第4話 変人は双葉より芳し



「盗人に告ぐ!!諸君らは完全に包囲されている!!大人しく投降せよ!!さもなくば……」

「痴女だ!!おい見ろよ、痴女が空を飛んでるぞ!!すげー、ボンキュッボンだ!

皆も見ろよ!今を逃しちゃ今後見れないぜ!!」

「煩い、凡夫共ッ!!ええいっ、やっておしまい!!」


 びしり、と青肌の女が指さすと、客車の真上まで接近した飛空艇から、

ばらばらと五名程の黒服が飛び降りる。

身を乗り出したアンリ=カトルが引っ込むのとほぼ同時に前後両方のドアが開く。

悲鳴を上げる乗客。酔漢の投げた瓶が宙を舞い、三等車の貧乏人共が縺れ合う。


「ヤバイ、ヤバイよ。追い詰められた!挟まれた!!」

「畜生、袋のネズミかよ……」

「そうだ!ネズミ共ッ!きつく灸を据えてやる!

言っておくが、貴様らの身上も調査する!してやるぞ!

何処まで逃げようが追いかけてケツの穴に辛子を詰めてやるからな!」


 たっぷりと!などと憤怒の形相で黒服の一人が絶叫した。

恐らくは宿の一件なり、先の捕り物なりで酷い目にあったのであろう。

余程腹に据えかねたのか単なる変態か。類は友を呼ぶのかもしれないが、

目前にある現実の脅威である事には変わりがない。アンリの顔が青ざめた。


「どうしよう、根に持ってるよ」

「お前のせいだろお前の!!」

「違うよ!!誤解だよ!!全部この糞ノッポがやったんだよ!!

ボクは巻き込まれただけ……」

「流れるように人様売りやがったこの野郎!!」

「押し売りなんぞ門前払いだクソガキ!行くぞ者共!!」


 腰の短棍棒を抜いて揺れる車内で黒服共が迫る。

顔を見合わせカジャ=デュロー、アンリ=カトルは前方に向けて突撃を決定する。


「前に向かって逃走ッ!!アンリ、俺たちには前だ、道は前しかねぇ!!」

「畜生、結局こうなる!!厄日だー!!カジャが儲け話なんておかしいと思ってたんだ!!」

「黒服共っ、冒険者なめんな!!」


 カジャが黒服の一人に体当たり。吹っ飛ぶそいつの傍らをアンリがすり抜け、

もう一方の腰に素早く掌を投げる。手練れの早業に切り取られたポケットから、

黒服の財布を掠め取る。ついでに腰紐を切られて黒いズボンがずり落ちる。

慌てる黒服。ちびが財布を投げ渡す。

両手キャッチ。そこでのっぽの足払いが突き刺さる。

見事に転倒大音響。何やってんだとの罵声を背に冒険者二人は客車の扉を開け放つ。


 この先は上等な客の個室ばかり、さても黒服とて大人しくするか。

一瞬脳裏を過る楽観論は、しかし悲痛な顔で戸を揺するアンリに裏切られた。


「ちょ、開かない!鍵かかってる!!」

「上に逃げる!!俺の手に足掛けて飛べッ!!後から引き上げろ!!」

「チビで軽いと思って無茶苦茶を!!」

「出来んだろうが、やれ!!」


 組んだ掌を足場に天蓋へ飛び付く。閉じた背後のドアが今しも開きかける。

迷っている暇など一秒たりとない。


「そぉい!!」


 掛け声一つ。ちびに続いて壁を蹴ってカジャは跳躍した。

伸ばしたその手を歯を食いしばって踏ん張るアンリが捕まえる。

面白い顔だ、とのっぽが思った次の瞬間、一本釣りに引き上げられ、

すんでの所で迫る追っ手の腕から逃れ出た。


「ケツ辛子なんて変態共は真っ平ごめん被る。で、次の手は?」


 黒服についての認識を下方修正しつつ、アンリが言う。


「次の手。ほら、大分先にでっかい河があるじゃろ」

「まさか……ダメダメダメだッ!絶対ダメだ!仕事がおじゃんになる!

もう期日まで間が無いんだよ!歩いて間に合う訳ないよ何考えてんだよ!」


 パニックを起こしたように首を振り乱して叫ぶアンリ。

爆発音めいた轟音に真横を向く。すると、そこには件の空飛ぶ何かがあった。

半べそで指さしながら尚もちびの冒険者は続ける。


「それに逃げられないよ!!空飛んでるんだよ!ボク泳げないよ!代案を出してよ代案!!」

「大丈夫だ。俺にはプランBがある。腹案を信じてくれ」

「顔真っ青にして汗かいて言っても説得力ゼロだよ!!」

「トラストミー!!」

「いい加減具体的に説明しろーーーッ!!」


 早口で怒鳴り合う冒険者二名。相方に取りすがりながらアンリは頭上を仰ぐ。

そこには、人の技術の大いなる結晶が在った。

腕組みをして青肌がこちらを見下ろしている。そして、傍らには異様な体躯の大男。

丸太の様に太く、地につくほど長い巨腕の持ち主で、その容貌は魁偉であった。


「デヴィア様、行きますよ」

「ええ。任せるわ。さぁ、もう一丁やーっておしまいッ!!」

「給料分はね。大人だもんよッ!!」


 如何なる魔法の技か。青肌が囁くや、一陣の風が飛び降りたブ男の体を支える。

何とかよじ登ろうと悪戦苦闘する黒服共を背に、異様な大男は優雅に一礼した。


「諸君、ご機嫌よう。俺はベルトラン=ドゥ=ヴィナン。君らと同じ冒険者だが、

彼らの雇いだ。弱い者いじめで申し訳ないが、仕事をさせてもらおう」


 顔に似合わず、実に堂々たる所作であった。冒険者二人の悲鳴が大きく響く。

逃げ場は最早ない。彼らの冒険はここで終わってしまう、筈であった。



/



 がたごとと揺られながら、頬杖をついて女が車窓を眺めていた。

一等客車の個室には彼女一人。傍らには旅行鞄が一つ。

皇国肝煎りで開発、敷設された蒸気機関車という物は随分と結構なものだ。

未だ魔物の跳梁跋扈やその被害が無視できる程低減しないこの国において、

新式の鉄の化け物はそれでも街から街、土地から土地へと互いに物や人を運ぶ。


 どれほど強大な魔物が在ったとて、次から次へ途切れもなく汽車は続くのだ。

増産に次ぐ増産、供給また供給による強引極まる力業を振り回し打倒する。

それが未だどんな軍によっても不可能であった国内の安定と平和を作り出していた。

正に世は大鉄道時代。大冒険時代。人類の再拡大期は目前だとの主張も強い。

道だ、道だ、道の為の我が皇国だ。時の皇帝がそう言ったか言わないか。

ともあれ、勢いよく移り変わっていく景色はどれだけ眺めていても飽きないものだ。


 投げ出された荷物の中からひょい、と付箋と書き込み塗れの手帳を取り出す。

かけていた丸眼鏡を直す。日程の確認だ。都より揺らり揺られて終点へ。

そこからは徒歩。かなりの強行軍ではあるが、冒険も魔物生態研究所の伝統。

本格調査前の下調べという大役を請け負ったからには、

是非とも現地までの完璧にして愉快なる旅のしおりを作り上げねばなるまい。


「調査、調査、分析に思考、記録。うんうん、大丈夫大丈夫。きっと上手く行く」


 自分を励ますように呟く。

遥かなる僻地より上京して、夢と憧れの弊職に就いたからには、

その期待を裏切るなどあってはならない。日頃の訓練と学業を活かす好機である。

所長からも存分にやれ、一切遠慮はするな。何かあったとしても、この自分と

かの二十四賢者の生き残りにして学術都市の主がケツを持つ。

そう、実に頼もしい激励のお言葉を頂いているのだから、大丈夫。きっと。


 どう考え直しても主観的には抜け漏れの存在しない計画であった。完璧だ。

思案した直後、車外より爆音。驚いて目を見開き、窓の外を眺める。

何だか正体が良く解らないが、機械式らしい何かが空を飛んでいる。

目を擦って再び見る。見える物に変化はない。つまりは現実という事だ。


「ううむ、これは一体どうした事だろう。魔物じゃないし、多分機械だし。

乗ってたの、多分皇都の警邏と……身なりからして北方魔国の人?うーむ」


 これは面白い謎かけだ。小首を傾げて顎に指。三等車からの騒音と罵声。

驚いて振り返る。すると、何者かが客車のドアを激しくノックする音。

車掌が慌てて走る。想定外のトラブルでも起こったのかもしれない。

周囲を見渡すと、何事かと紳士淑女たちが口々に勝手な事を言い合っている。

僅かな躊躇い。しかし、先達の教えを胸の内で反芻する。


「疑問があるなら直接の調査!よぉし」


 手荷物を引っ掴むと帽子を被り、若き女学士は出陣を決意する。

走る。床板を蹴って飛ぶ。天蓋の端を引っ掴んで腕力任せに片腕で体を持ち上げる。

見た目通りの淑女ではない。彼女の名はツクヤ=ピットベッカー。

冒険者共には預り知らぬ理由で動く、魔生研の──即ち。


「せやーっ!!」


 元気の良いかけ声と共に体が華麗に宙を舞う。

身を捻って見事に着地。振り向くと縺れ合う冒険者らしき二名と魁偉な男。

彼女こそは99%は変人、残り1%は手の付けられない変人と世に謳われる──

今生を謳歌する一個の魔物生態学者、のたまごであった。



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