第32話 恥じることなし

 夜、嫌な予感がして目覚めてしまった。


 この旅はなにかある。そう覚悟してはいても、こうして嫌な予感に目覚めると気が重くてしょうがない。もっと図太い神経を持って生まれたかったわ……。


 旅のときは寝るときも旅用の服は着ておけとイルアに言われていたので、布団にそのまま寝ていたけど、暗器は外していたので、手元に置いていた暗器をつけた。


 靴を履き、紐をしっかり結び、外套も纏っておく。着の身着のままで逃げ出すとか死んでくれと言われてるようなものだからね。


「……ミリア、どうかしましたか……?」


 ごそごそやっていたらラミニエラが起きてしまった。いつもぐっすり眠っていたから神経が図太いのかと思っていたのに。それともなにか気配を察知したのかさはら?


「静かに。服を整えててください。もしかすると騒ぎになるかもしれませんから」


 ならないことを切に願ってるけどね。


「なにかあったの?」


「これからあるかもしれません。念のため、整えてていてください」


「ミリアがそう言うならわかったわ」


 なぜわたしが言うなら従えるかはわからないけど、納得して行動してくれるならなんでもいいわ。


 御者台から出ると、夜担当のリガさんが物音に気がついてこちらを見ていた。


「どうした?」


「嫌な予感がしたもので。イルアは?」


 表向きは隊商の護衛なので夜は寝る。けど、今見たらいなかった。イルアもなにか気配を感じたのかな?


「依頼だ」


 と短く答えるリガさん。これはリガさんも依頼されているってことだ。まったく、タダの町娘を巻き込まないで欲しいわ……。


「イルアからミリアは勘がいいとは聞いてたが、本当だったんだな」


 まあ、勘がいいのは認める。昔からこの勘のよさで生きてこられた一面があるからね。


 ……まあ、勘がいいからと言って厄介事から逃れたことはないけどね……。


「マールも起こしておくか」


「そうですね。わたしは役に立てなさそうなので」


 暴力的なことにはなんの力も貸せません。タダ、邪魔にならないよう全力で当たらせていただきます。


「なにかあったの?」


 寝起きがいいリガさん。つい先ほどまで寝てたとは思えないほどキリッとしていた。そう言えばこの兄妹、冒険者の位、なんだっけ? この感じだとイルアと同じ鉄の位かしら?


「ミリアが嫌な予感するそうだ」


「あ、イルアの言ってたこと本当だったのね」


 イルアったらわたしのこと、どう伝えてるのかしら? 変なこと言ってたらオカズ一品減らすからね。


「わたしとしては、なにもなければいいんですけどね」


 人騒がせな! と怒られるほうが何倍もマシだわ。いや、是非そうなって欲しいです。


「遅れて申し訳ありません」


 整えたラミニエラが出てきた。


「あ、いや、荷車にいてくれて構いませんよ。なにもないかもしれませんから」


「いいえ。司祭様よりミリアに従えとキツく言いつけられましたから」


 あの司祭様はわたしをなんだと思っているのかしら? わたしはしがない町娘だって言うのに。


 とは言え、わたしはまだ死にたくない。できることがあるならやっておくべきでしょう。


「マールさん。馬をお願いします。暴れてどこかにいかれたら困りますから」


「そうだね。馬の側にいるよ」


 馬は荷車から外されて、水場があるところに繋がれている。なにかあって暴れられたら困るって理由からね。


「リガさんは、いざと言うときは魔導箱をお願いします。あれがあれば食料の心配はありませんから」


 食料が減った分は必要なものを入れておいた。荷車の中でゆったりしたかったしね。


「シスターとタリオ様は、まず命を優先してください。治癒魔法を使える人を失うわけにはいきませんから」


 ラミニエラになにかあったら司祭様になにを要求されるかわかったものじゃない。わたしのためにも死んでもらっては困るのよ。


「ミリアはどうするんだ? イルアからお前を優先させろと依頼を受けてるんだがな」


「わたしは、逃げて隠れます」 


 一切恥じることなく言い切った。


「わたしはわたしの命を優先させます。なので、皆さんは皆さんの役目を果たしてください。邪魔にならないようしますので」


 この中でわたしが一番役に立たないのだから全力で邪魔にならないようするのが皆のため、と言うものだわ。


「ふふ。さすがイルアが信頼するだけあるよ」


「買い被りです」


 信頼してるのはわたしのほうだ。イルアなら仕事をまっとうするってね。


 皆からの生暖かい眼差しに堪えていると、ドン! と凄まじい音がして、暗闇に炎が立ち上った。


 ハァー。本当に嫌なことが起こったよ。


「では、生き残りましょう」


 そう言ってわたしは逃げ出した。 

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