第15話 地精どもはかく語りき



「人間か?いや、人間だ。おーい、お前ら。人間が居るぞ」


 ぞろぞろとやって来たそいつらは何やら大荷物をしょっていた。

見るからに鉱山からまろび出て来た何かであるが、

炭鉱出身の冒険者たちにもその姿にとんと見覚えがない。

答え合わせを求めて顔が学士の方を向く。


「ドワーフの人、かな?多分だけど」


 小首を傾げて考え込む。その答えはいささか頼りない。

小人達は冒険者たちと概ね同じような防護服に身を包んでおり、

髭もじゃの酒樽だという通俗概念とはずいぶんと異なる趣だ。

辞典の記述も一般的な認識をなぞっており、目の前の連中と一致しないらしい。


 ──政治的配慮などから一部、記述が事実と異なる場合がある。

勿論、良い事では無いが、私達にも今の所必要な秘密だからね。

所長から聞かされた与太話を思い出しつつ、ツクヤはメモと鉛筆を取り出した。

その言が真実ならば、実態を把握するチャンスは逃せない。


「……何じゃい?いきなりジロジロ見てからに」

「少しインタビューをと」

「ハァ?」

「失礼、私、魔物生態学を齧ってまして」

「あの変人共の同類かい。お断りじゃ。とっとと帰れ」


 取り付く島もない。慌てて帳面を仕舞い込む。

そもそも素性の知れない相手に迂闊であった。

未知の事態に少々動転していたのかもしれない。

ともあれ、異種の相手となれば学士の出番である。


「これは失礼を。気分を害されたなら謝罪します」

「ま、ええわ。で、そっちは。昔ッから地下にはドワーフの衆が居る、が。

どうにもこうにも雑、雑、雑。第一なんじゃいその不細工なシロモンは」


 言うなり服装を指差して、それから三人組をゆっくりと数えだす。

彼我を見比べてみると言葉の通りその差は歴然としていた。

どうも不格好な人類側と比べれば、ドワーフ製の高品質さが一目で解る。


「のっぽと、ちびで、それからお嬢さんと来る。

ひょっとワシらの縄張りに入って来るつもりだったのか?長脛の衆よ」

「そんな、まさか。この坑道は人の鉱山主の炭鉱から伸びてるだけで」

「ハッ、あのボンか!あのボンの穴か!こりゃあ少し伸ばし過ぎたな!」


 で、だ。とドワーフの中から歩み出た一人が言う。

アンリ=カトルの腹を指さす。そこには件のゴブリンが居た。

見るや、背負った工具を構えて周囲の同族に呼びかけ始めた。


「ゴブリンだな。ゴブリンだ、間違いない。その肌、その面。

よっしゃ、殺す。すぐ殺そう。おーい、皆、準備してくれ」

「ちょ、ちょっと!ちょっと待った!待ってください!そんな乱暴な!!」


 突拍子もなく何やら物騒な号令が下る。

早速斧だのスコップだの戦闘用つるはしだのを構えるドワーフ。

慌てて立ちふさがったのはツクヤ=ピットベッカーであった。


「なんじゃい。坑道に出たゴブリンは即殺すものと大昔から決っとる。

放っておいたらすぐに幾らでも増えて収集がつかん。

盗む、殺す、無計画に穴を掘って崩落を起こす。実に絶滅して欲しいわ。

火種と同じく坑内持ち込み固く禁ズ、だ。どういう了見か」


 事実ではあった。但し、大昔の話である。

生物種としてのゴブリンはしばしば洞窟を住居とする事が知られている。

短命かつ旺盛な繁殖力を誇り、巣穴から這い出ては悪さをするというのが定評だ。

かつて積極的に駆除、撲滅を目指されていたのも確かである。


 だが、まかり間違っても現代の話ではない。無い筈だ。

第一、皇国では国家による個人把握とその記録が進む昨今、

異種であったとしても立派な法的主体──当然殺せば殺人罪に問われる。

積極的に国内統合を推し進める昨今、ドワーフの暴言は受け入れる余地など無い。


「チャクタさんの従業員ですよ、この娘!何考えてるんですか!!」

「ボンのアホたれが……ゴブリンに情けをかけてもロクな事には。

今殺しておいた方がいいぞー、きっと後悔するぞ。悪い事言わんから、な?」

「悪い事じゃないですか!これだから長命種は!価値観がまるで変わってない!!」

「廃坑に捨てればバレないバレない。大丈夫ダヨ、問題ないヨ?」


 時代が変わっても変わらないものはある。が、それも事と次第によるのだ。

五十年前、百年前なら通っていたろう理屈を平然と振り回すドワーフ。

信じられないとばかりに否定してかかるツクヤ=ピットベッカー。

衝突する両者の論建ては平行線を辿ったまま交わらない。


 ひょっとすると今でも同じような事をやっているのかもしらん。

が、追及したとしても解決すまいし、第一証拠も無い。

ゴブリンとて当局が把握し戸籍がある者だけとも限らない。

寿命の異なる異種の相互理解はとかく困難であった。それは兎も角。


 言い争う両者を無視し、つかつかカジャ=デュローが歩み出た。

それから、ドワーフ代表の首根っこを掴んで引っ張り上げる。


「おい、何すんじゃい」

「おチビ共が!物騒な事をほざくのは何処の口だ何処の!!

いいか、この子はな!この冒険者サンが助けに来たんだッツの!

シノギで来てんだよシノギで。ドワーフだか何だか知らないが解れ!」

「テメー、冒険者たぁゴロツキの類か!全く!人間のヤマはこれだから!!」

「あァ?種族は関係ねぇだろうが種族はよォ!!」


 態勢はそのままに口論を始める両者。馬鹿とって種族は関係が無いらしい。

炭鉱夫式の罵倒合戦だ。怒鳴り声が所構わず反響し喧しい事この上ない。

思わず口をぽかんと開けて眺めていたツクヤが止めに入る。


「だから、ちょっと!!落ち着きなさい貴方達!!中は危ないじゃなかったの!?

カジャ君も!!厄介を大きくしない!」

「……わーったって。第一、自分もだろうが」

「それはそれ、これはこれ!」

「チェッ、いい性格してらぁ。いいさいいさ」

「仕方ないのぅ。で、お嬢さんや」

「うん?ええと、何か?」

「しゃがまんでええ。そこのゴブリンじゃが、ボンの所に帰すんかの?」

「そうだけど……失礼ながら、山主さんと何かご関係が?」


 ワシらは、と前置いて小さい姿が語りだした。

曰く、技術協力もしているお隣さん同士、らしい。

それなりに昔からの付き合いで、金払いが良いとは言うが──


「そう簡単に鉱区の縄張りは譲れんワイ。

その上ゴブリンと来た。全く、小僧め。ドワーフを何だと思っとるのか」


 聞けば、大昔から四方八方に鉱山だの中小の炭鉱が広がる地域らしい。

金の事以外には興味の無い竜の時代は方々宜しくやっていたものの、

チャクタが幅を利かせ始めたお陰で燃え殻が再燃しただとか。

要は、地場の縄張り争いが活発化しているのだと言う。


 坑道が繋がったとなればまた昔のような面倒事が発生する。

鉱区はドワーフにとっても生命線だ。互いの境界線は簡単に譲れない。

そんな土地の事情など知る由も無いツクヤ=ピットベッカーとしては、

相槌を打ちながら話を聞くより仕方がない。


「ええと、兎に角そこの子は連れて帰りますからね?」

「もうええわ。勝手にせぇ。ボンにはワシからみっちり言っとく」

「……良いんですか?」

「シノギじゃろ?そこで頑張る程偏屈にはな。

自分らの縄張りが無事なら最低限の利は出るでな。しかし」


 そこで言葉を区切ると、ドワーフ代表はゴブリンを指さした。

びくびくと小鬼は怯えているらしく、一言も発しない。


「小鬼風情に情けをかけて。禍根を残してもワシら知らんからな」

「本当、ゴブリンが嫌いなんですね」

「突然博愛に目覚めた長脛共がおかしいだけじゃろ。

ゴブリンは所詮ゴブリン。性根はそうそう変わりなぞせんわ。

──もう行くぞ?何も無かろう」


 言い捨てて返事を待たず、ドワーフ達は去って行った。



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