34話 種明かし
エピローグは早咲ちゃんメインです。……いえ、それまでと同じですが、晴代ちゃんと沙映ちゃんという直人くんのお嫁さんを加えた上での、これからを望む場面です。
「あー、もうちょっと早ければみなさんのあられもない姿を急いで整えた感じの、実にいいのをこの目に焼き付けることができたんですけどねー、残念です。 特に晴代さんと沙映さんはほら、僕のリスト的には後回しにしていましたし、なにより直人が来てからは直人のお相手だからもう拝めませんからねぇ……ああ、残念です」
「あ! 沙映知ってる! 名前が似てるからってびっくり、っていうか引かれたことあるもん! ひどいよ、さえ、と、さき、だなんて! おかげで沙映が女の子大好きで先生たちにいつも怒られてるって、ここに来てしばらくあったんだからっ」
「……はぁ――……この方が主席、ですか……。 この癖さえなければ、ほんとうに才色兼備なお方なのですけれど……」
「………………………………………………………………………………………………」
玄関で立ったまま俺たちを食い入るように見つめながら……ものすごくわくわくしている感じの早咲と、珍しく怒ってる感じの沙映と……頭を抱えている晴代。
そして、何にも言えずにぼんやり突っ立っている俺。
………………………………………………………………………………………………。
やっぱり早咲は……いや、多少面倒見は良かったとしても。
たとえ、正気に戻ることはあったとしても……その本性は。
「はいっ、と言うわけでみなさんは今日から正式に……法的にも何もかも家族ですっ。 国際条約的に。 ……あ、書類とかはもう全世界に発信しましたので直人の安全もそれなりには確保できましたよ? ええ、日本国の御園家と綾小路家。 あとはこの学園の先生たちや生徒たちのお家を敵に回して何かしようとするだなんて、もうできませんからね。 そういう意味ではあのときの悪い人たちがラストチャンスだったんでしょうか? まぁいいです、とにかくそういうことで。 今日中は念のために学園にいた方がいいみたいですけど、明日からは直人も学園の外に出られるようになりますし、沙映さんと晴代さんは晴れて「シンデレラ」として男の子に見初められてお姫さま。 ええ、全員が幸せ、大団円ですねっ」
……早咲、朝っぱらから元気だなぁ……。
………………………………。
じゃなくて。
「……早咲」
「はい!!」
「うるさい」
「はい……」
「……で。 俺がふたりといきなり――そうだな。 この世界では、何よりも俺の安全のためにって、このふたりが「お嫁さん」として」
「お嫁さん……はう………………」
「……済みません、少し腰が……」
………………………………。
……今度はこのふたりか。
晴代はぺたんと座り込んじゃうし、沙映はふらふらと危なっかしいし。
「………………………………俺と結婚した、ことになったんだな。 そうだよな、俺の世か……じゃない、俺の、その、「偏った教育」で習ったみたいに男女は恋愛のあとに結婚って流れじゃなくて、気に入ったら……男が見初めて、こうしたら結婚なんだもんな」
「そうです。 そのあたりの常識が染みつくまでは、あまり外で長居はしない方がいいかもですねぇ、直人」
「そうか。 ………………………………。 ……念のためだけど、晴代、沙映、いいのか? 俺たち、知り合ってまだ何日かしか経ってないし、放課後くらいしか一緒に過ごしたことないし、あと……その。 昨日の夜だって、ほんとうに急に、いきなりだったし」
「あ。 ちょっと待ってください直人」
「……俺は、晴代たちに」
ぴっ、と指を差す早咲。
その指先を見てみると……ふたりが、晴代は突っ伏すようにへたり込んでいて、沙映はなんでかは分からないけど壁と床のあいだにすっぽりと挟まるようになっている。
ついでにふたりの息は荒くて……それこそ、昨日の夜みたい、に、……。
「……とりあえず直人。 直人の言葉は危険すぎるので……ちょっと時間置きましょうか。 あの、なんか済みません。 僕が無遠慮だったばかりに。 みなさん、ごめんなさいでした」
「……お前、そんなことが分かるんだな。 あ、いや、気遣いができるんだな」
「ひどいですねぇ直人、僕は女の子を堕とす達人ですよ? 空気くらい読めますって」
○
「……ふぅ……お気遣いいただき、ありがとうございますわ、早咲様」
「いいですって、初めての朝を迎えた女の子なんてそんなものですし」
「………………………………本当に評判通りのお方なのですね?」
「そうですよ? 別に隠していたわけじゃありませんけど、普段見せるものでもありませんし」
「? どいうことなの?」
「沙映は気にしなくてもいいぞ。 早咲、いや、コイツは変な奴なんだよ」
しばらくして落ち着いたふたりをリビングのソファーに連れてきてから少し。
ようやくふたりは元に戻ったみたいだ。
………………………………。
……その原因、今となってはなんとなく分かるから、聞かれない限りは黙っておこう。
「……んー、それにしてもさぁ、やっぱ直人はね? ……んと、普通の価値観、っての? 知っておいた方がいいと思うよ? 私たちと話しててもよくわかんないことになるしさ。 そのうち私たちの家族ともおはなしするだろーし」
「ええ、沙映様、確かにそうですけれど……今すぐにでは無く、それこそ直人様がこちらにいらしてからの放課後のようにゆっくりとしたペースで少しずつ教えて差し上げたらよろしいと思いますわ。 それに、今後は一緒に住むことになるのでしょうし、放課後以外にも時間はありますもの」
「そうですね、つまりは夜だって!!」
「早咲、真面目な話だぞ?」
「はーい」
……こいつ、正体をこのふたりにも見せたとたんに遠慮が無くなりつつあるな。
「こほん。 それでですわ、直人様」
「あ、うん」
「……私たちは、直人様が私たちのことをお嫌いにならない限り、あるいは飽きられない限りには直人様の嫁のひとりであり続けたいと思いますわ。 これは、本心です」
「沙映も沙映もー!」
「……ふたりとも」
「ええ。 直人様はお優しい方で、それなのに芯は……ええ、榎本、美奈子先生がおっしゃっていたように芯のお強いお方ですわ。 どこか私たちの知る男性とは違う、それもまた魅力だと思います。 男性のお顔は縁のない方のものを画面越しなどでしか見たことがありませんからよく分かりません。 映画やテレビ、ウェブでもてはやされている方々は特別に容姿の優れている……よく知らない方だということを理解していますわ。その上で私は、直人様は素敵だと思います。 分け隔てなく女性を相手に出来て、急にこの学園に来させられたにもかかわらず、教室にまで来て……懸命に知識を吸収なさって。 そのような直人様と、事情がお有りとのことで選ばれた私たちが……このようにして急に夫婦になることができました。 私たちにとって、これ以上に幸せなことはございませんわ」
「沙映も沙映もー!」
「………………………………ありがとう、ふたりとも」
晴代の、凜とした顔つきで真っ正面から真っ正面な言葉で語ってくれる想いが気恥ずかしい。
けど、俺がまだ慣れていないだけでこの世界の女性にとっては……そう、シンデレラみたいにいきなり、どんな男にでも選ばれるっていうのはこれだけ嬉しいことなんだっていうのがひしひしと感じられる。
……きっと沙映も……そう、なんだと……思う。
………………………………。
……ま、まあ、この子は普段はきちんと話せるから。
主に好きなこととかについてだけで、難しい話とかになるとこうして晴代に丸投げしていた気もするけど。
「ええ、よかったですねお三方! つまりはひと段落ということですっ。 直人は身の安全と今後の生活に目処が立ってほっとしたでしょうし、晴代さんと沙映さんは無事直人に選ばれてしあわせになって。 ……ふぅ、昨日いろいろとがんばった甲斐がありましたっ」
「………………………………がんばった? いや、確かに昨日は改めて俺の常識についてとか世話してもらったし、……あと、夜も迷惑かけたりしたけど。 あと、ふたりを呼んでくれたりもしたけど」
「もうっ、直人は本当に箱入り息子さんですねぇ。 純情過ぎると言いますか、ピュア……あ、同じですね、じゃあ純真すぎるといいますか」
「………………………………………………………………。 つまり?」
「つまりですね? ――――――――――昨日の夜、その前の夜に寝不足で昨日も疲れ切っていたはずですのに夜中に目を覚まして……ま、あれは事故ではありましたけど、結果としてコーフンを抑えられなくなるほどになったのって、不思議ですよね? いくら今までが今までだったとは言え」
ずい、と顔を近づけてくる早咲に向けて、手のひらでその頬を押し返す。
ひどいですー、とか言うけど、どう考えてもコイツが酷い気がするしな。
……「親友」と自称するんだったら、これくらい雑に扱ってもいいだろう。
「でー、その原因はですね? 僕が昨日、直人の分の食事とかジュースとかだけにたっぷり、いろいろ込めて盛っていたおかげですもん。 そろそろ限界かなーとか思っていましたし、もういい加減くっついたらってもやもやの限界でして。 で、そうなるの見越して先生たちや晴代さんたちに、直人が限界来そうになる雰囲気になったらいつでもできるように手配しておいたのも僕ですし?」
「………………………………待て」
「はい」
………………………………。
盛った?
手配?
……なんだか、それってまるで。
「早咲。 お前が、全部仕組んで」
「やですねぇ、ちゃんと最後に直人の意志は確認したじゃないですか。 ねぇ? このふたりとえっ、あ、ちょっと待ってください、暴力反対ですっ……ふぅっ、結ばれてもいいのかって。 まぁ直人……の育った環境的には問題無いとは思っていましたけど、念のために」
………………………………そうだ。
早咲が、先生たちに連絡をしたのだって、このふたりを呼んだのだって、あまりにも手際が良すぎた気がする。
「………………………………思い出した。 早咲」
「はい?」
こてん、と……いつもの笑顔、今となっては何かを腹に抱えているとしか思えないぼけっとした笑顔で聞いてくる早咲に対して、俺はひとつ、とても重要なことを尋ねる。
「――――――――――つまり、お前。 あのときのって……ぜんぶ、演技だったのか? その、風呂……洗面所での、アレは」
「もちろんですっ♥」
と……事情が分からないから不思議な顔をしている晴代たちを尻目に、早咲は。
俺が、こうして女子と……女子たちと結ばれて、しかも早咲の本性の中の本性を知らなかったら、昨日の夜までの俺だったらまずまちがいなく惚れそうなくらいのとびきりの笑顔と声で……もう1回こてん、と首をかしげた。
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