第8話 思いは心の奥底に

 な、なんとかラミニエラから逃れることができた。と思ったらついてこられた!


「お勤めはよろしいんですか?」


「今日は孤児院でお勤めなんです」


 きっと孤児院の子からわたしやイルアがくることが漏れたのでしょうね。シスターなのに情報収集能力が高いこと。


「そうですな。では、一緒に」


 と、これと言ってしゃべることなく孤児院へと向かった。


 孤児院の前では、荷物持ちの子らがライド水を飲んでわたしを待っていた。


「お待たせ。このあと予定がないなら手伝ってくれる?」


 今日買ったライドを洗う作業があるので、予定がなければ手伝ってもらいたいのよね。


「もちろんさ! なんでも言ってくれ」


 本当に安いお駄賃でよく働いてくれる子たちよね。


「ライドをよく洗ってヘタを落としてちょうだい。蜂蜜漬けにするから」


 せっかく安い蜂蜜を手に入れられたんだがらライドの蜂蜜漬けにしましょう。オヤツにもなり保存食にもなる優れた食べ物だ。


「できたら皆にもごちそうするわね」


 これぞ魔法の言葉。やる気に満ちていた子がさらにやる気を燃えさせた。


「ハイトとルドは水を汲め! 洗うのはダリオとラドだ。残りはヘタ取りだ」


 ボス格たるロイが指揮してくれるので、ライドの下拵えは任せた。


「ミリア。わたしも手伝わせてください。料理はあまり得意ではありませんが、手先は器用ですから」


 治癒師たるシスターに料理なんてさせられないけど、断っても聞かないでしょうからクッキー作りを手伝ってもらいましょう。


「皆、ごきげんよう」


 教会での挨拶はごきげんよう。なんとも場違いな挨拶だけど、孤児だからこそ言葉遣いや行儀を教えられるそうよ。


「ミリアねーさま、ごきげんよう」


「ごきげんようです!」


「ねーさま、下準備しておきました」


 孤児院の女の子たちがわらわらと集まってくる。


 懐かれているのは嬉しいけど、なにか懐かれとは違うなにかを感じてちょっとたじろいてしまう。いい子たちなんだけどね……。


「昼食はもう済んだの?」


 昔、孤児院は朝と夜だけの食事だったけど、イルアが食事は一日三食摂ったほうがいいと言うので、メルア様と相談して三食にしてもらったのだ。


 ……まあ、その分の予算は子供たちが稼いでいるけどね……。


「まだです。ミリアねーさまと一緒にいただこうと待ってました」


 腕をつかまれ、テーブルへと引っ張られる。


「そう急かさないで。わたしよりあなたたちを守ってくれるシスターを優先させなさい。目上の者を立てるのも下の者の勤めですよ」


 シスターは優しく微笑んでいるが、それ見た通りに信じるのは男だけ。あれは嫉妬心を押し殺して笑っているのだ。この世に優しい女は存在しないわ。


 ……自分に返ってくる言葉で胸が痛いわ……。


「はい。ミリアねーさま」


「ふふ。ミリアがシスターになってくれたらと思うわ。あなたが孤児院に関わってくれてから孤児院の評判もよくなったんですから」


「わたしはわたしのできることをしているまでです。そもそもこの子たちがよくなったのはイルアが稼いできてくれたお金があったからこそ。そうでなければただの町娘にはできなかったことですよ」


 もし、わたしに才があるとしたらお金を回す才でしょうね。イルアが言った通り、お金は貯めるのではなく動かせば回り回って自分のところに返ってきた。それも何倍にもなってね。


「謙遜なさらなくてもいいですよ。メルア様もミリアには一目置いてますし」


「買い被りです。わたしはただの町娘ですよ」


 治癒の能力を持ち、聖女認定されそうな人と比べたら隔絶な差がある。もう羨む気持ちにもならないわ。


 それ以上はギスギスした空気が生まれるので、女の子たちが用意してくれた料理をいただいた。


 もちろん、町組の子にも食事を振る舞ったわ。町組と孤児院組との繋ぎをよくするためにね。


 シスターを見ると、なんとも上品に食べている。やはり聖女候補にされると行儀だけではなく仕草の一つ一つが上品だ。男じゃなくても見とれてしまうわよね。


 わたしもシスターの仕草を真似て上品に食べようとするけど、やはり一日の長と言うべきか、まったく真似られてない。きっと厳しい訓練をしたんでしょうね。


 食後は一般的に飲まれるお茶で食休み──と言う名のおしゃべり。まあ、わたしは聞き役になることが多いけど、わたしの知らないことを聞けるのは楽しいもの。時を忘れてしまって聞き入ってしまうわ。


「ミリア。おしゃべりもよろしいですが、そろそろ仕事に移ったほうがよいのでは」


 はっ! そうだった!


「ありがとうございます。目的を忘れるところでした」


 いけないいけない。クッキー作りが遅れると夕食の用意も遅れてしまうわ。


「さあ、皆。クッキー作りとライドジャムを作るわよ」


 各自、前かけを装着。クッキー作りとジャム作りの二班に分ける。


「シスターはクッキー作り班に入ってください」


 クッキー作りは孤児院でよく作っており、ラミニエラも何回か作っているわ。


「わかりました。皆さん、よろしくね」


「はい、シスター」


「よろしくお願いします」


 シスターとしてのラミニエラの評価は高く、周りからの信頼も厚い。容姿もいい。まさに聖女の如し、と言っていい。


 人付き合いもいいようで、孤児院の子からも信頼されているわ。


 けど、わたしにはわかる。ラミニエラはシスターの立場に疑問を持っていて、逃げ出したいと思っていることを。


 イルアにひかれるのも自由に生きているからが要因でしょう。イルアなら自分を自由な世界へと連れてってくれるとね。


 わたしにはラミニエラの苦しみもシスターとしての重みもわからない。けど、イルアを自由の代償にするのは許さない。たとえわたしが悪者になってもね。


 なんて思いを心の奥底に仕舞い込み、女の子たちと和気藹々とクッキーとジャムを作った。

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