第36話 教会へ

 用意を──ではなく、隠し武器を回収して部屋を出た。


 外には強面の男が二人いた。


「隊商広場までお願いします」


 二人に頭を下げた。


「ああ。お頭から言われてる。そこまではうちが責任を持つよ」


 一家の矜持とやらかしら? まあ、なにかあったら周りからコケにされるんだから名は汚せないわよね。


 答えた男性が先頭に立ち、わたしたちは真ん中に。剣を腰に差した男性が後ろについた。


「……大丈夫なのですか……?」


 横を歩くお嬢様がわたしの腕の裾をつかんでコソッと訊いてきた。


「大丈夫ですよ。安心してください」


 別に二人に護衛されてるからじゃない。イルアが密かに守っててくれるから大丈夫なのだ。


 イルアの依頼はお嬢様を守ることでしょう。なら、広場の騒ぎが収まればお嬢様のところにくるはずだ。その証拠に窓の戸を叩いてくれた。あれはわたしを安心させるために叩いてくれた、との自負くらいはあるわ。


「揺らがないのね」


「内心では揺らいでましたよ。わたしに戦う力はまったくないですからね」


 年下の男の子にも負けるほどに筋力もなく、駆け回る体力だってない。油断したところを一発ならできるけど、それを防がれたら地面に這いつくばって許しを乞うのも厭わない。


 何事もなく町の外に出られ、隊商広場までやってこれた。


 昨日の襲撃でいくつかの荷車が燃やされ、焦げた臭いがまだ残っていた。


「ミリア!」


 まるで待っていたかのようにイルアが迎えてくれた。


「ありがとうございました。お頭さんによろしくお伝えください」


 いつの間にか背後にいた二人にお礼を言った。


「ああ。お頭もよろしくとのことだ。気をつけてな、女帝さん」


 だからその悪名を人前で言わないでください。お嬢様が目を丸くしてるじゃないですか。


 二人が去り、イルアに向いた。


「お仕事は済んだの?」


「ああ。実行班はすべて片付けた」


 片付けた、ってところが怖いわよね。まあ、これだけのことをしたらどのみち縛り首でしょうけどね。


「とは言えこの状態だ、出発は二、三日伸びそうだ。お嬢様たちの馬車も壊されたんでな」


 それ、二、三日伸びたくらいで解決しないのでは?


「オレたちの馬車は無事だ。最悪、お嬢様を乗せて王都にいくことも考えている」


「そっか。じゃあ、わたしたちの馬車は平気ってことね?」


「ああ。ミリアがいち早く察知してくれたから逃げることができたからな」


「逃げられたのはリガさんたちの働きだよ」


 いくら察知できても馬車は動かせない。すぐに動いたリガさんとマールさんの活躍があってこそだわ。


「ただ、シスターたちと連絡が取れないんだ。どこに逃げたんだか」


「シスターが逃げると言ったら教会しかないよ。聖騎士のダリオ様もいるんだしね」


 ダリオ様は旅慣れてた。おそらく護衛専門として旅をしてるんだと思う。それなら万が一のとき、教会に逃げ込むことくらいできるはずだわ。


「あ、教会か。言われてみればそうだな」


 たぶん、眠ってなくて頭が回らないんでしょう。いつもなら考えつくことなんだからね。


「あ、あの、タオリたちはどうなりましたでしょうか?」


「オレたちの馬車にいます。こちらです」


 イルアに案内された場所は冒険者組合が借りている厩だった。冒険者組合全面協力、って感じね。


「お嬢様!? ご無事でしたか!」


「あなたは無事じゃないじゃない?! 大丈夫なの?」


 タオリ様の額には包帯が巻かれ、服は燃えた箇所があった。かなり酷い目にあったみたいね。


「お嬢様。タオリ様を休ませてあげてください」


 慌てるお嬢様を落ち着かせ、イルアに水を出してもらってタオリ様を綺麗にしてあげることにした。


 服を脱がすと強打した痕がいくつかあった。これじゃ痛いでしょうに、苦痛を口にすることはなかった。


「これはシスターに回復してもらったほうがいいですね。それまでは横になっていてください」


「ですが……」


「馬車は二、三日動けないとのことですから大丈夫ですよ。お嬢様のことならわたしが対応しますから」


 わたしので悪いが、汚れた服では気持ち悪いだろうと、無理矢理着替えさせた。


「お嬢様。タオリ様が動かないよう見張っててください。シスターを呼んできますので」


 ここなら冒険者組合の目もある。リガさんやマールさんもいたから襲われても撃退できるでしょうよ。


 魔導箱から食材を出し、料理人のおじさんに食事を作るようお願いした。


「イルア。シスターたちを呼びにいきましょう」


 呼びにいくだけなら人をやればいいのでしょうけど、わたしたち以外呼びにいっても警戒されるでしょうし、あそこは一種の魔窟だ。イルアだけいかせたらどうなるかわかったものじゃないわ。


「あ、イベントリー、空いてる? タオリ様の服や食料を買い足しておきたいわ」


「二つ空いてるよ」


 それはなにより。一晩中頑張ってくれたイルアのために美味しいものを作ってあげたいしね。


 厩番のおじさんに背負い籠を借り、ミドーの町にある教会へと向かった。途中、買い物をしながら、だけどね。


「帰りじゃダメなのか?」


「引き留められたときに断る理由だよ」


 イルアは首を傾げるが、これは念のため。ムローゲンの司祭様みたいな方だったら困るからね。


 教会は大抵町の中心部にあるので迷わず到着できた。


 さて。どんな司祭様が治めているのかしらね。


 願わくば取っつきやすい司祭様でありますように。

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