもしれない。


 何せ相手は未だ現役バリバリの大魔法使いと強大な異種だ。

紙とペンさえあればちょちょいのちょいで惨事を引き起こすだろう。

ほんの茶目っ気で部屋ごと吹き飛ばされては目も当てられない。

知った仲とはいえ、只人としては何事にも気配りは欠かせない──さておき。


 紙片を丁寧に広げる。何か種や仕掛けがある訳で無し。

爆発もしなければ発火もしない。取り合えずは安全を確認、ヨシ。

居住まいを正して向き直る。呪いなども無いようだ。いざ、解読。

──内容としては何という事も無い業務連絡と調査報告であった。


 件の黒服、やはり皇国の特務が関わっているのだという。

然し、それだけに留まらず北方魔国と西国を加えた何とも豪華な面子らしい。

思わず息を飲む。薄々予想していた事態に裏付けが与えられた格好だ。


 彼らの名前は誰が付けたかブラック・オーメン。

皇国、及びに北方魔国、並びに西国からの武装宣教師が内訳。

大帝国たる皇国は兎も角、魔族国家筆頭である所の北方と、

過去に人類単一主義を掲げ、異種を排斥していた宗教国家の西国が手を結ぶ。

かの王国連合の瓦解の時代からしてみれば俄かには信じがたく、

ちょっとした怪事であると言って良い。


 名前だけならただのつまらん冗談だ。

が、その実力たるや、学園都市や魔生研の本体としても侮れない。

具体的には、最新鋭の銃器や武装、凄腕の魔法使いと上位魔族を擁しており、

ちょっとした貴族の軍勢程の実力もあるのだという。


 更には冒険者団体の元締めたる古龍シャルヴィルト=ストロングウィルが、

『何故か』激怒して彼らに協力しており、我々としては対処に忙殺されている。

正当なる抗議文書を先方に送付したのだが、不幸な行き違いがあったらしい。

全く。お互い古い仲とは言え、気真面目派共には困ったものだ。

開口一番、おおっクレイジーと言われるなど全く心外の極み。

例により閑話休題。物資と資金は出せるが、人員は現地で確保されたし──


 平素なら一笑に付すべき最悪の事態が現実になったらこうなるぞ。

そんな内容であった。尚、瞼に浮かぶ差出人両名は大笑いしている。

今頃はほぼ間違いなく面白がって火元に油を注いでいる事だろう。

また、調略と称して手紙を方々に送り付けているに違いあるまい。

愉快犯の所業に近いが、一端の魔生学者ならば対処してみせろという事か。


 思えば単なる実地試験の筈が随分と大事になってしまったナァ、と

何処か他人事のように思いつつ読み進めていくと流石というべきか。

既に方々へ手回しを始めているらしい文面が綴られている。


 曰く、現状としては件の特務は潜在的な敵性勢力に過ぎない。

今のところは積極的に君を殺しに来る理由は無いと理解しているし、

我々としては関係各所に抗議文書と調査続行の声明を既に伝達している。

当然成り行きによる妨害は予想されるが、特に問題は無いに違いない。

君は優秀であると確信しているから、成果も出せると送付しておいた。

そういう訳で仕事を続け給え。良い結果を確信している。


 ──追伸。思い切ってやり給え。何せ君の初舞台になるかもしれないし。

私とエデンス女史としては、久々のじゃれ合いに張り切っている。

テーブルの下で足を蹴り合う淑女の嗜みを若い世代と楽しんでおります。


 ──追伸その二。お土産は甘いものとお酒を希望。

尚、この文書は読了後に手を離すと消滅しますので火傷などせぬよう。

リカナディア=アーキィ、エル=エデンスより我らの親愛なる生徒へ。


 思わず真顔になったツクヤの動きが止まる。

慎重に手を離すと熱も無く燃え上がって手紙が消滅した。

厄介ごとと見るやイキイキとし始める人々の気が知れない。

深淵なる理由があったとしても理解すらしたくない──が、現実である。


 盛大に溜息を吐く。目を瞑って少し唸り声を上げる。

あー、だの、うー、だの要領を得ない呻きを発し、諦めて丸眼鏡を直す。

現状確認。逃げ場無し。頑張る他なし。実に困った物であった。

仕方あるまいと気を取り直して、女学士は手帳を広げる。


 日程そのものには余裕がある。補給経路もヨシ。

ここまでの道行きを見るに、今の所厄介な魔物も出ていない。

件の遺跡最寄りにベースキャンプ候補地を見繕えば八分終わりという次第。

まぁ、旅路にはトラブルが付き物。まして剣と無法の地である。

どんな馬鹿騒ぎが待ち受けているかも解らない。予断は禁物であった。


 特に心配なのは雇い入れた冒険者二名とあの箱の関係だ。

機会と見るや突撃一番を敢行する図しか思い浮かばない。

悪い子達ではない、とこれまでの旅路で一応の判断は下している。

だが、もう少し落ち着きというモノを──そこでノックの音を聞いた。


「どなた?入っても良いよ」

「こ、こんにちは」

「あら、確か昨日の」


 戸口に居たのはマダナイ=ナナシであった。



/



 聞けば、話し相手が欲しかったのだと言う。

ナナシを伴って歩きながら取り留めもない話をツクヤは続けていた

通りに出れば、今日も今日とて炭鉱の街は騒がしい。

さりとて自室に籠って密談では気が滅入る。

微妙な表情を浮かべつつ、女学徒は尋ねかけた。


「それで、結局何の用事かな?」

「あ、その。えっとえっと」

「落ち着いて。逃げたり怒ったりしないから。

それとも何か食べるものでも買う?」

「だ、大丈夫です」

「遠慮は良くないよ。おじさん、その茹でだんご二つ下さいな」


 おお、お嬢さんお目が高いね、と立ち売りのおやじが応える。

熱々の湯から包んだ布袋を引き上げると、中には白っぽい塊がある。

同じような煮売りや屋台が彼方此方に。安価に手に入る燃料の恩恵であろう。


 安手の皿に乗せて、熱々のままフォークで崩すと、

中からタップリとした肉とソースの具材があふれ出る。

刻んだ細切りをタップリと、肉汁のソースと絡めた中身だ。


「!!熱ぅ!!」

「茹で立てだぁな。慌てると火傷するからゆっくりやんなよ」

「や、それでも中々なモノですわ。何かお肉屋さんの伝手でも?」

「細切れの煮込みなら良い部分を取った残りで十分で、レディ」


 椅子に腰けた屋台のおやじはふてぶてしい顔で笑う。

さて。若干火傷しつつも空になった皿を返すと、ツクヤが向き直る。

ナナシはまだ食事に手を付けようともしていなかった。

慌てず騒がず、辛抱強く相手を待つ事も時に重要だ。


 ──残念な事実ではあるが。そして、単なる事実でもあるが。

蒸気吹き上がる新しい世においても諸々の悲劇や問題は存在する。

明るい光は一方で隠されていた醜いモノをも暴き立てたという訳だ。

例えば、目の前の小鬼の娘のように。


 ゴブリンと、恐らくは人との混血児。およそ碌な出自ではあるまい。

スラムか、それとも穴居生活を続ける連中の末か。問いただす気も起きぬ。

就ける仕事に至っては、口にするのも憚られるの代物が相場だ。

相応の不幸がこの娘にもあったろう。この行いとて半ば自己満足だ。

少し入れ込み過ぎだろうか。いいや、これも善行の内と自らを納得させた。


 食べ終えて、少し気持ちも落ち着いたか。

向き直りもせずに小鬼はぽつぽつと独り言のように喋り出した。


「あの二人が羨ましい。アタシ、あんな風には出来ない」

「へ?あ、ああ。うん、あの二人の事だよね。うん、まぁね」

「何をやっても下手だし、臆病だし。お姉さんもそう思うよね?」

「うーん、どうかなぁ。やってみないと解らない事だってあるし」

「そっか、そうだよ。アタシ、色々やってみたいなぁ」


 どうにも臆病と言うか、卑屈と言うべきか。

言を左右させながら顔色をうかがってくるナナシにツクヤは困惑しつつ、

当たり障りの無い返答を返す。と、何やら決意したように小鬼が顔を上げた。


「連れて行ってよ、いいでしょ?」

「……は?」


 思いもよらない発言であった。笑顔のまま学士は絶句する。

思い切りが良いと言うよりも考えなしの所業であろう。

頭脳の回転数を一段階上げ、何とか言葉を探し出そうとする。


「ええと、それはどういった意味合い、なのかな?」

「あんな風になるのは近くで勉強するのが一番だと思う。

その為には一緒に行くべき。そしたらああなれる」

「ああ、うん。そういう」

「強さが羨ましい。自由が羨ましい。アタシ、ああなりたいの」

「そっかぁ」


 つまり、自分も旅に同行させろという事らしい。

懇願を繰り返し、何とか首を縦に振らせようと躍起になっているようだ。

勿論、ツクヤとしては無理な話。第一、ナナシはこの炭鉱の従業員だ。

にも拘らず、小鬼はすっかりその気になってしまっているらしかった。


 ──どう説得して諦めさせたものか。

腕を組んで悩みそうになるが、不安にさせても気の毒だ。

何とか傷つけないようにしたい。が、気を持たせては却ってこじれるか。


「!!」


 すぅ、と息をついて断りを切り出そうとしたその時だ。

投げつけるように高額貨幣を店主に渡すや、

ツクヤは突然、ナナシを小脇に抱えて背を向けて走り出す。


「おじさんお代!!お釣りは要らないから!」

「え、な、何。連れて行って貰えるの?」

「違うよッ」


 滑り込むように物影に飛び込むと、小鬼の頭を押さえ、

ツクヤは通りの様子を探る。その先には何時かの黒服共の姿があった。


 ──追いつかれたか?いや、向こうも此方の足取りまでは知らない、筈。

整理しよう。目的地が一緒である以上、鉢合わせだってあり得る話。

既にこちらを追いかけ回す理由も無い、無い筈。問題は無いか?


「いや、ダメか……あの子ら暴発しかねない。

巨人探しが目的であって、そこを取り違えるな、私」

「ねぇ、ねぇ。隠れん坊か何か?」

「ああ、いや。そういう訳じゃなくて。目的地が一緒の邪魔者がね」

「そうなんだ」

「ゴメン、だからお姉さん帰らなきゃいけなくなっちゃった」

「あ、うん。大丈夫。何とかなる、と思うので」


 ナナシを残してツクヤは宿に走った。

何事かと慌てる冒険者共を捨て置いて旅行鞄に荷物を詰める。

ものの十分と掛からず猛然と荷造りを終えたツクヤ、向き直って曰く。


「ごめん、申し訳ないんだけど今すぐ出発するから。命令ね」

「釈然としねぇ。理由ぐらい聞かせろよ」

「黒服に追いつかれたみたい。あいつらブラックオーメンって言うんだってさ」

「黒お面?いや、箱取り戻すチャンスじゃねぇか。なぁ?」


 水を向けられたアンリが頷く。が、首を傾げる。

追いつかれたという事は感づかれるのも時間の問題である。


「よく考えなくてもヤバイ状況?」

「どう見てもそうだね。後、今回暴走したら契約打ち切りって事で」

「横暴な!!何とかなるよ、多分大丈夫だよ!!」

「言っておくけど、私だって彼らと本気でやりあったら多分負けるよ?」

「腕力、知恵に美貌と言う神様がエコひいきしてるよな才媛なのに?」

「前々から思ってたけど、アンリちゃんとは一度しっかりお話する必要がある。

今確信した。兎も角!相手を見誤らないのはケンカの基本でしょ?」

「まぁねぇ。ボクも二度とあんな目に合うのはゴメン。仕方ないなぁ」


 何やら火花を散らしそうな勢いで話す学士と冒険者。

それを尻目にそそくさと荷物を纏めていたカジャが向き直る。


「解った。解―ったよ。これも仕事。しょうがねぇさ」

「ありゃ意外に素直。残ると言い出すかと」

「そこまで馬鹿じゃねぇよ。それにな、俺の居場所はここじゃねぇ。

俺らは冒険者だ。信用商売途中で投げちゃ飯の食い上げだっつの」


 ドアに手を掛け、カジャ=デュローは振り返りつつ続ける。


「それにな。旅に又旅、流れ流れてこその冒険者サンだ。

準備は出来てる。行くならとっととずらかろうぜ」



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