隣の幼なじみがまた「ステータスオープン!」と叫んでいる 勝ちヒロインの定義

タカハシあん

第1話 幼なじみ

「ステータスオープン!」


 隣の家の幼なじみ──イルアがまた叫んでいる。


 イルアはわたしと同じ十五歳。昔から変わった男で、仕事から帰ってくると「ステータスオープン!」と叫んでいるのだ。


 同じ日に産まれた幼なじみではあるけど、未だによくわからない。聞いても「チートさ!」と、また意味のわからないことを口にするのだ。


 わたしたちが住むところは街道沿いにある町で、近くには魔の森や迷宮があって、イルアは冒険者として生活している。


 わたしも冒険者に誘われたけど、こっちは十把一絡げで語られる町娘である。犬に噛みつかれただけで失神する自信がある。とても魔物と戦う根性なんてないわ。


「イルア! さっさと食事にきなさいよ!」


 家の仕切りは薄いので、普通にしゃべってたって聞こえるが、なかなかこないので怒鳴ってしまった。


「湯浴みしてからいくよ!」


 綺麗好きなイルアは、仕事から帰ってくると湯浴みをするのだ。


 魔法と言うよくわかんない力が使え、手からお湯や水なんかを出して、これでもかってくらい体を洗うのよね。


 まあ、食事の代金の一つとしてわたしも寝る前に出してもらって体を洗ってるけどね。


「イルア、今日の依頼で鉄の位をもらったそうだぞ」


 料理をテーブルに並べていると、道具屋で手伝いをしている兄さんがそんなことを言った。


 鉄の位とは冒険者の順位? 地位? なんだっけ? まあ、白銀、金、銀、鉄、銅、とあって、鉄の位はそこそこの冒険者になった証らしいわ。


「十五歳で鉄になるとはな。ミリア、ちゃんとイルアを捕まえておけよ」


「イルアとはそんな関係じゃないわよ!」


 わたしたちは単なる幼なじみ。男女の関係はないわ。って言っても説得力ないか。なんだかんだと一緒にいることが多いんだからね……。


「遅れてごめん」


 髪も乾かさないままやってきたイルア。綺麗好きなのに身嗜みに疎いんだから。


 タオルを出してやり髪を拭いてあげた。


「夫婦だな」


「手間のかかる弟みたいなものよ」


 強くて冒険者として稼いでいるけど、それ以外は子供。生活力は皆無。わたしが放っておいたら変なもの食べて死んでいるわ。


 ……そんなことしてるからイアルの嫁とか言われちゃうんだけどね……。


「ミリア。今日の稼ぎだ。また明日迷宮にいくから弁当を頼むよ。いただきまぁ~す!」


 どこかからか皮袋を出してわたしに放り投げた。


「今日も今日とて稼いでくるわよね」


 中身は銀貨でしょうけど、普通の人の一年分に相当する重さだわ。


 とは言え、それも食費で半分以上は消えてしまう。イルアは食事にはうるさく、高級なものを求める。そのため町でも大きい商会から買ったり隊商にお願いしたりと、わたしの手間賃は銀貨三枚くらいなる。


 まあ、銀貨三枚でも積もり積もればとんでもない額になる。貯めておくのも怖いから工房を立ち上げ、おばさんたちを雇って還元しているわ。


 ……まあ、最近売上が多くなってどうしようか悩んでるけどね……。


「あーミリアの料理は今日も美味い!」


「はいはい。ありがとね」


 上質な材料と高価な調味料を使って何度も料理してたら誰でも腕は上がるもの。褒められても苦笑しか出ないわ。


「そうだ。マルゼルさんにお願いされていたショーユの試作ができたから味見してみてよ」


 イルアが切望している豆が原料のショーユと言う調味料。大まかな説明されて作って欲しいとお願いされたが、イルアの満足できるものはできなかった。なので、酒作りをしていたマルゼルさんに資金を任せてたのだ。


「できたのか!?」


「イルアの求めるものかはわからないけど、わたしはいいと思ったよ」


 試しに煮物を作ったらまずまずの味にできた。まあ、試食してもらったおばさんたちには不評だったけど。


「ミリアがいいと思うなら完成さ。ショーユでチャーシューを作ってくれ!」


 これこれこう言うものだと説明されるが、いつもの如く説明が曖昧で雑だ。でも、長い付き合いからかなんとなくわかってしまうから不思議よね。


「深い鍋を買わないといけないわね」


 イルアの要望を叶えるためにうちの台所は凄いことになっている。釜戸も三つあるし、イルアが考えた冷氷庫があり、調理道具がところ狭しと並べられてある。


 鍋だって十種類あり、置き切れないからわたしの部屋に置いてあるほど。そろそろイルアの家にも運ばないとわたし寝るところがなくなるわ。


「そう言えば、おじさんとおばさんから手紙はきてるの?」


 イルアの両親は、ここを治める伯爵様のところで働いており、三年前から王都へと出張しているのだ。


「元気ではやってるみたいだな」


 あまり興味がない返事。まあ、これは昔から。イルアは物心ついた頃から剣や魔法に熱中し、王都にいくのも断ったくらい。強くなることを優先してきたのだ。


「ごちそうさま!」


 三人前を軽く平らげたイルアに、食後のアイスを出してあげた。


「ミリア、砂糖ってまだあるか? 組合のミホリーさんが分けて欲しいってお願いされたんだよ」


 あのデカ胸さんか。わたしが渡さないからイルアから攻める気ね。


「イルアの分を減らせばあるわよ」


 ニッコリ笑って言ってあげる。


「……な、ないんならしょうがないな……」


 まったく、デカ胸さんも困ったものよね。イルアは貧乳派だって知らないんだから。


 ……ちなみにわたしの胸は年相応です……。


「砂糖、もっと仕入れられないのか? 貴重なのはわかるけどさ」


「今の二倍稼げば二倍仕入れられるわよ」


 つまり、お金次第ってこと。隊商も儲かるとわかれば持ってきてくれるわ。


「イルアがどうしても欲しいって言うから相場の倍を出して仕入れてもらってるのよ。もっと欲しいなら商売として仕入れなくちゃならないわ」


 砂糖は海の向こうの国から入ってくるらしく、大きな商会が買い占めている。そこから仕入れるんだからお金はすっごくかかるのよ。


「わ、わかった。無理だって伝えておくよ」


「女の色仕掛けには注意しなさいよ。大体の女はイルアの能力やお金が欲しくて近寄ってくるんだから」


 イルアも男だ。女に興味を持つのもしかたがない。内緒で色町にいくのも構わない。けど、金目当ての女に引っかかるのは幼なじみとして見過ごせないわ。おばさんにもバカしないよう頼まれてるしね。


「わかってるよ。いずれオレはこの町を出ていくんだからな」


「ハイハイ。できるといいわね」


 出ていくと言ってもう三年が過ぎている。もう町を出ていけるだけの能力があるのに出ていかないのは今の生活が快適なのを知っているからだ。


 人は一度上がった暮らしを下げることを苦痛に思う生き物。すべてを自分でしなくちゃならない旅なんてイルアにできるとは思えない。精々、三日がいいところでしょうよ。


「ごちそうさま。明日もよろしくな」


「はいはい。たくさん作っておくわよ。それより、お湯を溜めておいてね」


 わたしも毎日湯浴みしないとダメな女になったんだからちゃんと責任取ってよね。


「了ー解」


 うちを出ていき、わたしは片付けを済ませ、明日の下拵えしてからイルアのうちへと向かった。


 浴室へと向かうと、イルアの下着が放り投げられていた。


「まったく、籠に入れなさいよね」


 散らばった衣服や下着を籠に入れ、服を脱いで瓜のスポンジで体を洗った。


 すっきりさせて湯浴みを終わらせ、居間を覗くと、パンツ一つでソファーで眠っていた。


「しょうがないイルアなんだから」


 毛布をかけてやり、額におやすみの口づけをしてイルアのうちを出た。


「明日もがんばってね」


 鼻歌を歌いながら自分の家へと戻った。

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