第35話 悪名

 一睡もできずに朝を迎えた。


 お嬢様は度胸があるのか、眠れないと言いつつ体を拭いたら落ち着いたようで眠ってしまったわ。


 ……いつもなら起き出して朝食作りをする時間ね……。


 しないと時間が長く感じるものね。早くイルアがきてくれないかしら?


 あくびを一つすると、窓の戸が叩かれた。言ってる側からきてくれるイルア、大好き。


 戸を軽くトントンと叩き返すと、イルアも軽くトントンと返してくれた。


 つい涙だが溢れそうになるが必死にがまん。今泣いたら力が抜けちゃう。すべてを投げ出してしまう。それではイルアに迷惑がかかるんだからしっかりしなさい、わたし!


「大丈夫だよ。ありがとう」


 戸に口を近づけてそっと声にした。


 ちゃんと伝わったことを証明するように優しく戸を叩いてくれた。


 戸の向こうにいるイルアが去っていくのがわかる。その温もりも優しさもね。


 ……うん。大丈夫。わたしはやれるわ!


 気持ちを切り換えると、今度は廊下側の戸が叩かれた。


「朝だ。起きているか?」


「はい。起きてます」


「朝食はどうする? 食欲があるなら運ばせるぞ」


「はい、お願いします。運んできてください」


「わかった」


 なんとも礼儀正しい組織だこと。こう言うことよくあるのかしら?


「……ミリア……」


 さすがに今ので起きたようね。起きなかったらどんだけよって話だけど。


「おはようございます。気分はよろしいですか?」


「ええ。ごめんなさいね。手間を取らせてしまって」


「構いませんよ」


 これも報酬のうち。それにお嬢様になにかあればイルアが困るしね。


 見張りの人にお湯をお願いし、お嬢様の身嗜みを整えた。ちなみに部屋には厠がついてます。


 残り湯でわたしも顔を洗い、拭けるところは拭いて綺麗にする。今日の夜は湯浴みできるといいな~。


 見計らったように朝食が運ばれてきてしっかりと食べておく。次いつ食べれるかわからないしね。


「……タオリたちは無事でしょうか……」


「おそらく大丈夫でしょう。イルアがいますから」


 まず間違いなく狙いはお嬢様。他を狙ってる暇はないはずよ。イルアが賊の十人や二十人に遅れを取ることはない。それでも万が一があるから安全なところに逃げ込んだまでよ。


「信頼してるのね」


「もう十数年も一緒にいますから」


 イルアが冒険者になってからは一緒にいる時間も少なくなったけど、それでも過ごしてきた時間は長い。信頼ってより理解してるって感じだわ。


「もう少ししたらここを出ます。イルアたちと落ち合いましょう」


「大丈夫なのですか?」


「もう朝ですからね、賊が襲ってくることはないでしょう。ここの組織も情報収集に動くでしょうからね」


 内部犯行ならこの町の組織が知らないわけないだろうし、外部犯行なら余所者を警戒するでしょう。お嬢様を見つけても昼間は騒がないはずだわ。


「少し部屋を出ますので鍵はかけておいてください」


「どこかへいくの?」


「ここのお頭さんにお礼を言ってきます。またなにかあれば頼るかもしれませんからね」


 ムローゲンの町とミドーの町は離れているけど、隊商で繋がっている。ミドーの町と繋がりの強い隊商もいるはず。なら、これを期に挨拶しておくのもいいでしょう。あちらもムローゲンと話をしたいときにわたしと繋がりがあったほうがいいでしょうからね。


「わたしもいったほうがいいかしら?」


「いえ。お嬢様が組織と繋がりがあると思われないほうがいいですよ」


 お嬢様の正体は知らないけど、かなり高位貴族なのは確かだ。なら、裏の組織と繋がりがあるのは醜聞。どんな噂が上がるかわかったものじゃない。わたしが全面的に出ればお嬢様も言い訳は立つし、その責任を取らされることもないはずだわ。


 ではと部屋を出た。


「お頭さんと少しお話がしたいのだけれど繋いでくださる?」


 見張りの男性に毅然とした感じでお願いした。この世界、張ったりも大切だからね。


「わかった。ついてこい」


 こうなることがわかっていたのか、すんなりここのお頭さんのところへ通された。


 通された部屋には五十過ぎくらいの、頭のハゲた男性と三十手前の男性がいた。なんとなく似てるところからして親子でしょうね。


「初めまして。ムローゲンのミリアです。この度は助けていただきありがとうございます」


「ふっ。さすがムローゲンの女帝だ。度胸がある」


「わたしは普通の町娘ですよ」


 別に組織として動いてないもの。


「アハハ! とんだ普通もあったもんだ。なるほど、その歳で女帝と呼ばれるだけはある」


 ほんと、女帝とか止めて欲しいわ。とんだ悪名よ。


「この度の貸しはいつかお返しさせていただきます。ムローゲンでお困りがあればお声をかけてください。お力にならせていただきますので」


 見た目はともかく、このお頭さんは賢そうだ。こう言えばわたしがなにを言ってるか理解できるでしょうよ。


「もったいないな。女帝でなければうちの孫の嫁になってもらいたいところだよ」


「ご冗談を。生意気な女などお孫さんには害でしかありませんよ」


 わたしを知ってるならイルアのことも知ってるはず。その関係もね。わたしの為人を探るためのものでしょうよ。


「そうだな。ムローゲンで困ったら女帝の力を頼るとしよう。あと、仲間と落ち合えるまでうちの若い者に護衛させよう」


「貸しばかり増えますね」


「なに、女帝と繋がりができたんだから貸しにはしないさ」


 ありがとうございますと、お頭さんの前から下がった。


 ほんと、見た目詐欺のお頭さんだわ。


 心の中でため息を吐き、部屋へと戻った。

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