第13話 夜会と称する何か別物
何とも山っけの強い男である事だなぁ、とアンリ=カトルは
ちびちびと酒を舐めながら上機嫌のチャクタ=ギーンを眺めていた。
酒でも飲まなければやってられない。有り体にいって不機嫌である。
招かれた山主の邸宅はその権勢を誇るかの如き豪勢なものだ。
仮に皇都の一等地に建つ屋敷と比べても見劣りはあるまい。
山師は信頼を得ようと家を豪華にするとは言うが、その例に漏れないらしい。
「……これで家主がもっといい人ならナァ」
聞こえぬように小声で呟く。確認するまでもなく、
相棒も辟易した顔で山主の独演会を聞いている事だろう。
してみるとやはりツクヤ=ピットベッカーは自分たちより大人であるに違いない。
笑顔を浮かべて相槌を打っている女学徒を横目に益体も無い事をアンリは考えた。
その一方でチャクタの独演会は尚も続いている。
手掴みで肉を嚙み千切り、ジョッキ一杯のビールで飲み下し。
大袈裟な身振り手振りで武勇伝を語り、それから決め台詞とばかりに続ける。
「そこでワシは言ってやったんだ。ドラゴンの癖に金は要らんのかってな!
そしたらソイツ、苦り切った顔でここの証文を出しおった。龍がワシにだぞ!
……む。すまんすまん。そちらの話もあったんだったな。で、金の話だろう?」
「正しくは調査隊の援助に関する報告、ですわ。取り決め通りに」
「やっぱり金の話だ!幾らも出すんだぞ、そっちは何をしてくれるんだ」
身を乗り出して大男がツクヤに詰め寄った。
学士は若干身を引きながら、尚も作り笑顔で答える。
「坑道やらドワーフの方々の扱い方に関しての知識をですね」
「かーっ、ケチ臭い。学者先生なのに解り易い答えもすぐに出せないとは。
それとも小娘だからしょうがないのか?ええ?」
「性別や年齢は関係ありませんよ、失礼な。
実地で活用される所までは携わりません。知識と技術は同じ物とは……」
「はっ、賢そうな事を言いおる。良いか、山じゃ知識と技術は同じなんだよ。
坑道の掘方、水の出方、人間の管理やら経営やら……正に家族、仲間。解んだろ。
生き死に含めて面倒を見とるのがこのワシ。考える事が実に多い」
「あはは、それは大変そうで……はぁ。うん」
「そう、大変なのだよ。若先生。何百人からのバカ共を食わせにゃならん仕事だ。
ワシ以外に誰が出来る。ああ、こうして旨い酒でも飲まんとやってられん。
お酌でも一つして……ゴホン、失礼。ワシのコレが睨んでおりましたわ」
咳払いを一つしてから、山主は小指を立てて粘っこい笑みを浮かべる。
そして話題は脱線し、長々とした惚気と嫁自慢が今度は始まった。
細君はと言えば、慣れたもので内心どうあれ苦笑を浮かべるばかりだ。
流石のツクヤ=ピットベッカーとて経験の差は明白であるらしい。
立て板に水と捲し立てる大男に大いに押され気味だ。再び金の話に戻り、
二人して東の算板を覗き込み、帳尻合わずでご破算だ!もう一回と良く解らない話。
勘定経理の細々など冒険者にはさっぱりだが大いに盛り上がっているのだけは解る。
今度は青いチーズを抓もうと手を伸ばした所で、チャクタの視線が動いた。
父親とは違いナイフとフォークでお上品な細君や子供達と、
手掴みだのスプーンだので腰を据えている冒険者の間を行ったり来たりする。
それから、自分の分らしい一皿を指で指して子供達の一人に言った。
「おい、冒険者どもの皿が開いてるじゃないか。分けてやれ。
客は客だ。主人の側なら持て成してやらんか。ほら、持って行っておやり」
促され、退屈げな子供が皿に乗った肉を運んで来た。
尚も続く自慢大会にいい加減辟易し、ちびの冒険者は周囲の様子をうかがう。
すっかり出来上がった炭鉱主と、苦り切りながらも付き合う女学士。
お付き連中も客人と主の接待に忙しく、冒険者達は半ば捨て置かれた状態だ。
これを幸い。脇でグラスを弄ぶカジャに抜け出そうと耳打ち。
酒瓶と肴を拝借し、こっそり二人組は中座を決行した。
騒ぎから脱出すると、夜風に煙の臭いが混ざった風が吹いている。
「あー、煩いったら。あの手の面倒なおっちゃんは何処にでもいるもんだね」
「ご馳走になったんだからいいじゃねぇか。後はツクヤさんに任せた。
俺ぁ知らん。さて、もちっと静かに飲み直ししようぜ」
「さんせーい。嫌な顔も無くなったし、旨い酒を楽しもう」
ビールの瓶をカチ合わせ、石造りのテラスにちびとのっぽは尻を据える。
それにしても。過去と言うのは何処までも追いすがって来るものであるらしい。
半分ほどを一気に干して、うんざりした顔をアンリは浮かべていた。
「あー、もう本当。こういう煩いのとか、デカイ面が嫌だから都に出たのに」
「お前、昔っからあの手のオッサンや付き合いが嫌いだもんなぁ。
俺の時も偉い剣幕で殴り込んだって人づてに聞いたぞ」
「げっ、知ってたの!?アイツら!!黙っとけって言ったのに」
それも昔の話であった。
そして、彼らが冒険者とならざるを得なかった直接の原因でもある。
大怪我をしたカジャを尚も酷使しようとする雇い主に、
アンリが両派の仲間たちを率いて殴り込んだという顛末である。
子供とは言え徒党を率いての襲撃だ。未だ命があるだけ儲けものであった。
尚、件の使用者はその後丸一日ボタ山に首だけ出して埋められたらしい。
ブルブル震えながら喚いていた様子を面白おかしく語ってアンリは笑い出す。
「思えば遠くに来たもんだ。故郷はなれて幾年か。今後は何処へ行くのやら」
「節回しすればちょっとした小唄だねぇ。ま、生きててハッピーって事で」
背後から物音。
気配に振り向いてみれば、先程料理を運んでいた子供が腕組みして立っていた。
背伸びをしたい年頃なのか、或いはわがまま放題に育てられているのか。
酒瓶片手に対応を考えあぐねる冒険者二名。
「おやじの客って聞いたぞ。冒険者だって」
「ああそうだぜ。俺ぁ、俺たちゃ冒険者だ。で、子供が何の用だ?
言っとくが、酒の席にゃまだちょっとばかり背丈が足りんぞ」
「お前らだってまだ若造じゃねーか。聞きたい事があって来たんだよ」
聞けば、冒険者とは何だ、どんな仕事をしているんだと尋ねてくる。
「ああん?仕事の話ぃ?……そーだな。鉄道警備だろ、物探しだろ、
人探しに、それからたまーに魔物退治。……おいおい、んだよその顔はよぉ」
「がっかりだ。本だと冒険に次ぐ大冒険、血沸き肉躍るってあったのに……
そんなの大人連中と一緒じゃないか」
不満を零す子供にげんなりとした顔をアンリが浮かべた。
「いーよね、そうやって文句だけ言ってれば住む立場の子供は」
「僕は偉い大人になりたいんだい。おやじや皆みたいにここで埋もれたくない」
「アレでお父ちゃんも君の事を愛してると思うよ。
もう少し考え直した方がいいと思うけど。冒険者なんてやくざな与太者だよ」
真面目に勉強して、きちんと務めた方が偉くなれると
ちびの冒険者は気の無い様子で面白くも無い話を続ける。
「おいおい、ロマンのねぇ話だけじゃ不公平だろ?
子供相手だ、もちっと景気のいい話もしようぜ。そうだな。
確かに面倒事も多い。疲れる。体も使う、頭も使うが──」
そこでカジャは一端言葉を区切る。
それから、彼はこれまでの経緯を必要以上に脚色して語り出す。
頬杖をついて聞き流すアンリとは対照的に、
話を聞く子供は大喜びであった。
「ってな訳だ。俺達の活躍に今後も期待しやがれ!」
「ちょっと、カジャ。責任取れないのにその気にさせちゃダメだよ」
「ってもなぁ。決めるのは俺らじゃねぇよ。
おい、今の内によっく納得行くまで右往左往するこった」
呵々大笑。大分酔いも回って良い気分でカジャは言った。
夢やロマンは大切だ、そう聞かされた子供はそれじゃあさ、と問い返す。
「冒険者さん達にも夢とか目標ってあるんでしょ。教えてよ」
「おう。お兄さんはな、夢はでっかく冒険王になるんじゃよ」
「……」
突拍子もない返事に沈黙が垂れ込める。
「何でぇ、馬鹿にして。あんた等だってまだガキじゃないか」
「何だとォ!?生意気な」
バーカ、と捨て台詞を残し、生意気な子供は部屋に戻って行く。
後には唖然としたのっぽと、渋い顔でビールを傾けるちびが残された。
Next.
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