第11話 煙る黒色の街へ



「それじゃあ、雇用契約の細目も詰めた訳だけど」


 ツクヤ=ピットベッカーは揺れる机の上に大判の地図を広げた。

大まかな地形と地名、都市名を書きこんだ手書きの代物で随分と年季が入っている。

代々受け継がれ、書き写された魔生研お手製らしい。


 巷に流布している印刷ものと見比べても見劣りは無い代物の一点を

丸眼鏡をかけた女が指差した。見覚えのある名前だ。

指を何往復も滑らせながら、女学士は言う。


「ここが現在地。一応ここまでは来れた。ここから先は──」


 顔を見合わせていた冒険者共が同時に首を振った。

未だに納得がいかないのか、アンリは不貞腐れたような顔を浮かべている。


「道案内なんて出来ないからね」

「大丈夫大丈夫。もう目星は付けてて後は実地に、って話だから」


 地図の横に手帳を広げると、より簡略化されたポンチ絵の上に鉛筆を走らせる。

幾つもある丸い印に何やら河のように見えなくもない絵。そしてゴールという次第。

地図と絵を一度見比べて、アンリが肩を落とし、三白眼でツクヤを見上げた。


「何も書いてないじゃないか。歩いてになるんじゃないだろうね」

「ここからは川沿いが主になるの。陸の道は使えたもんじゃないんだって」

「じゃあ船?やったぁ!楽でいいや」

「こらこら、話は最後まで。それでも大体は安い乗合馬車になるよ。経費削減ね」

「えー……お尻が痛くなるよ。アレってばねが全然ダメなんだもん」

「じゃあ、歩きでも良くってよ。私はお馬さん使いますけど」


 そこで黙って話を聞いていたカジャが我慢できなくなったか首を突っ込む。


「ツクヤさん。それで、次の街はどんな所なんでしょうか?

勿論馬車でも何でも。何なら火の中川の中にだって飛び込んで見せますよ僕ァ」

「当たらずとも遠からず。炭鉱の街だよ」


 炭鉱、という一言に無暗に胸を張っていたカジャの口角が一瞬痙攣する。

それから慌てたように地図を見直し、ほっと胸を撫で下した。


「何でぇ。俺らんとこじゃないのか」

「カジャさあ……そもそも方向からして全然違うじゃん」

「どゆこと?良く解んないけど……」

「ああ、失礼しました。実はですね。僕ら鉱山街の出身で」

「でも、規模は結構大きいし。何か美味しいものでもあるかも!」


 気まずそうなカジャに努めて明るくツクヤ=ピットベッカーは話題を切り替える。

この時代においても若くして冒険者になるような人間の脛には傷があるものだ。

半ば強引に詮索を打ち切り、何やら再び手帳に書きものを始める。


 それから馬車に揺られて半日。

夕暮れに、石炭選別やらその加工の工場から立ち昇る幾筋もの煙が見えた。

留所で馬車を降り、そこいらで投宿と言った所でツクヤが二人組から離れる。


「それじゃ、また後で。二人はもう休んでて大丈夫」

「ツクヤさん、何か用事でも?」

「あー、うん。ちょっとね。協力してくれる人とお話が。

多分遅くなると思うから、ごめんね」


 それだけ言い残すと、二人組を残してツクヤは煙る街路を歩いて行った。

学士の背中を見送りつつ、何ともつまらなそうな顔でカジャが薄暗い空を仰ぐ。


「あーあ、とうに縁を切ったと思ったのによォ。因果なもんだぜ」

「同感。仕事とは言え、ねぇ。とっとと休んじゃう?」

「暇すんのもつまらんだろ。少し歩こうぜ。金も要るしな」

「貧乏暇なし、悲しいねぇ」


 残念ながら、経費の管理はツクヤ=ピットベッカーが一手に握っている。

薄っぺらい財布を検めると、仲間に先立たれた数枚の貨幣が寂し気だ。

仲間外れは宜しくない。急ぎ同志を集めねばならないと言う訳だ。


「どうよ?」

「同感。こりゃ一稼ぎしないと次の払いまで持たない」

「あいよ。それじゃ行こうぜ。勝手知ったるなんとやらだ」



/



 炭鉱の男達と言えば柄が悪く、声が大きく、汗臭いと相場が決まっている。

職業柄致し方ないとはいえ、そんな野郎共がサラダにする程集まればどうなるか。

その答えは通りを歩く二人組の周囲に必要以上に配されていた。


 煮売りに顔を突っ込むようにしてカッ食らう連中が居る。

かと思えば強い酒を流し込み、ストレスと疲れを追い払う者がある。

誰も彼も一日の稼ぎをこれでもかとブチ込んで出来上がった煮込みめいた混沌だ。

筋骨隆々の野郎共には入れ墨もままあり、騒がしい事この上ない。


 一日の稼ぎをだまし取ろうという策謀か。

将又、明日をも知れぬ暮らしを彩るささやかな華か。

恐らくはその両方であろう──と、煤けた白シャツの背中が飛び出して転がった。


 女を口説いていた若い炭鉱夫だ。その旦那に見つかって早喧嘩に洒落込む。

元気が余ってぶつかって来る手合いをひょい、とアンリが避け、

足元に伸びたそいつをカジャが引き起こし。何とも微妙な顔で周囲を見回し、

のっぽの冒険者は口を皮肉っぽく歪めていた。


「おぅおぅ、どこも変わらず如何わしい界隈があるもんだ」

「ボクらんとこよりは大きいよ、それでどうすんの?」


 宵口の空騒ぎを他所にちびの冒険者が問う。


「決ってんだろ。小遣い稼ぎだ」

「スリは禁止、犯罪行為は禁止……全く小うるさいったら。

周り見てよ、すぐに山ほど稼げそうじゃないか。育ちが良いのはアレだから」

「雇ってくれただけ有難いんだ、文句言うなよ。知恵出せ知恵」

「そんじゃ、カジャは何か考えてたの?」

「ここなら日雇いもナンボでもあるだろ。おっと、失礼!」

「途中でドロンしても誰も気にしないだろうしねー……」

「ニンポだ。ニンポを使うぞ、ってなもんだ。お、アレだな。アレ」


 飲んだくれた鉱夫を避けつつ、カジャ=デュローは一際大きな建物を睨む。

アンリはその意図を察して肩を竦めた。その辺りで人を捕まえ道を尋ねる。

その表情は渋い。ポケットを探り、平たい財布を再び眺め、遂に観念する。


「行くぞ」

「ハイハイ。いい口があるといいねぇ」

「お前、ちびで器用だからな。ナンボでも──」


 軽口を叩きながら足を向けた所で何やら人間が駆けてくる。


「おい、どうしたってんだ。んな慌てて」

「他所モンか!?いや、それどころじゃねぇ。カゴ手が倒れちまったんだよ!」

「んだって!?大事じゃねぇか!何があった!」

「瓦斯だ!ガス突出!規模は大した事ねぇが、大勢取り残されてる!」

「そりゃあまた……」


 この時代、炭鉱において使用されるエレベーターは蒸気機関を用いている。

落下防止装置の発明以来、人の上げ下げでも用いられている代物だ。

が、未だ制動は手動であり、タイミングよくブレーキを掛けるには熟練を要する。

勢いよく上って来る籠を上手く止められなければ、ガシャン、という訳だった。


 血相を変えるのも道理であった。

その上ガスの噴出と来る。実に起こって欲しくない事故の筆頭であった。

弱り目に祟り目と半ばパニックに陥っている鉱夫達が彼方此方を走り回っていた。


 話を聞きながら、カジャは何が起きているのかアタリを付ける。

大方、採掘途中で運悪く溜まっていたガスを掘り当てたのだろう。

坑内で引火、という惨事には幸いな事になっていないようではあるが、

気体そのものによる打撃は勿論、濛々と粉塵が立ち込めているに違いない。


 当然、何かの拍子で着火でもしようものなら恐ろしい事になる。

ガスの種類は不明ではあるが、何せ炭鉱故に燃料には事欠かない。

万が一坑内丸ごと巻き込んでの大炎上にでもなれば確実にお陀仏だ。

正に一刻を争う事態である。どうしたものかと一瞬のっぽは試案した。


「早くしねぇと仲間が死んじまう!どいてくれ、すぐ叩き起こしてこねぇと。

アホ共が碌すっぽ使った事もないガキにブレーキ任せかねん!!」

「……おい、冒険者サンに一つ任せる気はねぇか?」

「馬鹿抜かせ。何が出来」


 血相を変えて怒鳴る男。そこでカジャは片手の指を示して見せる。

怒鳴りかけた炭鉱夫の口を塞ぐようにのっぽは更に畳み掛けた。


「五年。俺ぁ、ここ以上のボロ山でガキの頃からブレーキ手やってたんだ」

「!!すぐ来てくれ!!金は出す。きっと出す!」

「おう、冒険者に任せとけ!」


 元気よく返答。踵を返した炭鉱夫の隣に並び、冒険者は駆け出した。



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