第3話 市場
朝食も終わり、牛の乳に砂糖を入れたコーヒー、カフェオレをのんびり飲んでいると、第四の鐘が鳴った。
「ゆっくりできるんだから釜戸女も悪くないわ」
主婦でもこんなゆっくりな時は過ごせず、給金だってもらえない。牛の乳や砂糖をふんだんに使えもしない。この優雅さの前には釜戸女の罵声など春のそよ風にも劣るわ。
「さて。買い物にでも出かけましょうか」
イルアや家族のお腹を満たすには毎日買い物へと出かけなければならないのよ。
手提げ籠をつかみ、戸締まりをして家を出た。
「ミリアねーちゃん!」
出るとすぐに近所の男の子たちが駆け寄ってきた。
どの子も仕事につくには幼く、かと言って働けないわけではない。なら遊べはいいとはならない微妙な年齢(六歳から十歳)。お小遣いなんてもらえない家庭の子たちばっかりだ。
「今日は買い物が多いから四人ね。二人は家の警備をお願い」
今日集まった子は六人。多いときは十人集まってしまうときもあるけど、なるべく全員を雇うようにしている。買い物はこの子たちがいないと夕方までかかっちゃうからだ。
「あら、ミロアはいないのね?」
いつもくるのに今日はいなかった。
「ミロアはアールベン工房に見習いなったよ」
あら。もうそんな歳になったんだ。月日が過ぎるのは早いものよね。
「ロイドとマイローは家の警備な。残りはミリアねーちゃんの手伝いだ」
子供たちのボス格たるロイが指示を出した。
わたしは、雇う立場なので子供たちの力関係に口は出さない。けど、悪いことするなら拳は出します。子供たちが悪さするとわたしが悪者になっちゃうからね。
子供たちを引き連れ市場へと向かった。
町の周りにはいくつかの村があるので、市場は暗くなるまで賑わいを見せている。
百以上の屋台が立ち並び、お客を呼び込むかけ声や買い物するお客の声が凄い。
「ミリアねーちゃん、今日は二番通りでライドが安く売ってたよ!」
「六番通りにはヤギの肉が売ってたよ!」
「リンリンも安く売ってた!」
さて。なにを買おうかしらと悩んでいたら、市場を縄張りにしている子供たちが集まってきた。
市場で効率よく買い物するには子供たちの情報は貴重だ。こうして教えてくれるのは本当に助かるのよね。
「じゃあ、ライドから買いましょうか」
情報は一律小銅貨一枚。小銅貨一枚で中くらいのパンが一つ買えるくらいよ。
お駄賃な値段だけど、情報を持ってきた子は、その屋台からも上客わたしを連れてきたことでさらに小銅貨一枚もらえるのだ。
毎日小銅貨二枚稼げるのだから子供には美味しい商売でしょう。市場や親からも喜ばれているわ。悪さする子供が減り、子供たちも組織化して悪さする者を更正させているんだからね。
……その大元締めがわたしになっているのは勘弁して欲しいけどね……。
「いらっしゃい! 今日のライドは美味しいよ!」
ライドは春から夏にかけて生る果物で、ジャムにすると甘酸っぱくなり、イルアの好物の一つだ。
ただ、ジャムにするには砂糖が必要なので作れるものはあまりおらず、塩漬けにして保存食にする人のほうが多いでしょうね。イルアはそれも好きだけどね。
「銀貨一枚分ください」
「はい、ありがとね! 四袋になるよ!」
四袋か。荷物持ち、足りなかったわね。
「ダード。市場組から応援を出せるか? いないなら町組から出すぞ」
「すぐに呼ぶよ」
市場組とか町組とは子供たちの縄張りを指し、町では町組の子が。市場では市場組の子が優先されるそうよ。
すぐに市場組の子が集められ、子供が運ぶには苦労するだろう袋を担いで孤児院へと運んでくれた。
「ダード。運んだ子たちに渡してあげてね」
銅貨を四枚渡した。ダードが市場組を纏める子だからだ。
「わかりました。ちゃんと渡します」
わたしの信頼を得ることが組頭の条件、ってことらしいので、ちゃんと渡すことでしょう。わたし、乱暴者と詐欺師は嫌いだからね。
次の屋台に向かうと、リンリンが積み重ねられていた。
「今の季節にリンリンが生るんですか?」
リンリンは秋になるはず。初夏の季節には生らないはずよね。
「こいつは春蒔きのリンリンだよ。セイラ村で植え始めたんだよ」
「へ~。そんなリンリンがあるんですか」
地域が違えば作るものは違うとは知ってるけど、季節が違っても生るものがあるなんて初めて聞いたわ。
「銀貨一枚分お願いします」
今日はリンリン煮を作りましょう。煮干の出汁とショーユで煮込んだリンリン煮、とうさんやにいさんが好きなのよね。
荷物運びの子は持参した背負い籠を持っているので、それに入れてもらった。
「まだ畑には生っているんですか?」
「ああ。昨日から収穫を始めたから夏までは続くよ」
じゃあ、しばらくリンリンを使った料理が続きそうね。
「また明日買いにきます」
「あいよ。またいっぱい持ってくるよ」
はいと返事して次なる屋台へ──と思ったら、見逃せない屋台が途中にあった。
「あら。蜂蜜が売ってるじゃない」
蜂蜜の収穫は秋だ。初夏に売ることはないんだけどな?
「おじさん。この蜂蜜、どこの?」
量を見たらこの周辺のものではない感じだ。
「ムローゲンってところからさ。隊商から仕入れたんだよ」
ムローゲンって確か、隣の国の名前だ。山が多い国らしいってことしか知らないけどね。
「瓶一つで銀貨八枚か~」
高い、高いけど、この時期なら良心的な値段だと思う。
「おじさん。十個買うからオマケしてよ」
「十個も買ってくれんのかい? それなら銀貨七十枚にしてやるよ」
それは気前のいいおじさんだこと。銀貨五枚値切れたら最高だと思ってたのに。
「オマケを頼んでおいてなんですが、安くしすぎじゃないですか?」
「実は、質としては落ちるものなんだよ。ライダリー商会に持ち込んだんだが、買取りしてくれなかったんだよ」
随分とぶっちゃけちゃうおじさんだこと。黙ってればわからないのに。
「アハハ。おれは信用信頼を大切にする商人なんでな」
自分で言っちゃうんだ。
「明日もやってます?」
「売れるまでやってるよ。こいつ売らないと次に繋がらないからな」
商人の謙遜だ。売れていること誇るヤツは三流だって隊商の人たちが言ってたからね。
「資金がないのでまた明日きます」
「おう。待ってるよ」
十個を背負い籠に入れてもらい、次の屋台へと向かった。
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