第9話 はぁ?

 一回目のクッキーが完成した。


 孤児院のオーブン──正確にはピザ窯と言う窯なんだけど、専用の鉄板に型抜きした生地を入れて焼くもので、一回で三十個くらい焼けるのだ。


「味見してみましょうか?」


 やったー! と喜ぶ女の子たち。もちろん、荷物持ちの男の子たちも喜んでいるわ。


「あま~い!」


「美味しい~!」


「幸せ~!」


 塩を混ぜた保存食のクッキーは昔からあったけど、砂糖を混ぜたクッキーはお金持ちしか食べられない高級焼き菓子だ。孤児院の子や町の子が食べるなんてなかなかないでしょう。わたしも十歳のときに初めて食べたっけ。


 イルアが稼いだお金で砂糖を運ぶ隊商と交渉し、ちょっとずつ信頼を得て今では孤児院でも使えるくらいたくさん仕入れられてるわ。


 まあ、砂糖の価格は今も変わりないけど、イルアの稼ぎは上がっているので美味しいクッキーを食べられています。あー美味しい。


「シスター。味は如何です?」


「はい。とても美味しいです」


 シスターは甘いものが好きなようで、とろけそうな顔でクッキーを食べている。


 ……年相応な顔をして……。


 シスターは清貧をよしとし、お洒落もできない。町の娘たるわたしには察することしかできないけど、重圧が相当ありそうね。


「さあ、皆。味見は終わり。次を焼くわよ」


 これはイルアが仕事のときに食べる用で、味見として食べているだけ。ちゃんと手間賃は払っているんだからね。


「お、いい匂いだ」


 三度目の焼きをしていると、イルアがやってきた。


「剣は買えた?」


「いや、おれの力に堪えられる剣がないから新しく造ってもらうことにしたよ。まったく、急いでも十日はかかるとか参るぜ」


「その間、仕事はお休みにするの?」


 イルアなら剣がなくても強いけど、剣を使った技が多いと聞いてるわ。


「実は、隊商の護衛をお願いされてるんだよ」


 護衛の依頼は前からきてるけど、隊商の護衛となればの何十日とかかる。そうなれば食事も湯浴みもままならず、野外での睡眠となる。


 一日二日なら堪えられても四日五日となれば心労が溜まって護衛にもならないでしょうよ。イルア、意外と繊細だからね……。


「断れない感じ?」


「組合長から直に頼まれてるんだよ」


 それは断り難いわね。冒険者組合の長は町の有力者だし。


「何日くらいの仕事?」


「王都までの護衛だから、いきに十日。荷の積み降ろしで三日。戻りに十日。まあ、三十日を見ているってさ」


 それはイルアには辛い日数ね。


「報酬はいいの? 前に護衛の仕事は安いって言ってたけど」


 魔物退治や迷宮探索のほうが稼げる。それ以上の報酬なんてもらえるの?


「安い。一日銀貨一枚だそうだ」


 三十日と見ても銀貨三十枚。イルアなら一日で稼いじゃうわね。


「断れるなら断るしかないわね。もし、断れないのなら王都観光だと思えばいいんじゃない? 王都ならイルアが欲しがってるものがあるかもしれないんだし」


 隊商の往来があるとは言え、高価なものや貴重なものは王都へと流れる。こんな町に落ちるのはたかがしれているわ。


「……買い物か……」


「そうそう。買い物にいくと思えば隊商の護衛も悪くないわよ。それに、おばさんたちに顔を見せられるじゃないの」


 王都にはイルアの両親がいる。もう三年は顔を見てないのだから見せにいくのもいいわ。


「そう、だな。かあさんたちの顔を見るのもいいか。よし。なら、護衛の依頼を受けるか」


「うん。がんばってね」


「ミリアもいこう」


 ん? はい? どーゆーこと?


「買い物ならミリアがいたほうが確実だし、旅の間の食事も作ってもらえるしな」


「いやいやいや、わたし、冒険者じゃないんだから旅なんて無理よ! 魔物なんて出たら失神しちゃうわよ!」


 産まれて十五年。町から出たことなんてない。町の中で育った生粋の町娘なんだからね、わたしは!


「大丈夫。おれに任せろ。馬車を一台用意するから」


 はぁ? 馬車? どーゆーことよ?


「いや、ちょっ、待ってよ! わたしには無理だよ!」


「──それならわたしも同行します。王都の教会にもいってみたかったので」


 なぜかラミニエラが入り込んできた。はぁ!?


「これでも杖術と攻撃魔法は使えます。イルア様が護衛をしているときにミリアを守るくらいはできます。それに、女性一人では心細いでしょうし」


 いやいやいや、あなたもなに言っちゃってくれてんのよ! わたしを口実にしないでよ! わたしは非力な町娘なんだからね!


「おー! シスターが一緒なら心強い。頼むよ。でも、司祭様、許してくれるのか?」


「わたしが全力で説き伏せます」


 今まで見たこともない顔を見せるラミニエラ。これは手段を問わない顔だ!


「出発はいつなのですか?」


「早くて五日後。遅くても七日のうちには出るそうだ」


「あまり時間はありませんわね」


「そうだな。馬車を借りるか買わないかしないとならんし、急がなくちゃならんな」


「はい。わたしも急いで用意致しますわ」


 なにやらわたしの意見など無視され、二人が勝手に話を進めていく。


「ミリア。おれは冒険者組合にいってくる。夜までには帰るから!」


 と、飛び出していってしまった。


「ミリア。わたしも失礼します。皆さん。ミリアのお手伝いをお願いしますね」


 と、ラミニエラも飛び出していってしまった。


 あまりのことにわたしは動けず、茫然とするしかなかった。

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