第33話 わたしはタダの町娘です
背後で何度も爆発を起こしているけど、わたしは振り返ることなく町の中へと走った。
町育ちのわたしに町の外に出る選択肢はない。出たら最後、一日として生きられる自信はない。暗い未来が待ってるだけだわ。
なら、生存確率は何十倍も跳ね上がる町の中に逃げ込んだほうが賢いわ。
町の人たちも爆発に目覚めたようで、寝巻き姿のまま家から出てきている。
そんな人たちの目線から逃れるよう路地裏へと駆け込んだ。
「ふー」
壁にもたれかかりながら息を吐いた。
毎日動いてはいるけど、一目散に逃げるのは結構体力と精神力を使うものね。
「──さすがですね。行動に一切の躊躇いもないんですから」
と、背後からの声に飛び上がってしまった。
「ごめんなさい。驚かせてしまったわね」
悲鳴を上げないよう口を押さえ、振り返った。
「──お嬢様!?」
が、そこにいた。な、なぜに??
「イルア様よりなにか不測の事態があったらミリアの側に走れと言いつけられてました。町でならミリアに勝る強者はいない。オレの側より安全だとおっしゃってました」
イ、イルアったら……。
「タオリ様たちはどうしました? お嬢様一人なんですか?」
「はい。まずは自分の安全を優先させろと言いつけられてますから」
いくらわたしの側が安全と言え、お嬢様一人とかあり得ないんだけど。それが貴族と言うものなの?
「……無茶をしますね……」
「あなたは無茶はしないでしょう?」
わたしの嫌いな言葉。それは無茶。安全安心安定が我が人生よ。
「はぁ~。わかりました。事態が収まるまで一緒にいましょう」
お嬢様を見捨てて罰せられるなんてゴメンだし、イルアの言葉をウソにするのも嫌だ。ここは、お嬢様を守るしか選択肢はないのね……。
「ありがとうございます」
「どう致しまして」
これはイルアに依頼料を追加してもらわないと気が収まらないわ。
「それで、これからどうするのです?」
「安全な場所に隠れます」
「冒険者組合ですか?」
「いえ、もっと安全なところです」
冒険者組合がお嬢様の護衛を依頼したでしょうが、冒険者組合は一枚岩でもなければ情報統制も緩い。冒険者組合に向かったら絶対襲撃者の耳に入るでしょう。そんな危険な場所に逃げ込めないわよ。
「こっちかな?」
この町にくるのは初めてだけど、城塞都市の造りなんて似たようなもの。町に住む者を相手にする区画と外からきた者を相手する区画はわかれているものだ。
わたしたちが向かうのは町に住む者を相手する区画だ。
「お嬢様、お金は持っていますか?」
「万が一のときのために金貨は何枚か持たされています」
万が一を考えられる人が背後にいるってことか。厄介事に慣れた人っぽいわね。いや、順風満帆な貴族はいないって聞くし、嗜みとして教えているのかもね。
「では、その金貨をいただけますか? 安全を買います」
わたしだけなら手持ちでなんとかなるけど、お嬢様もとなると金貨を使う必要はあるでしょうよ。
「信頼できる場所なのですか?」
「町で生きるなら信頼より信用を重んじるんですよ」
信頼なんてものは同等の相手に生まれるもの。組織を相手するなら信用が重要視されるのよ。
「信用、ですか?」
「町は狭い世界です。騙し騙されをやっていたら町はあっと言う間に争いが生まれます。そんな町で生きるなんて無理です。生きていくには信用を築かないとダメなんですよ」
信用は生きるための掟だ。掟を軽んじたら町では暮らせないのよ。
「町には町を仕切る組織があります。まあ、商人組合だったり職人組合だったりね」
組合の力は大きいものだ。絆も固い。その分、そこから外れたら厳しいものだ。もうその町では暮らせないくらいにね。
「わたしたちが頼るのは裏の組織です」
「裏の組織? 危険なのでは?」
「危険ではありますが、裏の組織も稼げなければ組織は維持できません。外の者なら騙したりもするでしょうが、裏には裏の掟があり、信用があるんですよ」
組織によりけりだけど、その町が暮らしやすいなら裏の組織がきっちりと仕切ってる証だ。
「女だけで路地裏に入っても暴漢が現れないってことは組織がしっかりと見張っているってことです」
おそらく、縄張りを守るために見回りをしているんでしょう。この規模の町ならね。
「ミリアも裏の組織なの?」
「わたしはタダの町娘ですよ」
そんなことねーだろ! ってお嬢様の目が言ってたけど、ここはサラッと流しておいた。
「とにかく、そこにいきます」
お嬢様の手をつかみ、路地裏の奥へと向かうと、それっぽい二人組の男性が現れた。
「お嬢ちゃんたち。こんな騒がしい夜に出歩くもんじゃないぜ」
厳つい顔で笑う男たち。でも、下卑た笑いをしないのがこの町の格を示している。
「わたしはムローゲンの者です。屋根裏を貸してもらえませんか?」
屋根裏は隠語。そちらの組織に匿って欲しいって意味だ。
「……ムローゲン? ああ、あんたが噂の女帝か。本当に若い娘だったんだな」
じょ、女帝? わたし、そんなあだ名で呼ばれてたの!?
「わたしはタダの町娘です」
「ふふ。そうだったな。タダの町娘だったな。失礼した」
ヤダ。わたし、なにかとんでもない勘違いされてる!
「こっちだ。ついてきな」
誤解を解きたいけど、ゆっくりもしてられないので男たちのあとに続いた。
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