作命〈さくいのち〉

天道一真

本文

 子供の時に感じていた疑問は、大人になるにつれてどうでも良くなる。

 四月のとある日曜日のこと。今年で二十六歳になる俺は、歩きながらそう考えていた。

 暖かな春の日差しが、自分や他の人たちを柔らかく包んでいる。

 墓参りの前に、俺は商店街の一角にある花屋に足を運んでいた。色とりどりの花が陳列されている。


「きれいだな」


 花たちを見てそうつぶやいたと同時に、思い出すことがあった。

 それはまだ子供の頃のことだ。母や父、教師は口をそろえてこう言う。


『命は平等に、大切にしなさい』


 しかし全部を飲み込むことは出来なかった。そうしてはいけないと思った。

 そして一つ、問いたいことがあった。それでは人間以外の命はどうなのだ、と。

 例えば、牛に豚に魚はどうだろう。これらは人間が生きていく上で必要な食料だ。これらの命は、自分たちが生き抜くために必要だから、殺す。こればかりは仕方が無いと思っている。野菜なども同様だ。

 しかし、例えば目の前の花はどうなのだろう。

 分類するなら〝嗜好品〟だろう。それらは人間が生きる上で必要ではないものだ。にもかかわらず、最低限生きることに満足出来なくなった人間は、さらなる快感を求めて不要に命を散らしていく。

 花も、他の植物も、動物も、人間に尽くすために生まれてきた訳ではないのに、人間のために散っていくのだ。

 命は他人のものでもある、と言う人もいるだろうが俺は決してそうは思わなかった。命とは今そこに存在する個体のものであり、何にも侵されることのない絶対的なものだと思っているから。

 決して命は、他の命のために存在してはいけない。


「何を思い出してるんだ、俺は」


 そんな自分に呆れながら花を見繕い、購入し、すぐに店を出た。それから少し歩いて最寄りの駅から電車に乗る。

 車内で揺られて二十分が経ち、改札をくぐり、目的の霊園に向かって歩く。

 右手に花が入った袋を持ち、地面を擦らないように少し高めに持ち上げて進む。

 堅いアスファルトを踏みしめながら十分間歩き、ようやく霊園に着いた。

 迷路のような砂利道を通り抜け、自分の家の墓石にたどり着く。

 手荷物を地面に置き、俺は掃除を始めた。


「意外と汚いな」


 それでも作業は手慣れているため、十分ぐらいで終わった。そして袋から花束を取り出し、半分に分けて、左右に挿す。

 線香も同じようにして墓の真ん中のスペースに挿し、ライターを使って焚き始める。


「くそっ、なかなかつかないな」


 しばらくして、ようやくすべての線香を焚くことが出来た。ライターをポケットにしまってすぐに合掌し、黙祷する。


「さて、帰るか」


 そうして歩き出そうとした。だがなぜかもう一度、墓を見ておきたくなった。

 振り返って、見る。

 俺の目には同じ墓なのに、最初に来たときよりも華やかに映っていた。

 きっとここがあの花たちの死に場所であり、墓場になるのだろう。  

人間のために生まれ、自由が許されないまま、人間のために死ぬ。

 その美しさは、本当に純粋なものなのだろうか。


「……なんて、もうどうでもいいんだけどな」


 そんなことより酒が飲みたいと思いながら、俺は帰路についた。

 だって、そんなことを言う俺はもう子供ではなく、社会のために生まれて、社会のために死ぬ生き物なのだから。

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