第5話 三人組狂想曲
「変な女が増えたッ!?助けてーッ!!」
事態の悪化に耐えられなくなったアンリが、遂にべそをかいて悲鳴を上げた。
それを受け流しながらカジャは何処かで見た顔に首を捻る。
金髪緑眼の謎の女──ピン、と来る。
「あんた、白馬亭の言ってた人か」
指さす冒険者を受け流し、謎の女はブ男と対峙する。
眼鏡を直しつつ柔和な微笑みを浮かべる女に、
ベルトランはやはり一礼で迎え入れる。
「お嬢さん、お初にお目にかかる。何用ですかな?」
「通りすがり。人に名前聞くときは自分からどうぞ」
「これは失敬。ベルトラン=ドゥ=ヴィナンと申します。お嬢さんは?」
「ツクヤ。ツクヤ=ピットベッカー。
先ず肝心な事だけど、列車強盗は重犯罪って知ってる?」
「勿論。しかし、そこの盗人をですな」
「自力救済?流行らないと思うよ」
ともあれ腕づくで取り返せばよい、というのは既に過去の話だ。
めでたくも法と秩序が敷かれる世において、黒服共の行動は暴挙に属する。
しかし、ベルトランは少しも怯まない。それどころか大笑いし始める。
「はっは、それが通じるのは平和な都市の話。荒野じゃぁこれが常識よ」
「これだから冒険者(やばんじん)は。百年前と同じだと思ってる」
「冒険者がそう簡単に変わるか。百年先まで同じだろうよ。腕力こそ!」
ばん、とベルトランが力こぶを作って叩いて見せる。一方でツクヤが肩を竦める。
轟音を立てて列車は進む。並ぶ飛び船が一度大きく振動した。
負けじと甲高い声で青肌のデヴィアが指示を叫ぶ。
「何やってるのさ!!早く捕まえてしまいなさぁい!!」
「はい、お嬢様。さて?」
勇気と蛮勇は異なる。況や無謀をや。余裕の態で腕まくり、
善良だが身の程知らずなお嬢さんに一つ拳骨くれてやろとベルトランが進む。
その身が沈む。蹴り足一つで爆発的な加速。
開いていた間合いを僅か三歩で消し去って、
森林の大猿が牙を向いたような怪人は腕を振り上げる。
「このバリツを食らえーッ!」
その一撃を捕まえて、勢いそのままお嬢さんが後ろに投げ飛ばした。
単なる野獣の犠牲ではないようだ。構えを解かぬまま、丸眼鏡を懐にしまい込む。
両腕を地面に叩きつける受身で衝撃を殺した大猿が片手を軸に飛び起きる。
さて、唐突だがここで説明しよう。
バリツとは東国より更に東、俗に極東と呼ばれる土地から、
とある学者に伝えられた魔物生態研究所伝統の、実に神秘的な武術である。
伝統故、所属する人員は全員その履修と修練が義務付けられているのだ。
所謂必修武術という奴である。何はさておき護身は重要なのである。
武力なくして調査無し。荒野を行く学者とは皆たくましいのである。
伝統とは便利な言葉だ。閑話休題。
「驚いた、さては学者か何かか」
「まだ見習い。ただの学士だよ。でもね」
ツクヤ=ピットベッカーが牙を向くような獰猛な笑みを浮かべた。
どうやら馬の合う同士らしく、愉快そうに技比べにでもしゃれ込むのかもしれない。
美女と野獣。この取り合わせと来れば次はダンスと相場が決まっているものだ。
「学者が弱いだなんて誰が決めた!」
「認識を改めよう、お嬢さん。者ども、遠慮はいらんぞ!!」
盛り上がる武芸者二名。置いてけぼりになった冒険者を尻目に、
事態を見守っていた黒服共も動き出す。鎮火しかけた燻りが再燃した格好だ。
すぐさまツクヤと名乗った女に襲い掛かる黒服共。
「ダメだっ、なんか余計に悪化した!」
逃げようと機会を伺っていたカジャが叫ぶ。
飛び掛かる黒服を千切っては投げ千切っては投げる謎美人は演目としては面白い。
かもしれないが、実際巻き込まれている以上迷惑千万極まりない。
これでは対話も交渉もあった物では無い。事態の進展は行き詰まりをみせていた。
「誰のせいで、こんな……こんなのってないよ。あんまりだよ。
神様龍様王様皇帝陛下。誰でもいいから助けてー!!」
自らの所業を完全に棚上げしながらアンリが顔を振り乱して悲痛な叫びを上げる。
ダンスに突っ込む都度、乱れ飛ぶ黒服。上空から喚きたてる青肌女。
遂にはがっぷり四つに組み合って根競べを始めるましらと変人女。
常人であれば理解が追い付かず悲鳴の一つも上げるようなざまであった。
一方で列車は進む。大河と橋は迫る。ボン、と突然怪しげな爆発音。
カジャ=デュローが傍らを見れば飛び船の腹が何故か火を噴いていた。
みるみる内に火焔は広がり、遂に吊るしている浮袋に引火しようとしている。
船室の奥から更にもう一人、赤い鉤鼻で奇妙な姿の小男が姿を現し、言う。
「いやー、すみませんすみません。ちょっと炉が爆発しまして」
「何がちょっとなのさ!!大事じゃないのさ!!」
「何分突貫作業の試作品ですからなぁ。今しばし予算と時間を頂ければ次こそは」
「それが今言う事!?あー、もう無茶苦茶じゃないの!!」
更に爆発音。炎が吹き上がり、ぐらりと機体が斜めに傾ぐ。
尾を引く悲鳴を残しながら軌道が狂い、浮船はそのまま彼方に墜落していった。
遠く、しかし一際大きい爆発音。大きな煙が立ち上るのがはっきりと見える。
この時代の蒸気機関同様、しばしば爆発する代物らしかった。
「いやぁ、魔族というのは頑丈で良いですなぁ。ボクちゃん羨ましくってねぇ。
あ、そちらの皆様お嬢様。お初にお目にかかります。
ワタクシ、天才ことムッター=クッターちゃんでございます」
しれっと列車に飛び降りていた鉤鼻男が芝居がかった台詞を吐いて腰を折る。
緑を基調とした服装で、ぱりっとしたマントと奇妙な帽子が印象的だ。
「ムッター=クッター?」
「て・ん・さ・い!と付けて頂きたい、美しいお嬢さん。親しみと尊敬を込めて!
そう、学術都市を追放された天才カガク者とはボクチンの事よ」
冒険者二人が変な女に抗議した鉤鼻の怪人物を呆然と眺める。
傍らでは呆れかえった表情のましら男が勝負を止めて腰に手を当てていた。
思わずカジャはムッターとかいう男を指さして怒りの声を上げる。
「天才と付けないと喋れないってのかよ。ええっ、呼びづれぇじゃねぇか。
もう少しヨォ、人情ってもんがあるだろ人情ってもんが。猿のオッサンも思うだろ」
「すまんね。あいつは喋る前と後ろに天才と付けたがる病気にかかってるんだ。
腕のいい魔法使いだが、界隈から追放されたショックが大き過ぎたらしくて……」
「カワイソウに。ああなると人間お仕舞だね。慎み、奥ゆかしさってものが無い」
「一応言っておくが、我々としては君らをこれから確保するからね。忘れてないよ。
娘さんのお相手はムッターに任せよう──」
と、派手な見え切りをした怪人物の物言いに、ツクヤ=ピットベッカーなる女性は
驚いた風もなく、しばし。それからぽん、と手を叩く。
「思い出した!!大師匠や所長に昔話聞いた事ある!
学長と大喧嘩した挙句、腹いせに大学塔を爆破して追放されたって。有名人!」
その瞬間、鉤鼻の眉が吊り上がった。
そして、シンプルなデザインのステッキを握りしめる。その手は震えていた。
「あんの糞婆の縁者か貴様―――ッ!」
「きゅう!?何事!?」
「直れ!!そこに直れ!!今から婆殺し用にこさえた禁呪秘術たっぷりと馳走して」
「おい止めろ馬鹿!!民間人を私怨で巻き添えでは皇帝陛下まで敵に回──」
「!?何でそんな大物が。貴方達、一体全体」
「おっと、喋り過ぎた。残念だがお嬢さんにもご同行願う事になりそうだ」
「……ッ!!」
ベルトランが指を鳴らすと十重二十重に黒服がツクヤを取り囲み始める。
遊びは終わりと言う事らしい。揺れる列車。大河は迫る。
カジャ=デュローは決意した。逃げ出すならば今しかない。
「カジャ=デュローは男の子ォオォーーーーッ!!」
気合一声。べそかくアンリを引っ張り、何事かと一瞬動きを留めた衆人環視の
ど真ん中に突っ込み、驚いたような顔のツクヤ=ピットベッカーの腹を抱え──
それから勢いよくのっぽの冒険者は地を蹴り、虚空に向かって跳躍した。
直後、眼下の大河に大きな水しぶきが上がる。
「いやー、逃げられちゃいましたなぁ」
「うむ。それで、何か策はあるんだろう?」
「そりゃボクちん天才ですから。でも、デヴィア様の確保を先にシマショ」
「良いのか?逃げられるぞ」
「物資も無く当てもない旅は無理無理かたつむりヨ。あの近くの街に立ち寄る。
あの身なりの冒険者、恐らく鉄道警備での移動中、となれば候補は自ずと」
「目論見が外れたら?」
「そうなりゃ勿論、皆で足で探す、と。お仕事お仕事。
それに、あの小僧共が箱本来の使い方知らなきゃどーという事は無い」
「……デヴィアお嬢様が聞いたら激怒するぞ」
「言わなきゃ宜しい。あの人、気にしすぎなのヨ。美人だからボクちゃん許しちゃうけどね。そんなに簡単に世界が滅ぶなら、もうお釣りがくる程ホロン部。
信頼信頼、大切ヨ」
「お前の明るさは良いものだな。さて、仕事だ」
言って、ベルトラン=ドゥ=ヴィナンは飛び船が墜落した方向を眺めた。
Next.
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