第20話 デカ胸ミホリー

 朝食が終わったら帰る支度をする。


 なんだか買い物にきたような予行練習だったけど、やってよかったのは確かでしょう。足りないものがわかったんだからね。


「じゃあ、帰るか」


 荷物を積み込み、わたしたちも乗り込んだら、イルアのかけ声で馬車が出発した。


「シスター。酔うときは外を眺めてなよ」


「はい。ありがとうございます」


 わたしも酔わなかったけど、外を眺めるとしましょう。ただじっとしているのも暇だしね。


 横の幕を捲ると、イルアが馬車の横を歩いていた。


「やっぱり乗らないんだね」


「まーな。ほんと、乗り物酔いするとか情けないよ」


 別に情けないとは思わないけど、イルアにも弱点とかあったりするんだね。


「魔導箱の当てはあったりするの?」


「さすがにすぐは手に入らないだろうから、デカい木箱を作ってもらってインベントリに入れるよ」


「なら、鍋をたくさん買って入れておこうか? 雨の日だと火も炊けないだろうし」


「あ、雨の日のことを考えてなかったわ」


 冒険者らしくないセリフに聞こえるのはわたしだけかしら? まあ、イルアは雨が降っていたら休むか迷宮にいくかだけどね。


「鍋、買えるのか?」


「大きいのは買えないけど、中くらいのをいくつか買って、魔導コンロで温めれば大丈夫だと思う」


 荷車の中なら温めることはできるわ。


「インベントリには食材を入れて、魔導箱には荷車の中でも出せるものを入れたらいいと思うわ」


「そうだな。そうするか」


「帰ったら持っていくものを決めて、一度入れてみたほうがいいと思う」


「了解。組合の倉庫を借りてやってみるか」


 そんなことを話していると、前方から馬車がやってきた。


 道は馬車一台分の幅しかない。どうするんだろうと思っていたら、こちらの馬車が道から外れて道を譲った。どうして?


「数が少ないほうが譲るんだよ」


 御者をやっているマールさんが教えてくれた。へ~。


 小規模の隊商のようで、五台しか連なっておらず、何事もなくすれ違った。


「挨拶とかしないんですね」


「まあ、知り合いでもなければ、こちらは隊商でもない。あちらからしたら不審馬車。挨拶より警戒するさ」


 町の外は世知辛いのね。まあ、魔物が出たり盗賊が出たりするって聞くし、そう言うものなんでしょうよ。


 馬車は道に戻り、平和な移動が続き、お昼前に町へと到着できた。


 そのまま冒険者組合へと向かい、予行練習は終わり──にはならず、魔導コンロの使い方を覚えるために厩舎の横で昼食作りを開始した。


 魔導コンロは中くらいの鍋を乗せれるくらいしかなく、二人三人なら充分でしょうが、イルアの胃を満足させるとなると、あと三つくらい欲しいわね。


「肉を焼くにはいまいちね」


 火力がまるで足りない。生焼けだわ。


「まあ、基本、湯を沸かすものだからな」


「お肉を焼く用はないの?」


「悪い。そこまでは聞かなかった」


 もー、しょうがないな。大事なことなのに。


「肉は鉄鍋で焼くとするわ」


 魔導コンロは雨のときに使うことにすればいい。雨も連日降るわけでもないんだからね。


「いい匂いがすると思ったらあなたたちだったのね」


 昼食を食べているとデカ胸──じゃなくて、受付嬢のミホリーさんがやってきた。


「予行練習はどうだった?」


「やってよかったよ。やらずに依頼を受けてたら途中で挫折しているところだったよ」


 わたしはミホリーとの絡みは少ないので、相手するのはイルアにお任せ。三脚コンロを立てて、厚鍋をかける。


 水にショーユ、塩、砂糖、葡萄酒、香味野菜を入れて薪で煮る。


「シスター。旅はどうでした?」


 ミホリーさん、今度はラミニエラに話しかけている。


「はい。皆さんのお陰で問題なく過ごせました」


「それはよかったです。王都までは長いですから無理しないでくださいね」


「はい。ありがとうございます」


 噛み合っているようで噛み合ってない二人の会話。気がついているのはマールさんくらいだろう。ずっと背を向けているわ。


 わたしもそうしたいと全力で関わらないようにしてるけど、空気を読んでいたら荒くれ者を相手に受付はできない。幾人もの男を誑かしてきた笑顔を浮かべてこちらへとやってきた。


「いい匂いね」


「それはよかった。ショーユは独特の香りだから受け入れられないかと思ってましたから」


 こちらも笑顔で接する。


「砂糖が混ざってるの?」


「はい。砂糖は欠かせませんから」


「いいわね、砂糖。もっと運んできてくれるといいのだけれど」


「仕方がありませんよ。砂糖は暖かいところで生る植物ですからね」


 砂糖を運んでくる隊商とは商業組合の立ち会いのもと、わたしと契約書を交わしている。冒険者組合に割り込む隙はない。いや、わたしをどうにかしない限りは、ね。


「でも、一月近く王都にいきますから、その分を融通しても構いませんよ。もちろん、色をつけてもらいますけど」


 砂糖は長持ちするものだ。しっかりした倉庫で保存すれば数年は持つ。無理して売る必要もないのだから色をつけてもらっても罰は当たらないわ。


「ミリアは商売上手ね」


「本当の商人から見たら児戯に等しいですよ」


 わたしはイルアが稼いでくる資金で海千山千の商人と渡り合っているだけ。本気で仕掛けられたら勝ち目なんてないわ。


 ただ、駆け引きをして逸らすことはできる。この機会に冒険者組合に譲歩しておきましょう。なにかあったときに譲歩してもらえるように、ね。


「ふふ。謙遜しちゃって」


「そんなことないですよ」


 わたし、この人とはわかり合えることは一生ないと自信をもって言えるわ。

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