第12話 炭鉱大騒動
飛び込んで来た余所者に真っ黒い顔の白い眼玉が一斉に向いた。
問う間も無い。轟音を立てながら巨大な滑車が回転しているのが見える。
「馬鹿野郎!見切り発車しやがったか!!止めろ、止めやがれ!」
「ダメだ、急に止めたら酷い事になる!!退けッ、後は俺が止めてやる」
怒鳴り声を上げながら、カジャ=デュローが操縦席に割り込んだ。
いきなり蹴り出された者が抗議するがそれどころではない。
親指でこめかみを擦りながら、素早く見回して機械の構造を把握。
轟音に負けじと大声で冒険者は問うた。
「コイツは?良くある奴に見えるが、弄ってないだろうな?」
「皇室工廠の年代モンだ。新式買うほど金はねぇし、技師も足りん」
「そいつは上々。これなら行けるぜ。ちぃとぶっつけるかも解らんが……」
「えらい自信だ。出来るんか」
「やらなきゃ全員死ぬだろが。潰れ蛙作りたく無けりゃ信用しやがれ。
近づいてくる音と揺れで判断する──アンリ、補佐頼む」
この時代の機械は全般的に言って多くの人手がかかり、
かつ往々にして作業に危険が伴う代物だ。勿論、この昇降機も御多分に漏れない。
腕前と経験、そして直感力が全てである。作業者を信用しなければ始まらない。
轟音を上げ巻き上がる綱を睨む。レバーを掴む手に汗がにじむ。
「オーケィ、相棒行くよ。って、来てる来てる。多分、一分も無いよ!!」
大穴を見下ろすやアンリ=カトルが叫び声を上げる。
大慌てでハンドサインを送る。カジャは大きく深呼吸し、舌なめずりした。
力の限り押し出したレバーに続いて、耳障りな金属音が構内中に轟く。
巨大な滑車は徐々に動きを緩める。そして少しの誤差を付けて止まった。
「……目測を誤ったか。ブランクだな」
呟くのっぽ。
ケージの中から這う這うの体で男共が転がり出て来る。
それを尻目にカジャは綱と巻き上げ機を一瞥し、概ねの目星をつけた。
「これで全員か?」
「まだだ。まだまだ大勢いる。おい、冒険者。やれるよな?」
「あたぼうよ。けど、交代の奴も早く連れて来い。百人も居たら困るかんな。
アンリ、そういう事だ。付き合ってくれるな」
「解ったよ。ボクも乗り込んで合図だね」
ぐっ、と親指を立て、アンリが応える。
その背中を見送って、カジャ=デュローは昇降機の操作を継続した。
機械の轟音に負けじと怒鳴り声めいた大声を張り上げる。
「一回目はゆっくりやるぞ!!お前は確り時間を図ってくれ。
それで見当を付ける。もしガスがヤバかったらすまん」
「命預けた。そっちもミスるんじゃないよ?」
「誰にモノ言ってやがる、当然だろ!!──そういう訳だ。続けるからな」
/
ようやっと一息つく。緊張と疲れに滝のような汗を流しながら、
カジャ=デュローは遂に来た交代要員に席を譲った。
ふらつく彼に何処からか調達した水筒をアンリが投げて渡した。
続いて彼らを待っていたのは真っ黒に汚れた汗くさい男共の大歓声だった。
「どーだ、冒険者サンに任せてよかったろうが。ああ?」
胸を張って実に誇らしげにカジャは放言し、高座から群衆を見回す。
言い過ぎだとアンリが掣肘するよりも先に、爆笑が巻き起こる。
緊張の糸が切れたのだろうか。聞き流しつつ、アンリは辺りを眺めた。
「……やっぱり何人かはダメかぁ。ま、しょうがないよね。良くある事だ」
誰聞かせるでもなく呟いた。誰も彼も明日をも知れぬ仕事だ。
危険がある以上は死人も出る。ごく当然の話である。
まぁ、やるだけの事はやった。気に病んでも仕方無かろう。
さて、給金は如何程か。盛り上がっている内に話を通しておこうと思案する。
その時であった。建屋の隙間、彼方から馬車が一台、
通行人だの群衆だのを文字通り蹴散らしながらこちらに向かってくるのが見えた。
何者かと検める暇も無い。叩きつけるように駐車するや、
姿を現したのは丸々と太った巨漢と、ツクヤ=ピットベッカーであった。
凡そ坑道には似つかわしくない。夜会からそのまま飛び出したような格好である。
黒助どもを押しのけ、煤で汚れる事も構わずその中年男性は乗り込んで来る。
「勝手に動かすと決めた馬鹿はどこのどいつだッ!!ワシの前に今すぐ出て来い!」
怒声一喝。辺り構わず因縁をつけて回る大男。
恐る恐る歩み出た一人の鉱夫の顎を大きな握り拳が問答無用に打ちぬいた。
ひっくり返った炭鉱夫を捨て置き、大男は満場の野郎共に狙いを変える。
「馬鹿は貴様かぁッ!!貴様もか、貴様らもだな!!」
肩を怒らせ、真っ赤になった顔で周囲を睨みつけながら、
構内中に響き渡る怒鳴り声が大男の口から吐きだされる。
曰く、昇降機は大変危険な代物だ。きちんと扱わないと乗員全員が死ぬ。
巻き上げ機の操作を失敗するだけで挽肉めいた死体の山が出来上がるとの事。
ヒートアップした大男は尚も続ける。
曰く──あわや大惨事の坑内事故の発生にも関わらず報告は遅れる。
安全確認無し、経験者無し、おまけに余所者を使って危機一髪解決するとは何事か。
助かったのは偶然と幸運のおかげであって、大勢死人が出ておかしくなかった。
貴様らこの後始末にケリをつけるまで家には帰らさんぞ、云々。
「良く聞け馬鹿共!この世に偶然なんぞ無い!
原因ある限り事故は必ず起きる!それがお前らの間抜けさであってもだ!」
いいか、理解したか。理解しないと後何発でもかましてやるぞと更に捲し立て。
怒鳴り疲れてくしゃ犬のように鼻息を吹く姿はどこか蒸気機関めいていた。
酒臭い息を吐き出す巨漢は再度、どうしたとっとと働けと怒鳴り声を上げた。
そして何事か考えているらしくぶつぶつとした独り言。
一くさりついて、漸く僅かに表情を和らげる。
そこでやっと冒険者二名に気づいたらしく、弛んだ目を向けた。
「全く。バカチン共が。危うく無駄な死人を出すところだった。で、お前は?」
「カジャ=デュロー。アンタ、ここの炭鉱主だろ。多分だが」
「はっ、業腹だが許してやる。腕のいいブレーキ手は貴重だからだ」
「お目が高い。俺が居なけりゃ地獄だったぜ」
「それがどうした。それ位の損はすぐに埋めてやる。
でだ。お前ら、今日からワシの所でブレーキ手をやれ、いいな?
冒険者なんぞのやくざものには願っても無い話だろう。いいな?」
有無を言わさず冒険者に詰め寄る大男。
どうしてか馬車に同乗していたらしいツクヤが慌てて立ちふさがった。
普段とは打って変わっての盛装だ。髪までしっかりと整えている。
ドレスの裾を乱しつつ、どうにか姿勢を正して相対した。
「失礼、チャクタさん。そう仰られても。
既にこの二人は私が個人的に雇っておりまして。困りますわ」
「おや、そうでしたか。それはそれは失礼を。夜会の途中と言うのに」
「あはは……まぁ、お仕事ですから。仕方がありませんよ。
それで……ええっとね。二人はここで一体何を?」
眉間を押さえるツクヤ。冒険者が経緯を搔い摘んで伝える。
溜息を何とか抑え込んでから、学徒は笑顔を作って向き直った。
成程、これが社会性というものかとアンリなどは感心するのであるが、
微妙にぎこちないのが見て取れた。頭痛でも堪えているのだろう。
「しっかし。そんな着飾っておパーティーかぁ。羨ましいなぁ」
「お、そうかそうか。お前もそう思うか。良し、いい考えが浮かんだぞ」
「……何か、唐突にとんでもなく嫌な予感がしてきた」
嫌味ったらしく肩を竦めるちびに何か思いついたらしい。
酔払いの胡乱な瞳で大男はアンリに近づき、がしりとその肩を掴む。
酒臭い息に思わず顔をしかめるも、相手は意に介していない様子である。
「礼だ。途中だが招待してやる。感謝しろ」
「えっ」
「えっ、じゃないだろう。それとも嬉しくないのか?舐めてるのか?」
「いや、そんな。結構ですよ、結構」
「そうかそうか。そんなに嬉しいなら最初からそう言えと」
「えっ」
ちびの顔は見事に引き攣っていた。藪蛇である。
助けを求めるようにカジャを見ると、既にご馳走の事を考えているようだった。
被害をさらりと擦りつけた学徒はひらひらと手を振ってさえいる。
ズルイ!しかし、立場が逆であればアンリだって同じ事をするだろう。
「飯食らわば皿まで。まぁ、折角の話じゃねぇか」
「そうね、うん。カジャ君も付き合ってくれるみたいだし。頑張ろう?」
「若先生もこう言っておる。連行するぞ」
「ええ、折角のパーティーですもの。道連れ、コホン、お客は多い方が」
外向きの笑顔でツクヤが外堀を埋めたて始める。
何となく勝手な事をやって、と咎めてているように見えるのは気のせいか。
他所行きの笑顔は作り物めいた麗しさのまま一行崩れない。
「そ、そんなッ!!説明を!!もっとちゃんとした説明をー!!」
「そんなモンよりじっくりタップリ話聞かせちゃるから安心せい。それ行くぞ」
「助けて、助けてー!!」
見事な腕力による力業で馬車に引きずられていくアンリを見送りつつ。
カジャは表情を崩して肩を落としているツクヤに向き直る。
「大体予想してると思うけど」
「おう。声のデカいオッサンの独演会だろ?」
「うん。お姉さんちょっとばかり疲れたかも。
何かある度にあの調子だよ?何であんな事するのかなぁ……」
どうやら都市部のインテリはああいう手合いとは極めて相性が悪いらしい。
カジャとしては特に思う所の無い相手ではあるが、そういうモノなのだろう。
「さよか。それじゃ準備しとくぞ」
「お願い」
言葉少なに後に続く女学士。その様子はへろへろであった。
やはりアレは凡そ見た目通りの御仁らしいとのっぽは得心する。
聞けばその名をチャクタ=ギーン。労働者から身を起こした立志伝中の人らしい。
けれども。それはそれ、これはこれ。
思いがけないご馳走を楽しみに、カジャは馬車に乗り込んだ。
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