第2話 ライバル
わたしの朝は早い。
大陽が昇る前に起きて、身嗜みを整える。
高価な鏡台で髪をすかせ、後ろで纏めて縛る。イルアによればポニーテールと言う髪型だ。
寝巻きから服に着替え、浅黄色のエプロンをする。洒落っけもない町娘な格好だ。けど、清潔感は誰にも負けていないわ。
「よし。今日もがんばりますか」
部屋を出て台所へ。まずは釜戸に火を入れる。
薪を入れ、乾いたコノハを詰めて火打石を鳴らせ、火花を飛ばす。
いつものことなのであっと言う間に火がつき、薪へと燃えうつる。しばらく消えないかを見て、大丈夫になったら大きな鍋をかけ、水を入れて沸かした。
次に野菜を出してよく洗い、皮を剥いて鍋へと放り込んでいく。スープは毎日作らないと間に合わないのよ。
「煮干し魚もそろそろ切れそうね」
イルアのお願いで作ってもらった小魚を乾燥させたもので、完成するまで銀貨百枚が飛んでいったものよ。
「いい味は出るんだけどね~」
とにかくお金がかかってしょうがないわ。まあ、お金はイルアが出してるんだからわたしが文句を言う筋合いはないんだけどね。うちでも出してるんだしね。
「おはようこざいま~す!」
漬物を出していると、外から挨拶が飛んできた。
「はぁ~い。どーぞー!」
声を返すと、八歳くらいの男の子が入ってきた。
「おはようございます。パンを持ってきました!」
「あら、今日はミドなの?」
ミドは孤児院の子で、ときどき買出し要員として使っているけど、毎日パンを運んできてくれるのはシェラと言う十歳の女の子だ。
「はい。腹がいたいみたいでおれが代わりました」
あー年齢的にアレがきたか。ちゃんとシスターから教わってるかしら?
「そう。シェラに無理しないよう伝えてちょうだい」
お駄賃として小銅貨をミドに握らせた。こう言うことして孤児院の子を掌握しておくのが後々助けになるのよ。
「ありがとうございます!」
「ご苦労様。またお願いね」
嬉しそうに帰っていくミドを見送り、朝食の用意を再開する。
大食漢なイルアと家族の分もあるから朝は本当に戦いだ。昨日の下拵えがなかったら大したものは出せないでしょう。今日もなんとか第一の鐘(六時)が鳴るころには朝食分が完成。急いでテーブルに並べた。
「おはよ~」
大工のとうさんがまず起きてきて、宿屋の手伝いをするかあさん、そして、にいさんが起きてきた。
第二の鐘がなるまでにいかなくちゃならないので、家族を急かして朝食を食べさせる。
「いってきま~す」
「はい、いってらっしゃい」
かあさん、にいさん、とうさんの順に見送り、イルアが起きてくる前にテーブルを片付ける。
「ミリア、おは~」
肌着にズボンと言うずぼらな格好でくるのはいつものこと。まず、コーヒー(苦い豆のお茶)を出してあげた。
「あんがとさん」
「髪くらい整えなさいよ」
水差しから手のひらに注ぎ、爆発したイルアの髪を整える。
「今日はゆっくりなのね?」
いつもなら第二の鐘がなる頃から食べ始めるのに、今日は第二の鐘が鳴り終わっても朝食に手を伸ばさなかった。
「昨日狩ったバウンドの解体に時間がかかるみたいで、第四の鐘が鳴る頃にきてくれって言われてるんだ」
バウンドとは亜種の竜で大人二人分の身長がある凶悪な魔物だ。
わたしは死体しか見たことがなく、どう強いかはわからない。けど、バウンドを狩るにのは鉄の位を持つ冒険者が四人いないと無理だと聞いたことがあるわ。
「アレは美味しい経験値だった。もっと出て欲しいぜ」
「そんなことになったら町は大騒ぎになるじゃないのよ」
経験値がなんなのか知らないけど、あんなものがたくさん出たら町は大騒ぎ。物流が止まってしまうわよ。
「はは。そうだな。まだオレのレベルじゃ三匹がやっとだ」
レベルとは強さを表すもので、イルアの話ではレベル28なんだそうだ。まあ、強いんだろうな~としかわかんないけど。
「じゃあ、今日は魔の森にいかないの?」
「いや、いくよ。レベル上げは毎日しないとならないからな」
働き者、と言ったらいいのか、ただ単にレベル上げが楽しいのか、本当によくわからない男よね。
まあ、お金をかせいできてくれるのだからがんばって、だ。
四人前の朝食をあっと言う間に平らげ、食後のコーヒーを一杯。よし! と気合いを入れて自分のうちへと戻っていった。
テーブルを片付け、お弁当と言っていいのかわからない昼食を並べていると、装備を整えたイルアがやってきた。
「帰りにバウンドの肉をもらってくるけど、冷氷庫どのくらい空いてる?」
「六ルブくらいなら入るわよ。干し肉にするなら十ルブまで大丈夫かな」
ルブとは重さの単位で、十ルブになるとわたしの五分の一くらいね。
「わかった。十ルブくらいもらってくる。唐揚げにしてくれな」
バウンドは前にも食べて鳥肉に近かったから唐揚げにはできるけど、そうなると油を買わないといけないわね。
「収納」
イルアの魔法で五人前のお弁当が一瞬で消えてしまった。
インベントリと言う謎空間に入れているようで、そこだと温かいまま保存できるようよ。
……この魔法だけは欲しいと思うわ……。
「じゃあ、いってくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
外まで見送り、消えるまで手を振った。元気に帰ってきてね。
「あん! また遅れた!」
さあ、片付けようと回れ右しようとしたらカリアが息を切らしながらやってきた。
カリアとも幼なじみで、近くの食料品店で働いている。
「また寝坊? いつの日か首になるわよ」
美人で体つきもよく、たくさんの男どもが狙ってるけど、中身はあまりよくなかった。寝坊もよくあることで、イルアの見送りがしたいと言うクセに成功したことは滅多にないのだ。
「うるさいわよ! 今日はゆっくりできるって聞いたから綺麗にしてきたのに!」
相変わらず本末転倒がよく似合う娘よね。
「ご苦労様。あなたのその無駄な努力が報われるといいわね」
その美貌なら別の男に使えばすぐにでも結婚できるのに。
「なにが無駄よ! イルアの釜戸女のクセに!」
カリアの激昂にわたしを肩を竦めてみせる。
まあ、間違ってないし、それでお金をもらっているのだから悪口にもならない。そうよ。だからなに? である。
「ほんと、余裕な顔しちゃって! 自分が一番愛されると思ってるわけ?」
ハァ~。女の嫉妬って本当に面倒。わたしにどうこう言う前にイルアに迫ったらいいじゃない。なんの解決にはならないのにさ。
「イルアが誰を選ぼうとわたしがどうこう言うつもりはないわよ。本気で好きならイルアに告白しなさいよ」
まあ、告白して断られたのイルアから聞いて知ってるんだけどね。
……知っていてこんなこと言うんだからわたしも大概よね……。
「ふんっ!」
いつものように鼻を鳴らして去っていくカリア。諦めない娘よね。
イルアを狙っているのカリアだけではないし、こんなこといつものこと。気にもならないわ。
うちへと入り、ゆっくりと朝食をいただいた。あー美味しい。
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