第34話 自己防衛
男たちに案内されたところは造りのしっかりした館だった。
娼館、ではない。おそらく組織の頭が住むところでしょう。まさか、こちらに連れてこられるとは思わなかったわ。
お嬢様もなにか違うと悟ったのでしょう。わたしの外套を握り締めてきた。
「大丈夫ですよ。これは優遇してくれてるので」
「アハハ。さすがミドーまで名が伝わってくるだけはある。いい度胸してるよ」
わたしの声が聞こえたようで、何人か殺ってそうな男が可笑しそうに笑った。
「この世界、信用は大事ですからね」
無法な世界だからこそ掟は厳しく、信用を重んじる。でなきゃ荒くれ者を纏めるなんてできないからね。
……まあ、出すものは出さないといけないけどね……。
男たちに通されたのは屋根裏ではなく、ちゃんとした客室だった。
「湯が欲しいなら言いな。外に若いのがいるからよ」
「ありがとうございます。お頭様によろしくお伝えください」
お嬢様から受け取った金貨二枚を男に渡した。
「ああ、伝えておくよ」
男たちは金貨を確かめ、ニヤリと笑って部屋を出ていった。
「ハァ~」
ひとまず乗り切れたことに安堵のため息が漏れた。
ムローゲンで仕入れた知識だったからこのミドーの町でも通じるかは不安だったけど、ちゃんと教育された組織でよかった。やはり王都が近いだけあって纏まりがないとやっていけないんでしょうね。
「お嬢様。ひとまず安全ですので休んでください」
金貨二枚の価値(威力か?)はあった。まあ、一晩で金貨二枚なんて法外だけどね。安全には代えられないわ。
「さすがね」
なにがさすがは追及しないでおく。そりゃ、これだけのことやっていればなにか言いたいでしょうからね。
……こんなことして、タダの町娘と言っても笑われるだけよね……。
生きるために、楽をするために、イルアのお金を使って町の子どもたちを利用した。それが徐々に大きくなって町を仕切る一家にも勝ってしまった。
確かにわたしが主導してやったけど、それを可能にしたのはイルアのお金と武力があったから。それがなければ町の子たちを纏めるなんてできなかったでしょうよ。
「お嬢様。眠くはないですか?」
「ええ、まあ。目が冴えて眠れる自信はありません」
でしょうね。わたしも眠気なんてぶっ飛んでるわ。
「湯をもらいましょう。さっぱりすれば気分も落ち着くでしょうからね」
夕方に湯浴みしたでしょうけど、あんな出来事があって汗もかいたでしょう。さっぱりして次に備えたほうがいいわ。
「ミリアは本当に落ち着いているのね。襲撃者が襲ってくると思わないの?」
「お嬢様を襲った者がなんなのか知りませんが、町の者と繋がっていればこんな待遇は受けませんよ。それにもし、ここの者たちがわたしたちの油断を誘うなら朝まではなにもしてくることはありません。なら、それまで優遇を受けるまです」
まあ、この町の組織とお嬢様を襲った者に繋がりは十中八九ないでしょうね。
あれだけの騒ぎを許し、隊商の流れを止めることに手を貸したとしれたら他の町から総スカンを食らってしまう。流通やお金を止められて、少しずつ絞められていくわ。
「それに、このていどの組織、イルアなら簡単に壊滅できますよ」
魔物を相手に命を賭けてお金を稼いでいる。殺るべきときに躊躇いなんてしない。この組織がわたしのことを知っているならイルアのことだって知ってるはずだ。その強さを、ね。
「イルア様を信頼しているんですね」
「長い付き合いですからね」
わたしたちはタダの幼馴染みではない。物心つく頃からともに支えて生きてきた相棒でもある。このくらい信頼するほどでもない。いつものことよ。
戸を開けると、見張りの少年が立っていた。
「お湯と体を拭く布をいただけるかしら?」
「わかった。すぐに用意する」
お願いしますと、すぐに戸を閉めた。
「お嬢様。靴を脱いで楽にしててください」
スカートの裾から木の串を出し、寝台の下、机の底、卓の隙間に入れておく。
「なにをしているの?」
「万が一のときのために武器を隠しているんですよ」
いつどこから襲撃者が入ってくるかわからない。わたしもいつどこの位置にいるかもわからない。だから、どこにいてもいいように武器を隠しておくのだ。
「……用心深いのね……」
「自分の身は自分で守らないといけませんからね」
町の中も安全ではない。イルアの稼ぎを狙って押し込むバカもいるものだ。自己防衛は必須なのよ。
しばらくして戸が叩かれ、先ほどの少年が盥に湯を入れてきてくれた。
「ありがとう。これはお礼よ」
銅貨を二枚、少年の手に握らせた。
これで少年の心をつかもうとは思わないけど、心象はよくしておく。このちょっとした心象のよさがいざってときに役に立つのよ。
「なにかあれば言え」
ぶっきらぼうだったけど、頬が微かに綻んでいた。規律は高そうだけど、チョロい性格のようだわ。あれはあと一押しすればコロッと落ちるわね。
「お嬢様。体を拭きますので服を脱ぎますね」
自分で体を洗ったことないくらいの身分なので、わたしがやるしかない。これも追加報酬に加えておかないとね。
まどろっこしい服を脱がせ、お嬢様の白い肌を絞り布で拭いていった。
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