第19話 朝

 生まれて初めて荷車で眠った。


 遠くで狼の遠吠えやなにかの獣の鳴き声が聞こえたけど、イルアたちがいるのだからなにも怖くない。安心して眠れる──と思ったら、ラミニエラがわたしに寄ってきた。


「シ、シスター?」


「ご、ごめんなさい。怖くて……」


 意外と怖がりなのね。いや、これが当たり前なのかな? これまで町から出たこともなく、守る壁もない。遠くからは獣の鳴き声。初めての旅で心細くなってるところにこれでは怖くなってもしょうがないわね。


 ただ、その無駄に大きいものを押しつけないで欲しい。と言うか、大きいわね!


 なにか言ってやりたいけど、わたしも初めての旅に疲れている。胸の圧力に堪えながら眠りについた。


 朝、疲れているのにいつもの時間──だと思う時間に目覚めた。


「……体痛い……」


 下に毛布を敷いたけど、硬い板の上では大した柔らかさもなし。うちの寝台が懐かしいわ。


 わたしの腕をがっちりつかんでラミニエラを外し、荷車の外に出た。


 山が近いからか朝はちょっと寒いわね。厚手のものを持っていったほうがいいかしら?


「あら、おはよう。早いのね」


 寒さに体を擦っていたらマールさんに話しかけられた。


「おはようございます。マールさんだけ見張りですか?」


 リガさんと一緒じゃなかったっけ?


「いや、兄貴は小鬼猿を追い払いにいってるよ。あいつら、意地汚いからね」


 釜戸を見るマールさん。スープの匂いに釣られてきたってことかな? 


「よく眠れた?」


「はい。体が痛いですけど」


「旅慣れてないとそうだろうね。わたしも冒険者に成り立ての頃は寝れなくて酷かったものさ」


 女性で冒険者。想像もつかないけど、きっと楽ではなかったはず。こうして笑ってられてるんだから凄い女性だわ。


 水を溜めた樽から桶で掬い、顔を洗い、軽く髪を梳いて後ろで纏める。


「マールさん、火をもらいますね」


 焚き火から火をもらい、釜戸に火を入れた。


「朝食、すぐに作りますね」


 昨日のスープを温めてソーセージを入れるだけの簡単な朝食なんだけどね。


「ああ、楽しみにしてるよ」


 なにかすっごく嬉しそうなマールさん。なに?


「護衛の依頼はよく受けたけど、朝晩と美味いものが食えるんだから楽しくもなるよ。いつもは硬いパンに豆入りの塩スープだからね」


 それは嫌な食事ね。わたしなら三日で挫ける自信があるわ。


「王都までも護衛してくれるんですか?」


「ああ。今回問題ないなら継続依頼するよ」


 それは継続されるといいわね。マールさんもリガさんも悪い人ではなさそうだしね。


 火が大きくなってきたので薪をくべ、スープを煮立たせる。


 辺りにいい匂いが漂ってくると、荷車の下で眠っていたイルアが起きてきた。


「おはよう。なんだか眠れてないみたいね?」


「地面が硬くて熟睡できなかったよ。ったく。だから夜営って嫌いなんだよ」


「ハハ。冒険者が言うセリフじゃないな」


「オレは日帰り冒険者なんだよ」


 日帰り冒険者か。まあ、泊まりでやる依頼はなかなか受けないしね。的を得てるかもね。


「マール。休んでいいぞ」


「朝食を摂ったらな。一晩煮込んだスープを食べずに休んでられないよ」


「食いしん坊なヤツだよ」


 マールさん、食いしん坊なんだ。そんなに食べてる感じはしなかったけど。


「美味しいものを食べたくて冒険者になったからね。まあ、美味しいものにはなかなか出会えないけどな」


 普通に町で働いたほうが美味しいものを食べれると思うのだけど、マールさんにはマールさんの考えがあってのことなんでしょう。わたしが口を出すことではないわ。


「シスターは?」


「まだ眠っているわ。昨日、なかなか眠れなかったみたいだから」


 わたしはすぐ眠っちゃったので事実かどうかは知りません。


「まあ、教会育ちだからな、無理はないな。ミリアは眠れたのか?」


「ぐっすりとまではいかなかったけど、昨日の疲れが取れるくらいには眠れたわ」


「無理してないか?」


「無理はしてないよ。ただ、旅に出る前までにはクッションは作っておかないとならないわね」


 柔らかい寝台で眠りたいと、イルアがマイダリーダって鳥の魔物の羽根を詰めた布団を作った。


 布団を解体してクッションに作り変えないといけないわね。移動中にも使えるし。


「あークッションな。帰ったらマイダリーダを狩りに出かけるか」


「魔導箱、もう一つないと荷車に入らないんじゃない?」


 食料だけでいっぱいになるだろうし、荷車もいろいろ載せてある。とてもクッションを積めるとは思えないのだけれど?


「……そう、だな……」 


 一流冒険者並みに稼いでいるでしょうが、魔導箱は希少なもの。欲しいと言ったからって簡単に手に入るものではないわ。


 スープがいい具合に煮えたので、ソーセージ、小麦ダンゴを入れる。


「イルア。もう少ししたらできるから顔を洗ってきなさい」


「ああ、わかった。あ、コーヒーも頼むよ」


「はいはい」


 帰ったらコーヒーも手に入れておかないとならないわね。まだ在庫あるかしら?


「マールさんもコーヒー飲みますか?」


「砂糖、ある? わたし、砂糖入れないとコーヒー飲めないのよね」


「ありますよ。山羊の乳もありますからカフェオレにもできますよ」


「あ、いいね、カフェオレ。わたし、あれ好き」


 カフェオレと言う飲み方も広まったものね。昔は苦くて不味いお茶だったのに。


 煮立つまでもうちょっと時間があるので、道具を出してコーヒーを淹れ始めた。

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