35話 早咲の、もうひとつの秘密

早咲ちゃんが炸裂です。






思えば、あのときの……その、風呂場、じゃなくて洗面所での早咲は妙にしおらしくておとなしかった。


普段のこいつなら、例え押し倒された形になっても平気な顔をして重いからさっさとどいてください……とか、そんな感じでさらっと流すはずなのに、あんなにもしつこく話を続けてきて。


あとは、俺と……その、する、だとか、男女だとか、そんな話ばっかりしていたし。


「あれはぜんぶ、演技です♥ あ、いえ、話していた内容自体は嘘じゃないですけど。 いやー、僕ってほら、いつもいろんな女の子を手籠めにして歩いているでしょう? ですのであんな程度の演技は簡単なものです。 だってそもそもですね? 僕、女の子とするのは大好きですけど……間違っても男子とする趣味はないですもん」


「……話はよく分かりませんけれど、早咲様はまずまちがいなくそのようなお方ですわね」

「ねー、超有名だもんねー。 主席さんじゃなかったら先生たちから毎日怒られてそう。 や、学園から追い出されてるかもね」


……そんなに有名なのか、コイツのこれは。


………………………………。


だろうな。


「あ、誤解がないようにふたりにも説明しておきますけど、ちょっとした事故がありまして……僕がおふろから上がったところにばったりと直人と出くわしちゃったんですよ。 「あの電話」をする10分前くらいですかね? それも、僕はすっぱだかで。 それで、直人が転びそうになったので支えようとして転んで、押し倒された形になったんです。 で、ですけど……あれだけは僕の予定外です。 だってまさか直人が真夜中にお風呂場に……トイレのあと手を洗おうとして入ってくるだなんて、思ってもみませんでしたし……あー、可能性はゼロじゃなかったのに、鍵掛けるの忘れた僕が悪いんですけどね」


「……まあ、さすがにそこまで計算ずくだったなら、俺、お前と少し距離取るかもな」


「そこまでは腹黒くないのでご安心くださいっ」

「腹黒いのは認めるのか」


「週にふたりは新しい子を口説いて連れ込むような僕に今さらですか?」


「……週に、おふたりも、新しい……………………はぁ、それで主席なのですか」

「はぇー、よくお勉強とか運動とかする時間あるねー」


「で。 たまたま僕が押し倒される形になって、直人がちょうどいい具合にお薬で興奮しすぎる感じになりましてですね? まー、これでも僕の体は一応は女の子ですから。 で、せっかくなので、僕に「入れる」かどうかって話にまで持ち込んだんです。 けど、それはあのときにそのままふたりに引き継ごうって思いついたからでして。 ………………………………実際に直人が入れるって言う選択をしようとしてきたら、あのとき直人が言ったみたいに蹴り上げてでも止めさせて、結局はふたりを呼んで代わりを頼む予定でしたし? あ、そのときはもちろん有無を言わせずに問答無用でベッドに放り込んで、ですね」


「………………………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………………」


「……………………………………………………………………………………あれ?」


部屋が沈黙に包まれる。


晴代は……恐らくは事情を察して、俺と同じくらいに頭を抱えて。


沙映は話にいまいちついていけない上につまらないみたいで、きょろきょろと部屋の中を見回して。


………………………………で、肝心の早咲は、不思議そうな顔をして俺らを見ている。


「……はぁ――……、つまり、何だ? 俺は初めっからお前に踊らされていたのか。 いや、お前のことだ、嘘はついてないだろうけど、だからこそあの風呂場での会話まで、そうして焚きつけたのか。 ………………………………こうしてふたりと一緒になれた、なる覚悟……いや、勢いをもらえたこと自体には感謝はしているけどさ」


「いえ、だってー、考えてみてくださいよ直人。 あ、ふたりは直人のフシギな価値観で、ってことでお願いしますね? ……どう考えても女の子と、最低でもひとりとすぐに仲良くなってさっさと結婚しておかないと絶対にひどい目に遭うって分かりきっていましたよね? それも、わりと初めのころから。 だって直人は馬鹿じゃないんですから。 ま、ちょっと奥手すぎるかなとは思っていましたけど? ……で、そんなことをしてる内に実際に襲われかけて、もう少しで手の届かないところに連れて行かれそうで?」


「………………………………………………………………………………………………」


「……分かっていますよね? そんな状態なのに、それからもまだうじうじしていたんですもん。 いくらメンタルのためだからーって面倒見ていましたけど、途中から結構治ってきていましたし、それなのにまだまだ近づく気配すらないんですもん。 それどころか、とりあえずもう少し経ってから……とか考えていたんじゃないです? そりゃ発破も掛けたくなりますよ、なんですか、恋愛もののマンガで何十巻もくっつかない主人公たちみたいなあの感じは」


「いや、それは……分かって、たんだけど」


「ですからー、こちらの……普通の常識って言うものを最初に説明されたときから分かってはいましたよね? 男である以上、選択肢なんてほとんどなかったんだって。 ふつうはその歳じゃ10人以上のお嫁さんたちがいるんですって。 ………………………………だから先生たちに沙映さんたちを推薦してお嫁さん候補にして、ずっと一緒にして、その気になれば放課後の流れで一緒に夜もー、っていうのができるようにしていたのに、そうすることもなくって。 明らかにふたりが好みのタイプだって、傍目から見ても丸わかりだったのに……も――……」


ふぅ、と、これだから元童貞は……って、ぼそりとつぶやかれた。


同時に、卒業できたのは誰のおかげだと思ってるんですか、とも。


………………………………。


いや、理屈は分かっていたんだ。


だけど。


……いくらなんでも常識が違う世界に突然来て、母さんが母さんじゃなくなって、家族も知り合いも誰ひとりいない状態で、彼女どころか仲のいい女子すらできたことのない俺にさっさと好みの女子を連れ込むだなんて芸当、できっこないって。


だからあれだけさんざんに迷っていたんだろうが。


――――――――って言いたいけど、さすがにふたりがいるからこらえるしかない。


「はぁ、いいですねぇ……ほんと、うらやましいです。 僕が直人の立場だったら……そうですね、とりあえずで結婚とかしてない女の子の写真を見せてもらって実際に何人かと会わせてくださいってお願いしてですね、とりあえずでいい感じの子3人くらいを食べてみてですね、いいなって思った子は僕の部屋にキープしつつ毎日何人かずつをお相手していって、男としての……あ、例えですからね? 男としての義務を、楽しみを、全力で楽しむのに……なのに!! 直人はもう!! ほんとうにもう!! こなくそって感じでなーんにもしていないんですもん、そりゃいくら温厚な僕だって、もったいなさすぎていらいらもしますよ!! ……ええ!! この、意気地と甲斐性と根性のない直人が悪いんですっ! 僕は何も悪くなんてありませんっ!!」


「んーと、沙映、よく分からないけど? でもね? ……さすがにふつう? うん、お兄ちゃんと似た雰囲気だしねぇ直人、だから多分ふつうだよね、ふつう。 そんなふつうな男の子の直人くんと、なんで男の子に産まれなかったのかがフシギだねーってウワサされてる早咲ちゃんと比べるのはヘンだと思うなー。 だらしないー、とか、ふけつー、とか、何十股ー、とか、よくトイレで聞くし。 あ、あとねあとね? 直人は……その。 私たちのこと、よく知ろうとしてがんばってくれてたの、分かってたから。 そんなに急がなくてもいいんじゃないかなーって沙映は思ってたよ? っていうかー、ここに来るまでお家に閉じ込められてたんでしょ? それなのに沙映たちといきなり……その、ふーふになれって言うの、大変だと思うな」


「そうですわ……はぁ……。 沙映様のおっしゃるとおりです。 それに、昨日の騒ぎは、また早咲様のものですよね?」


「………………………………騒ぎ?」


「ええ、直人様。 女子寮だけでなく学園全体で……それはそれはもう大騒ぎだったのですわ……私もひやっとした場面もありましたし。 その発端が、たったひとりの女子を巡る何人もの女子の刃物沙汰でして。 なので、安全のために関係のない生徒は自室に鍵を掛けて籠もるようにってアナウンス、が…………あら?」


「早咲」

「はい」


名前を呼んだときにはソファから床に、そして正座をして見上げてきていた早咲。


……こいつ、正座し慣れてるな?


「……昨日、俺の部屋に来たときに言っていたよな? まずいことになったから避難させてくれって。 あれ、嘘じゃなかったんだな」


「ひどいですよー、失礼ですっ。 僕、嘘はつかない主義ですもん。 ……ただ少し、すこーし情報を省いたり意識を逸らしたりして秘密にしたいことを秘密にしたままなだけですっ」


「………………………………お前なぁ。 いつか刺されても知らないぞ? 昨日だって刃物……だったんだろ?」


刃物を持った女子……何人かは分からないけど、少なくとも刃物が出てくる程度には修羅場になっていただろう昨日の学園。


………………………………想像もつかないような修羅場だったんだろうなぁ……。


「刺さっ!? ……それはいくら何でもひどいですよ、直人! ………………………………………………………………。 あの、直人? 少し内緒の……あ、これは大切なことですのでやきもちとか焼かないでくださいね? ふたりとも。 で、直人、耳を」


「………………………………今度は何だ?」


少し失礼、と席を立った晴代と、スマホをじーっと見ている沙映を見ながら仕方なく早咲に近づく。


内緒の話?


………………………………。


……いくらこいつでも、昨日の夜のことを聞いてくるようなデリカシーのないことなんて……ああいや、こいつ、さっき初っ端から聞いてきたっけ。


なら、話って?


「……あのですね? 直人。 僕、前世で「死んで」生まれ変わったって言ったじゃないですか」

「まあ、死ななきゃ生まれ変われないからな。 けど、今くらいの歳って結構早いよな。 事故とかだったのか?」


「いえ、そういうことではなく……もうそういうことでいいです。 あと歳のことも今はいいです。 で、ですね? その、肝心の死因、なんですけどぉ…………、その。 女の子、それもふたりから同時にこう……ぐさーっと、ぐさぐさぐさぐさって、意識が無くなっていくまで刺されたからなんですよ。 失血死、ってやつなんですかねぇ? おなかとか胸とかふとももとか。 そりゃーもーえぐーい感じでしたよ。 やー、朝っぱらからごめんなさいねぇ」


「………………………………………………………………………………………………」


普段の早咲の言動を振り返ってみる。


そして、昨日騒ぎになっていたって言う聞いたばかりのことも考えてみる。


――――――――――ああ、この女好きならそんな末路辿っても、何もおかしくないな。

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