36話 修羅場
まさかのひなたちゃんのターン。激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームのようです。
「……という訳ですので、できたら僕の前で刺すとか刺されるとか包丁とかみたいなワードは避けてほしいなぁって思う次第です」
「自業自得じゃないか……」
「でも、それは分かってるんですけど、えと、さすがに最期の光景と言いますか痛みとか感覚とかがそれなので……わりと、いえ、かなりのトラウマってもんじゃないものなので……はい、お願いします。 この通りです」
「分かったよ、俺だって他人の嫌がることをしたいわけじゃないしな」
ほっ、とした表情でソファに座り直す早咲。
………………………………。
……そうか、こいつ、死んだときの記憶まであるんだもんな。
たぶんそれまでに相当やらかして思い通りの人生だったんだろうけど……まぁ、こっちでも実際に刃物沙汰になったらしいし、案外言うほどには気にしていないかもしれないな。
あえて言う必要もないとは思うけど。
「ふぅ……あ、ないしょ話おしまいです」
「んー」
晴代はどこかへ消えたまま、沙映はスマホを……指の動き的にチャットとかしているんだろうか、俺たちにはまったく興味がない様子。
……一応は……えっと、よ、……嫁。
………………………………奥さん、なのに……とは思うけど、急になったわけだし、なにより沙映はこういう性格だからな。
もう少し付き合っていたら変わってくるんだろうか?
「で、ですね?」
「おう」
「あの子たちもバカじゃありませんし、ひと晩経っていますし、きっと先生方に絞られたでしょうから落ち着いているでしょう。 ですからきっと安心ですっ。 冷静になってくれたら、いくら僕から「君しかいないんだ」ー、みたいな薄っぺらくて聞き慣れたセリフを聞かされたからって、それがただの口説き文句だって分かるでしょうから本気じゃなかったって分かって」
「――――――――――――――――――――――――――――――ふーん。 ふ――――――――ん。 へ――――――――――――――――――え。 そーなの、昨日のってそう言うことだったの、早咲ちゃん」
背筋が凍るって言うのはこういう感覚なのか、っていうくらい恐ろしい声が聞こえる。
いつものように少しこどもっぽい発音と話し方で、別に声が低くなったりもしていないのに、むしろ可愛い部類の声のはずなのに……それが、恐ろしく感じる。
ゆっくりと顔を……上げる必要もなく目に飛び込んできたのは、ひなただった。
……髪の毛はぼさぼさ、目の下にはクマができていて明らかに疲れ切っていて、制服もなんだか薄汚れていて。
そんな、やつれた感じのひなたが……そこに立っていた。
ちっこいのに、ちっこくない。
むしろ大きい。
そう感じる。
「あれ。 ………………………………ひなた、ちゃん」
そう言えばコイツ、ひなたのことそのままだったりちゃん付けしたりするよなー、って思って見てみると……また床に降りて綺麗な正座をしてひなたを見上げる形になっている早咲。
………………………………。
ああ、慣れているのか。
慣れているんだろうな。
ってことは、ひなたって……いや、まさか。
いや、でもこのふたりっていつも一緒だし。
なにより、この……叱る体勢と叱られる体勢に貫禄がある。
……てことは、ひなたも早咲の……えっと、恋人のひとり……なのか?
「ねえ。 聞いて?」
「はい」
「早咲ちゃんのおかげでね? ひなたたち、とっても疲れたの。 がんばったの。 走り回ったの。 振り回されたの。 分かる?」
「はい」
「そう? ほんと? とっても大変だったんだって、どれだけ分かってるの?」
「あ、あの、ひなた、ちゃん」
あらあら、と……ああ、晴代がひなたを玄関から連れて来たのか……なんだか楽しそうな顔をしている晴代。
……もしかして、修羅場とか好きなタイプだったり?
さりげなくスマホとか取り出して構えているし。
………………………………。
そういうことも含めて何も知らないまま……その、して、恋人通り越して夫婦になったっていう事実にまた心が抉られる。
いくらこの世界の常識だって言っても、やっぱりいきなりは……なぁ。
まあ、もう今さらなんだけど。
「それにね? ――――――――――ちゃんとひなたの目、見て? 早咲ちゃん」
「ひゅ、はいっ!」
こわい。
女子は本気で怒らせちゃいけないな。
母さんも怒りやすい性格だったけど、逆に普段怒らない子が怒る……方が、こわい気がする。
………………………………………………………………………………………………。
……ってことは、晴代とか沙映も、怒るとこうしてギャップで余計に……。
「見てるね? もう逸らさないでね? いい? ……………………うん、でね? ひなたなんか特にね? 最初の、いちばん大変なときにね? 女の子たちから包丁とかカッターとか持って追いかけ回されたんだよ? 死ぬかもってなんっかいもなんっかいもなんっかいも思ったんだよ? ねぇ、本当に分かるの? 早咲ちゃん。 ひなた、早咲ちゃんの「正妻」だからって、それはもうね? 他の子たちや先生に助けてもらわなかったらひなた、刺されてたよ? 死んでたかもしれないんだよ? そのせいで昨日なんかぜんぜん眠れなかったんだよ? こんなに疲れてるのに、うとうとしたらあの声とか刃物が風を切る音とか飛んでくる音とかが聞こえる気がして目が覚めらゃって、ローズちゃんによしよししてもらわないと大変だったの。 ねぇ、分かる? 分かる? 早咲ちゃん。 ひなた、大変だったの」
「はい」
「ひなたがいけないんだって。 ひなたがいちばん最初に早咲ちゃんをゆーわくして、だから何人も、何十人も、何百人もの女の子に手を出すようになって……だからひなたを殺せばその子たちが早咲ちゃんにすっっごく愛してもらえるんだって言われながら、叫ばれながら、振り返るのもこわいままにずーっと逃げたの」
「はい」
うん、そりゃこわいよな。
誰だって、コイツのせいでそんな目に遭ったら怒る。
たとえひなたでも。
いや、むしろ周りの人がみんな自分よりも背が高いって状況なら、余計に。
………………………………………………………………。
……そういえば、表情がないのもまたこわいんだな。
ちっこい……小学生にしか見えない顔つきなのに。
「分かった?」
「はい」
「ほんとに?」
「はい」
「じゃあこれからしばらく早咲ちゃんはひなたのどれい。 いいよね?」
「はい……………………………………………………………………、え?」
「うん、じゃあいいや!」
ぱあっと、……いきなり笑顔に、見慣れた表情に戻るひなた。
……ああ、この子も小さく見えるけど女子なんだな……。
「で、早咲ちゃんはひなたに逆らえないから言うこと聞くんだよね?」
「あの、ひなた、ちゃん、その、いつまで、……あ、はい、聞きます」
「修羅場修羅場ー!」
「こらこら沙映様。 こういうものは、少し離れたところで楽しむものですよ? 直人様も、こちらへ如何です?」
「あ、……うん、そうするよ」
晴代が……いつの間に、っていう感じでキッチンにいて、食器とかを用意している。
……あ、スマホ、カメラがちょうどふたりに向かうようにして立てかけてある。
………………………………晴代……。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ直人!? 僕、君のために結構」
「早咲ちゃん? ――――――――ひなたのことだけ見てなきゃダメだよ?」
「はい!!」
俺に向かって振り向いてきたと思ったらすぐに戻る早咲を見下しつつ、ソファから離れる。
……ひなたの怒りの矛先が俺じゃないって分かっていても、やっぱり正面にいるとこう……来るものがあるからな。
修羅場からは避難しておかないと。
「ふぅ。 でね? 早咲ちゃん。 直人くんのことはいいの。 先生たち、それについてはがんばったねって褒めてたの。 直人くんのことはいいの。 だけどね? …………それ以外はね、ひなたたち、ずぅっとあの女の子たちのことで怒ってるの。 ひなたも、先生たちも、取り押さえるのに協力してくれた運動部の先輩の人たちとかも。 何十人なんだろうねー、ひなた分かんないや。 けどね? 怒ってるの。 みんな。 ね? ねぇ? 分かる? みんな、ほとんど寝ないでいるの。 みんなぴりぴりしてるの」
「あ、あの」
「じゃ、行こっか!」
部屋の端っこを歩きつつ、真横から見えたひなたは……とびきりの笑顔。
「女の子の心も体も好き放題して止められなくって、いくら怒られても次の日にはもう忘れている早咲ちゃん? 今もお気に入りが20人以上いる早咲ちゃん? ……ひなたたちみたいに昔っから一緒なのに、それなのにまだ飽きない早咲ちゃん? ひなたね、今回は本当に怒ってるの。 毎回、こういうことが起きるたびにこわい思いしたり謝りに行ったりさせられるの、ひなたたちなの。 だから、ね? ――――――――――――――――――――――――――立って、早咲ちゃん」
「え、あの……はい……あ、ごめんなさい、足がしびれ」
「立って」
「は、い……」
ぷるぷると、子鹿のようなっていう表現がぴったりの早咲
「ひなたとおてて、繋いで? 離したら――――――――――もっと、怒るよ?」
「はい……」
前屈みになりつつ、1歩1歩をふんばるようにして……正座のあとってキツいもんな……ひなたの手を握り、ぱっと握り替えされる早咲。
ちら、っとこっちを振り返ってくる早咲。
……見なかったことにして、さっさと晴代と沙映が席について待っていたテーブルへ向かい、朝食を摂ることにする。
「…………すぅっ。 みんなー! 早咲ちゃんが迷惑かけちゃってごめんねー! 新婚さんなのに、ごめんねー! みんな仲良くしてねー! おめでとーっ!」
「新婚……はぅ」
「新婚? ……あ、沙映たちそうだっけ」
「………………………………いいよ、ひなたたちは大変だったんだろ?」
「うん、まーねっ。 直人くんも大変だったんでしょ? ……あとで早咲ちゃんに問い詰めて先生に追加で怒ってもらうから、気にしないで?」
……うん。
いつものひなただ。
声も、表情も。
……だけど、きっとまだ怒っているんだろうなっていうのは察しがつく。
「あ。 あのね、直人くんたち、あとで先生たちのところに来て欲しいって言ってたから……あ、早咲ちゃんのことがあるから夕方くらいがいいのかな? 来てねって、お願いって! いつものところに来てって!」
「分かった。 ありがとう、ひなた」
「いいよー。 ……さ? 早咲ちゃん? とりあえず美奈子先生がすっっっごく怒ってるから、怒られに行こ? 大丈夫、ひなたもおてて繋いでてあげるから」
「え、………………………………あ、はい」
「じゃ、あいさつだけして出よっか。 お邪魔しましたー」
「え、もう? ……あ、はい…………それでは直人、あ、いや、直人さんに沙映さんに晴代さん、また、です……。 ………………………………。 ……あと、できたらでいいのであとで助けてくださいぃ――……」
初めて聞く、ものすごく情けない声が早咲がいると思しき場所から聞こえてきて……靴を履き、ドアを開けて閉め、オートロックが掛かる音が聞こえ。
部屋は、静かになった。
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
しん、と。
……早咲は、アイツはやっぱり……生前は男だったわけだし、そりゃあもう死ぬ前もろくでもない扱いをされてたんだろうし、今世も今世でやっぱり……あのひなたがあそこまでなるほどにやらかし続けているんだろうなっていうのが分かる。
「……沙映、おなか空いた」
「……そうですわね、朝を頂きましょうか。 それではおふたりとも、今から軽く温めますので召し上がりたいものを私に……」
………………………………。
うん、どうでもいいか。
とにかく俺たちは……昨日、ずっと運動……いや、起き続けていたから寝不足だしおなかもものすごく空いているんだ。
まずは朝食を食べて、順番にシャワー浴びて……ひと眠りしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます