第3話 飛んだ野郎共



 鞄と袋に冒険者の七つ道具を詰め込み、背負い込み、

今度は駆け込む事となった駅舎で切符を示す。パチン!切り込み一つと引き換えに、

前のめりに飛び込んだホームでは、今しも出発寸前の列車が見えた。


「ぜー、ぜー……ちょっと、ちょっと待って。いや、ダメ。カジャ!!このままじゃ」

「待てー!その列車ちょっと待て!待ってくれ!

おい走れ走れ走れ!!ケツに飛び乗りゃ乗れる!!」


 動き始めた列車。駆ける冒険者。ホームの車掌が止める暇も無い。

どの道、ここから出発する汽車は一本道。迷う必要は無い。しかし急がねばならぬ。

二人組は走る。ぐんぐんと客車が過ぎていく。最後尾の緩急車に手を引っ掛け、

カジャ=デュローが飛び乗り、アンリ=カトルを引っ張り上げる。

振り返れば丁度、黒服共が雪崩れ込む所が見えた。


 間一髪逃げ切ったようだ。ひっくり返りながらほっと胸を撫で下ろす。

そうして転がり込んできた冒険者二人組を車掌の奇異な視線が捕まえた。


「お客さん。切符を拝見」

「大人二名。終点まで。冒険者、仕事でね」

「ああ、なるほど。三等客車の方にどうぞ。幸い、空いております」


 促され、息を吐き切符を見せる。

現代の皇国において、鉄道というものは正しく国家の大動脈である。

運河の通らぬ土地にも物資を運び、泥濘の悪路の最中に浮かぶ無数の小島を

一つの国に結び合わせる機能を果たしているのだ。

国内と言えど長らくの分断からの統合である。

いや、ひょっとすれば史上初めて国家というものが発見されたのやもしれぬ。

多少奇妙な客であれ受け入れる度量無くば車掌などとても務まらないに違いない。


「さぁ、こちらです。どうぞ」


 閑話休題。皮を張っただけの固い座席にぐったりとしながら冒険者二人は

漸く一息と、大きく深く呼吸を繰り返した。

水を飲み、包んでいた食事の残りを口に放り込み、それから周囲を確認する。

車掌の言葉通りにまばらな乗客が思い思いに過ごしている。


 彼ら同様の冒険者が酒を引っ掛けている姿があり、

地方に返る途中の百姓どもがホラ話に花を咲かせているかと思えば、

どこぞの行商人の女が子供に乳をやっている。そして件の美人の姿はない。

まぁ、三等車に陣取る風体では無かった故さもありなむ。


 それら騒音を汽車の轟音が全て纏めて平らげて。やがて誰かがトンネルだと叫ぶ。

すると客共が周囲の窓を閉め、続いて車内が真っ暗に。

安普請の鎧戸からは煤煙が染み込み、誰かの咳。すぐに光が舞い戻った。


 トンネルを抜けると、開いた窓の向こう、彼らの都は彼方に在った。

カジャは感慨深げに身を乗り出す。レール伸びる草原に、不意に大きな影が落ちた。

渡り鳥か何かだろうか。何だと顔を上げるや奇妙な大音声が襲い掛かって来る。


「聞こえるか?聞こえるだろう。そう、轟きにも負けじとお届けに参りました!!」


 それは伝説に歌われる龍といかいう存在の類であるのだろうか。

聞けば、彼らは人間にとっては奇妙な性格であり、人語を理解すると言う。

魔法の如く張り上げられた声へカジャが顔を向ける。そして固まる。

その脇からアンリが顔を突っ込んで強引にも外を覗こうとしていた。


「ちょっと!!カジャ!!何してんの!!ボクにも見せろよずっけぇぞ!!」

「黒服だ。黒服が空を飛んでる」

「気でも狂った?そんな筈──」


 言葉が止まる。のっぽと同じくアンリが固まる。

眼前では彼らの想像を絶した存在が宙を駆けていた。

そそり立つ大きさの、膨れ上がった皮風船に船らしきものがへばり付いている。

甲板の上には黒服の群れ。船の尻には平たい舵のようなものが回転している。

舳先から何者かがこちらを睨みつけている所まではっきり確認できた。

兎に角異様に目立つ格好である。ともすれば風邪ひきの心配をされるであろう姿。

一言で言えば、三文小説の敵役を連想させる装束だった。


「ハハハハ!ハハハハハ!!ハーッハハハハハ!!」


 そいつは腕組みして笑いながら立っている。月影の様に蒼い肌の美女だった。

肌を晒している女性に思わず鼻の下を伸ばしたカジャにアンリの肘鉄。

悶絶する冒険者。矢鱈と哄笑する美女。


 謎だ。

冒険者達にはそれが俗に魔族だの魔物だのと呼ばれる異種である事は理解できた。

それ以外は何一つ理解が出来ない。第一、何であんな場所で笑うのだ。

マントが風をはらんでそのまま吹き飛ばされてもおかしくない。

常識的な疑念はさておき、自分達が狙われているであろう事は容易に想像がつく。


「欲求不満か旦那の不満でも抱えてるのか、この露出狂め!!」


 それは見事に中指をおっ立てたアンリ=カトルから罵倒が口火を切って迸る。

高らかな笑い声は続き返事はない。よろよろとカジャが立ち上がった。


「こ、こんにゃろ。俺は砂袋じゃねぇんだ。穴が開くだろうがッ……」

「キミだってボクを叩くだろう。って、それどころじゃ無さそう」

「何で魔族があの黒服共とつるんでるんだよ!!」

「知るもんか!!世の中にはボクらの知らない事が一杯あるんだ!!

不思議は沢山なんだ!」

「陰謀論かよ!!はた迷惑な。目の前の現実を見やがれ!!」


 宮廷の陰謀かそれとも軍の暴走か。

はたまた魔王や現世より消失した勇者の策動か。

国際謀略組織、陰に日向に暗躍する教団や謎めいた古代種の仕業なのかも知れぬ。

或いはかつて世界を動かしたとか言われる二十四人委員会という駄法螺の類か。

酒場や冒険者の噂で語られる数多の陰謀論に与太話が冒険者二人の脳裏を過る。

馬鹿な話と一笑に付すには目の前の現実が明晰で──美女が二人を指さした。


「そこのコソ泥二名に告ぐ!!私はデヴィア。デヴィア=ジャックポット。

北の国より来た!さぁ、とっとと盗んだ物を返しなさい!」


 それは一方的な宣言であった。そして見事なポーズであった。

どうにも奇妙な名前に思えたが、ひょっとすると偽名なのかもしれない。


「人違いだ!!多分見間違えたんじゃないか。お姉さんとはもっと別な出会いを……」

「嘘おっしゃいな!!それ、もっと寄せて!寄せなさいって!!」


 号令一下。

飛び船が傾き客車に迫る。黒服共が帽子を押さえながら身を乗り出している。

飛び船での切り込み戦術か。船の形をしている以上似たような事は出来るのだろう。

棍棒を抜き、コートを風になびかせる黒い群れは汚名返上とやる気十分に見える。

冷静なる予想であった。身を乗り出したカジャが顔を青くする。


「やべーぞ、乗り込んで来るつもりだ」

「どうすんだよ、どうすんだって!!ねぇ!」

「俺に聞くなっ。どーにかするしかねぇだろうがっ」

「ノープランかよっ、ノープランだよねまた!?」

「高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変だ!!」

「それを行き当たりばったりって言うんだお馬鹿―――ッ!!」


 首根っこに縋り付いて喚くアンリ。何事かと乗客たちの注目が集まり始める。

しかしながら、そんな些末事を気にしているような場合ではない。

たかがスリ一人にここまでの大捕り物。こんな事になるとは思いもよらぬ。

今更ながら仕出かした事の重大さを悟るが時すでに遅しであった。


「出たとこ勝負だ。お前も覚悟を決めろッ」

「説明、説明はまだ!?どうしてそうなるんだよ。話せば解る、解る筈だよ」

「バッキャロー、世の中話して解る程まともで利口ならこんな事になるかっ!!」

「うわぁぁぁん!!あんまりだぁぁぁぁ!!正論の暴力だぁぁぁ!!」


 泣けど叫べど状況は変わらない。

冒険者達に未来はない。豚箱に連行される己の姿をはっきりと瞼に浮かべつつ。

カジャ=デュローはともあれ一つ、不敵な笑みを口元に作っていた。



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