第8話 怪しい依頼にご用心
「何でぇあの女ッ!!絶対にサマしてやがる!!カマトトぶって飛んだ奴だ!!」
「君が負けて実に良かったと思うよ。粉をかけるのが本当に下手だなぁ」
何だとォ、と食って掛かりかけてカジャは肩を落とす。
冷厳たる事実であった。しかし、これからもめげる事は無いだろう。
しょげたカジャの肩をアンリが叩く。
「ま、何時ものコンビと行こうよ。都じゃなくても必要な物ぐらいあるって。
こっぴどくフられた位で落ち込むなんて君らしくないよ」
「そうだな!デート断られただけだし。俺のアプローチはパターン108まである」
いつも通りで大変宜しいとアンリは頷く。二人組は通りを歩く。
幾つも商店が立ち並ぶ最中、行きかう人々をかわしつつ物色を進めた。
火薬、細々した日用品。ダメになった保存食の補充。自費故にあーだこーだと厳選。
昼食替わりに買い込んだ軽食は新聞紙で包まれている。
時刻表が確かなら、後少々で列車が来る。
待ち合わせに二人して歩きながら言葉を交わす。
「んでだ。今回の仕事はどうする?」
「あの人にも手伝わせる。スラッシュ仕事だったろう?適役だよ」
「探してブチのめす。解り易くてええわな。でも、学者だろ?」
「あいつ等冒険者が学者やってるようなもんだよ」
「そんな風には。腕っぷしが強いのは認めるが」
「金持ちが動き回るにしては軽装だったっしょ?供回りもいないし。
それでいて不便も無さそう。旅慣れしてる何よりの証拠だよ」
「アンリは良く見てんなぁ。俺は目がそこまでいかねーや」
「へっ、カジャは女と来るとこれだもの」
「だって男の子だもん、多少はね。しっかし、飲むかねあの人」
「飲ませる。飲ませちゃる。最悪、ストやサボタージュだってしてやるさ」
「うっわ、マジで言ってんの?お前、相変わらず性根が曲がってんなぁ」
「煩い煩い。生まれも育ちも良くって顔も腕前も確かなインチキ女に
ボクが対抗するには頭捻るしかないの!!根性悪くして何がいけない」
「そんなんだからモテねぇんだ。常に真っ直ぐな俺を見習え。あ、ツクヤさーん!!」
見れば、待ち合わせに話題の女が待っていた。
溜息を吐くアンリを残し、のっぽの冒険者は勢いよく駆け出して行った。
/
汽車が終点に止まる。荷物を抱えた乗客がゾロゾロと乗り場へ降りて来る。
その中に三人組の姿もあった。宿の手配さえ後回し。
依頼人の元に急がねばならぬ。改札を抜け、どん詰まりの車両基地の脇を越え、
資材置き場めいたガラクタ山の裾野に傾きかかった小屋があった。
狭い室内に入ると、太った禿頭の男が新聞を読み煙草をふかしていた。
「仕事の奴か。ホレ、紙見せろ。預かってるだろ」
差し出された紙片に目を通す。それから一行に椅子を薦め、飲み物を出す。
妙に愛想がいいなとアンリは首を捻る。これから怪物退治と言えども、
所詮は一山幾らの冒険者。記憶が確かなら肥満体はボタ山を有難がる趣味は無い。
大体、冒険者に舐められるような真似をしたがる手配師もそうおるまい。
「はーい、冒険者のみなさーん!お待ちかね、天才のご登場ですよー!」
明るい声であった。奥の扉を蹴り開け見覚えのある鉤鼻が姿を現した。
騙された、と思う暇も無い。四方八方から黒服、黒服、また黒服だ。
入口から出口まで完全に封鎖。冒険者たちを取り囲んだ男たちの後ろから、
卑屈な顔で手配師のでぶが顔を出した。
「へ、へへへ。旦那方、これで宜しい?」
「てめぇッ、ハメやがったな!!」
「騙して悪いが、金なんだよ。解る?マニーだよマニー」
「君解り易くて大変結構。
後はボクちゃん達が引き継ぐから──そら、明日までオネンネよ」
鉤鼻が小枝のようなロッドで軽く、そいつの首を叩く。
淡く輝く光が丸鼻を掠めるや、手配師は急に脱力してその場に崩れた。
黒服が手と足を抱えて、事務所の倉庫に眠った豚を放り込む。
青肌とベルトランも姿を現した。
「それじゃ、本題に移っちゃおう。盗んだ箱を返してチョーダイ」
「嫌だと言ったら?」
「あーら盗人猛々しい。そんな理屈は通りゃしません。今の状況お解りで無い?」
沈黙してカジャは両手を上げた。鉤鼻が荷物を検め、件の箱を取り返す。
「ちっ、大体何だってんだよ、その箱。たかがガキの手癖なんぞに大人げない」
「それ位重要なのよ、坊や。私らが一応は役人で運が良かったわね」
「役人?あんた等が。冗談……にしちゃ笑えねぇなぁ」
「そ。……そして、ツクヤ=ピットベッカー女史、初めまして」
水を向けられた学者の卵は、口を付けていたカップを皿の上に置く。
「こちらこそ、思いもよらず歓迎して頂き感激ですわ。少しお茶が温いですけど」
「おや、すみません。何分急だったもので大した持て成しも。
さて、お尋ねしましょう。この箱、どのような物とお考えでしょうか?」
「魔法の品ではなく、人の手によるものでも無く、魔物の手によるものでも無い。
一体全体誰がどのようにして作り出したまだ誰にも解らない代物、でしょ?
そして、それを収集するのが貴女たち。所長から噂には聞いてるよ」
「ご明察。流石はかの魔物生態研究所。
数々の面倒を巻き起こしてくれる事だけはある」
「お褒めに預かり光栄かな。それで、これからどうするつもり」
「どう、とは?何かしら落とし前つけて頂けると?」
役人と主張する青肌の女に向けて、ツクヤは皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「魔国の人間が今更表立って人間を害すると叱られちゃうでしょ?
尚且つ武装もしてない、魔法もまるで使わない。何か別の思惑があるんじゃないの」
「あら。気が変わるかもしれないわよ、お嬢ちゃん。それに人間だっているわ」
目配せと同時に黒服共が一斉に拳銃を抜き、虜囚達に狙いを定めた。
両手を上げ、抵抗の意志は無いと示す。
「参ったなぁ。まぁ、もし戻れなくても他の皆が何とかしてくれる、かな。
ねぇ、アンリ君。君の考えも聞かせてくれない?」
「いきなり!?え、えーと。ボクとしては……」
慌てるアンリに、ツクヤが周りをよく見てと小声で言った。
落ち着いて見れば、引き金に指が掛かっていない。
当たり前の話だ。これだけの短筒が一斉に火を噴けばそれだけで騒ぎになる。
まして、ぐるりと取り囲んでいる。
威圧感は抜群だったが、本気なら同士討ちだろう。
つまり、この場ですぐ殺すつもりでは無いのかもしれない。
ええい、ままよ。何とか言い逃れてやろうと心を決める。
「確かに、やったのはボクだ。けど、その箱が何なのかは知らない。
誓ってもいいよ。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりだった。
ボクらの事だって探偵してんだろ?ただのケチな冒険者さ」
「あら素直。最初からそうしてれば良かったのに」
「追われて素直ったらしく待つ馬鹿がいるもんか!殺されるかと思ったんだぞ!」
「ところで辛子はお好き?もう部下が準備してるんだけど」
「大嫌いだ、畜生!!っていうか、ボクらの事どうするつもりなんだ!」
「そうねぇ、どうしちゃおうかしらん。何か良いアイディアは……」
そこで言葉を区切り、青肌は鉤鼻とましら男を見比べる。
ムッターがパチンと指を鳴らす。余計な事を思いついたに違いなかった。
「ボクちゃんのデクにしよう。丁度、試作品動かしてくれる人欲しかったのよねー」
「ちょっと止めないかお前。途中で爆散するぞ。無駄に立場を悪くしてどうする」
「ちぇっ、真面目。あーあ、辛いなー天才は何しても許されちゃう筈なのになー」
「ゴホン、取り合えず尋問だ。尋問にかける。それでいいだろう。おい、お前たち」
黒服が冒険者二人と学徒を取り囲んだ。
「その前に」
「何かね、女史。手短に願いたいが」
「ちょっと気になる事があるんだよね。そう、何と言うか。
学者としてのカンと言うか。なんだかおかしな感じがする」
「言葉遊びか?それとも引き延ばしか」
「いえね、そちらの本当の目的をまだ聞いてなかったから気になって。
私達とお茶をする、ってだけじゃないでしょう?まるでパーティーか何かみたい」
「ホ、あの糞婆の係累でなきゃ嬉しくて踊りだしそう!
それじゃ、ボクちゃんの判断で許可しよう。ただーし、その前に条件一つ。
チミ、あの婆の何なのさ。アレが直接関わるとなったらちょびっと厄介だからね」
曰く、最後の24賢者。
研究が為に肉体を捨てた大魔導士。現魔法理論の祖にして頂点。
現人類圏最高の魔法使いにして、自由学術都市の長。時計持ちの一人。
何だか良く解らない単語を立て板に水と並べつつ、鉤鼻はツクヤに問うた。
「あー、大師匠は単なる大師匠で、所長は兎も角、私とは大した関わりは無いよ?
少し援助ぐらいはしてもらってるけれども。心配してるような事は無い、と思う。
思いっきり頑張って来いって言われただけで」
「ちょっと。何勝手な事してんのさ」
「失礼。でも、これはあくまでボクちゃん達側の判断ヨ。
知らない間に背中から手を回されてそーだし、調査差し止めとなっても面白くない。
それで、要点とこっちの要求を整理しちゃうと」
後ろ盾が存在するから手荒な真似は出来ない。
箱は返してもらうし、頭も下げてもらい、全て忘れてお役御免、と鉤鼻は言う。
「よござんす、よござんす。食い下がるって事は、大体予想がついてるんデショ?」
「古の巨人たち、その遺跡の調査、発掘……にしては少々物騒だけど」
「ビンゴぉ。若いのに大したもんだ。今度改めてお茶でもいかが?」
「どうせ目的地は一緒だろうし、機会があればお待ちしておりますわ」
「わお、行けたら行く。いい言葉よね」
光栄ですわ、と短く区切ってツクヤがにっこり笑みの形を作る。
ムッターは飛び切りの秘密を明かす子供のように両腕を大きく広げて見せた。
「ボクチン達が目指すも矢張り古の巨人とその遺跡。巡り合わせって面白!!」
「おいっ、喋り過ぎだぞ!」
「いーじゃないの。魔生研で、ここまで知ってるって事は似たような目的さね。
ブッキングしたならトラブルにならないように根回ししないと、デヴィアさん」
「……勝手に話を進めないでくれるかしらん」
「まぁまぁ。紙のやり取りやるより手っ取り早い。
上の決裁待ってたら何ヵ月かかる事やら。既成事実を作ってごり押し、コレよコレ」
鉤鼻はアレコレと理屈を並べ立てる。
曰く、拙速は巧遅に勝る。先を越されて手出しを出来なくなっても困る。
魔王陛下の機嫌を損ねるかも解らず、来年の予算が減ってしまうかもしれない。
ただでさえ立場が微妙なのだから結果を出さずしてどうする云々。
「むむむ。何がむむむなのかしらね。まぁ、確かに……兎も角ッ」
眉間を押さえて思案していたデヴィアは言葉を打ち切って向き直る。
「さ、楽しいお喋りはここまで。連れて行きなさぁい」
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