第10話 ゲス乙女

 なんて茫然としたのも少しだけ。イルアが動いたらゆっくりしてられないわ。


 イルアは悩むことが多く、悩んでいる間は動きは鈍くなるけで、一度決めたら迅速だ。失敗なんて恐れないのよ。


 しかもイルアは頭がいい。まあ、常識が欠けるところがあり、非常時なところはあるけど、問題を解決する頭を持っているのだ。


「三十日ほどわたしはいなくなるから、孤児院でジャムの販売をしてくれる? 司祭様にはわたしからお願いするから」 


 今日の分は持ち帰るとして、ライドはまだある。ジャムや蜂蜜漬けにしておけば数ヶ月は保存できるわ。


 計画書を作り、わたしが帰ってくるまで女の子たちが困らないようにする。


 ウーパイやタルタルソースも作りたいけど、司祭様への話もある。イルアには諦めてもらいましょう。


「お駄賃はわたしが帰ってから払うけど、万が一、わたしが帰らないときは作ったものを売りなさい。それなりの値段になると思うから」


 イルアがいれば問題ないでしょうが、旅に絶対はないと言う。不慮の事故もある。帰らないときの場合も話しておくべきでしょう。


「大丈夫。万が一なときよ。イルアがいるんだから無事帰ってくるわよ」


 心配そうな顔する女の子を励まし、安心させてから司祭様のところへと向かった。


 シスターにお目通りをお願いすると、すぐに司祭様の部屋へと通された。


 部屋にはもうラミニエラはおらず、司祭様と年配のシスターがいた。ただ、空気が重いのがなんともかんともである。


「ごきげんよう、司祭様。シスターナリアラ」


 わたしはシスターでないなので、スカートの裾をつかんで一礼した。


「ごきげんよう、ミリア。話はラミニエラから聞きました」


「お許しを出したのですか?」


 この重い空気でわかるけど、希望を信じて問うた。


「……はい。出してしまいました」


 苦悩が返事に出てるわね。


「わたしも同行することになりましたので、孤児院の子たちに仕事をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか? 材料とお金はこちらで用意しますので」


 教会内の事情に口は出せないので、こちらの要望を伝えるだけにした。


「ええ。もちろんです。あなたが仕事を回してくださるお陰で孤児院運営もよくなったばかりか子供たちの躾にもなっていますからね」


 やはり信頼関係を築いておくと話が早くてなによりだわ。


「ミリアさん。あなたから見てラミニエラはどう見えますか」


 話が早かったのはラミニエラのことがあったからでした!


「どう、とは?」


「あなたがラミニエラを見てどう思っているかよ。あなたは相手の本質を見抜いているところがありますからね」


 誤魔化そうにも長年生きた方には通じませんでした! それどころか逆に見抜かれてました~!


 海千山千の司祭様に誤魔化しや偽りは通じない。正直に語るほうが無難でしょうね。


「小さな女の子ががまんしているように思っています」


「なにに?」


 やはり正直に話しても話さない核心を突いてくるわ。


「わたしには生き方に、だと思います。それは、司祭様のほうがおわかりでは?」


 ラミニエラとは顔見知りていど。深い付き合いはないのだから表面上しか見えてないわ。


「……そうね。もう一つ聞かせてもらえる?」


 拒否権がないのでどうぞと、頷いてみせた。


「旅をさせても大丈夫だと思う?」


 また難しいことを尋ねてくる。そんなことわたしに答えられるわけないじゃないですか。


「ただ、あなたの感想を聞きたいだけ。違ったからと責めたりはしないわ」


 嫌らしい尋ね方をする。確実にわたしの言葉を受け入れるクセに。


 けど、答えないと解放はしてくれないでしょうし、これからの関係を考えたら答えないわけにもいかない。そのことをわかっているから本当に嫌らしいわ。


「……治癒師として、聖女として使いたいのなら旅をさせないようにしたほうがよろしいかと思います。シスターラミニエラは、女であることを望んでますから」


 教会は、いや、シスターは婚姻は結べない。女神フレミラの僕として一生を捧げなくてはいけないのだ。


 女を捨てて女神の僕として生きられる女はいないわ。わたしなら絶対に無理だわ。


「……そうですか……」


 深いため息を吐く司祭様。わたしに尋ねなくてもわかっていたのでしょうね。


「シスターラミニエラを聖女にしたいのですか?」


 これは不味い方向に流れている。わたしに不利な状況になっている。ここで修正しなければ後悔することになるわ。


 わたしの問いに、司祭様は真意を見抜こうと見詰めてくる。メッチャ怖いのだけれど……。


「……そうしたいと思っているわ。あの子の治癒力は凄まじいですから」


 聖女になる素質はある、ってことね。


「なにか方法があると?」


「方法と言うほどのことではありません。ただ、顔の整った聖騎士様がいたらな~とは思います」


 はっきり言って下世話な方法だ。褒められたことでもない。だけど、ラミニエラには有効だとは思う。夢見がちな女の子には、ね。


「ミリア。あなた教会に入りませんか?」


「お断りします」


 司祭様の笑顔の誘いに、わたしも笑顔で断った。


 誰が好き好んで魔境に入りたがるだろうか。イルアの言葉を借りるなら「ノーサンキュー」だわ。

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