第18話 美は一日にして成らず

 夕食も終わり、片付けも終わった。


 明日の下拵えをしようと思ったけど、丸焼きした山羊の残りでスープができると聞いたので、香味野菜を入れて炭火で煮ることにした。


「いつの間に聞いていたんです?」


 スープを作っていたらラミニエラが不思議そうに訊いてきた。


「野菜を買っているときですよ」


「……あ、あのときですか? 何人も相手しながらよく聞き取れてましたね……」


 おばさまたちの中に入ればいつの間にか聞き取れるようになってるもの。これと言って珍しくもないことだわ。


「ミリア。湯浴みの用意ができたから入っていいぞ~」


 天幕を張ってると思ったら湯浴み用だったのね。


 さすがに旅の下では湯浴みは無理かと思ってたけど、イルアは湯浴みを諦めてなかったようだわ。


「イルア、先いいわよ」


「いや、ミリアたちが先でいいよ。オレは見張りを交代したら入るよ」


 そう言えば、リガさんとマールさん、荷車の下で眠っていたわね。早寝する兄妹かと思ってたわ。


「わかった。湯浴みするわ」


 スープ作りは大体終わってるし、続きは明日でも問題ないわ。


「シスター。湯浴みしますか」


「こ、ここでですか?」


「天幕が張られているから大丈夫ですよ。イルアがいるから覗かれることもありませんし」


 厚手の天幕だから透けることもないでしょう。真上から覗かれたら見えちゃうけどね。


 釜戸の火を弱め、鍋に虫が入らないよう蓋をする。


「さあ、湯浴みしましょうか。シスターは着替え、持ってきましたか?」


「一応、下着は何日か分は」


「その法衣はそれだけですか?」


 と言うか、綺麗なのに汚れ一つないわね。わたしの服はもう埃っぽく、灰の臭いがついているって言うのに。


「はい。法衣には魔法がかけられていますから、泥に飛び込むのじゃなければ汚れはしません」


 それは羨ましい限りのものね。わたしも欲しいものだわ。


「え? ちょっ、ミリア!?」


 鼻を近づけてラミニエラを嗅いだら、匂い袋の香りがした。


 年頃の娘なら匂い袋の一つも持っているものでしょうが、清貧を大切にするシスターが持ったりするのね。教会って湯浴みしないものなのかしら? 孤児院は体を拭いたりはするみたいだけど。


 自分を守るように自分を抱き締めてわたしから距離を取るラミニエラ。別に取って食ったりしないわよ。その趣味もないし。


「さあ、湯浴みしましょう」


 諦めていたとは言え、髪もパサパサになって体も埃っぽい。湯浴みできるのは嬉しいわ。


 着替えを持って天幕を巡って入ると、樽にお湯が溜められ、土がつかないよう簀の子が用意してあった。


 ……毎日湯浴みするだけあって抜かりはないわよね……。


 ちゃんと脱衣籠が二つある徹底振り。どれだけ湯浴みに命懸けてるのかしらね? と言うわたしも湯浴み教信者だけど!


 服を脱いで脱衣籠に入れる。そう言えば、洗濯はどうするのかしら? ずっと着っぱなしとか? それは嫌だわ。


「どうしました?」


 下着に手をかけようとしたら、ラミニエラがわたしを見詰めていた。わたし、そう言う趣味はございませんよ。


「あ、言え、肌が綺麗だったもので」


「毎日湯浴みして、手入れしてますからね」


 女の肌は手入れしてなんぼ。なんぼがなんなのか知らないけど、イルアの話では産毛や無駄毛処理は女の嗜みらしいわ。


 イルア、女性が毛深いの嫌いで、脇の毛があったことに絶望していたわ。六歳のときに、ね。


「街の女性は、そう言うものなのですか?」


「う~ん。わたしが始めたら周りも真似るようになりましたね」


 ……特にお肌の曲がり角にいるおねーさまたちには必死に真似てるわね……。


「……そう、ですか……」


 別に肌を見せることもないのだから気にすることもないでしょうが、女心にそんなこと言っても無駄でしょう。女だけの修道院暮らしじゃなく、異性とも接触しなくちゃならない教会暮らしなんだからね。


「シスターも気になるなら産毛を剃ったりするといいですよ」


 さすがに花街で脱毛処理(魔法でね)をするにはいかない。剃刀で剃るしかないわ。


「剃る、ですか」


「まあ、慣れてないと抵抗があるかも知れませんが、毎日やれば習慣になりますよ。歯磨きと同じです」


 極論だとは思うけどね。


 下着を脱ぎ、桶で湯を掬い、体の汚れを流す。


 ヘイのタワシに石鹸をつけ、優しく体を洗い、さっぱりさせたらシャンプーで髪を洗った。


「な、なんですか、髪につけたものは?」


「シャンプーって言う髪を洗う石鹸です。イルアが作ってくれたんです」


 売れば一財産稼げそうなのに、イルアは必要な分しか作らないのよね。作り方を売って何割かもらって、安く仕入れたらいいと思うんだけど。


 その辺はわたしが口出すことじゃないので、必要な分をもらうだけにしてるわ。


「シスターも早く湯浴みしたほうがいいですよ」


「は、はい」


 渋々ながら法衣を脱ぎ、だぼったい肌着を脱いで裸となった。


 法衣の上からでもわかっていたけど、生で見るとそれ以上に大きいもよね。重くないのかしら?


「……そ、そんなに見ないでください……」


 自分は散々見てたクセに。まあ、じっくり見たいものでもないので髪を洗うのを再開した。


「石鹸とシャンプー、使っていいですよ。たくさんありますから」


 ここにあるのはイルアのだ。なら、たくさん使っても文句は言われないわ。インベントリの一つは石鹸とシャンプーを入れているのに使っているようだからね。


 湯浴みを終え、仕上げにコリウルの油を体中に塗りたくる。


 肌によいと言われるもので、塗ると塗らないでは大違いなのよね。


「手間をかけるものなんですね」


「美は一日にして成らず、ですよ」


 コリウルの油もたくさんあるのでシスターにも塗らせた。ラミニエラがどんなに綺麗になろうとイルアの好みから外れているのがわかったからね。問題なし、だわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る