27話 思いがけない再会

榎本直人くん:巻き込まれ主人公。


野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。――または、「野乃早咲」くん。


榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。


ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。


須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。


綾小路晴代ちゃん ザ・和服美人(普段は制服ですが)でお淑やか。 髪の毛がものすごく長い子。ひとつひとつの動作がていねい。 早咲ちゃんがおっとり系女子なら晴代ちゃんは清楚系女子。


御園沙映ちゃん 活発……過ぎる女の子。いい子なのですが、仲のいいお兄さんがいることもあって遠慮無くぐいぐい来ます。 ある意味気兼ねなく、前の世界のようにおはなしできる子。肩までのふわふわな髪の毛。







「早咲、開けるぞ――……って、もういないんだっけ」


夕方……もう夕飯の時間だ。


朝、結局1限の終わりぎりぎりに駆け込んできた早咲。


そのときに特段怒られたりすることもなかったから、なにか事情があったんだろう。


で、あのあとは他の人に話しかけられるままに過ごし……さっきまで、いつものように晴代と沙映のふたりに勉強とか社会情勢とかを教えてもらっていた。


まあ、今日のふたりはどこか気が抜けていて、いつもよりは雑談もお菓子を食べる量も多かったけどな。


それだけ心配させていたんだろうし、あの子たちと美奈子さんからの気づかいでもあったんだろう。


もちろん、俺も寝不足だったからきっと気が抜けていたんだろうな。


そう思って遅くまで付き合っていたから……もう7時。


今晩は早咲と何を食べるか……って思いながら声をかけたけど、そういやもういないはずだもんな。


だって教室で、俺はもう大丈夫だからって言って……荷物だけ持って帰るって言って来たんだから。


………………………………。


今朝までみたいに困ることはないから嬉しいけど、やっぱり寂しい、かな。


だって……俺が変な風に思い始めるまでは早咲はただの男の友だちだったんだから。


けど、やっぱり肉体の性別って言うのはある。


それで、意識してしまって昨日ほとんど寝られなかったくらいなんだ。


………………………………だから、これでよかったんだ。


まあ、これからも学校じゃ毎日顔を合わせるんだし、だったらさっき約束させられた晴代、沙映との「お出かけ」……婚約者としてのデートのアピールだそうだ、のために、この世界の男女がどんな感じにするのかを聞いておかないとな。


ドアの外まで見送りに来てくれて、きっと今夜も立ちっぱなしで俺を守ってくれるだろう兵士さんに挨拶をしてドアを閉め、部屋の電気をつけようとして……ついていたことに気がつく。


……あれ?


俺、電気とか気になって必ず消す習慣なんだけど……今朝はあんなだったし、消し忘れたのか?


……だろうな、あのときは……ちょっと。


そうだ、今だから分かる、朝はそれまでずっと早咲と一緒だったからいろんなことに意識を向けられなかったんだって。


仕方ないもんな、だって。


「………………………………ほはへりははーひ」


………………………………。


何だって?


「はへ? ひこへてまふー? なほほー?」


「………………………………………………………………、そりゃあ、な」


「ほっは。 ほほかかっはへふへ、はほほ」


おかえりなさい。


あれ? 聞こえてます? 直人。


そっか。 遅かったですね、直人。


……そんな感じのニュアンスだけは分かる、もんのすごく変な声が聞こえる。


それも、つい今朝までずっと聞き続けていた……そして今朝、俺が逃げ出したはずの声がする。


靴を脱ぎ、廊下を過ぎた先のリビングへと向かうと……というか、玄関に靴あったしな……テレビの前で、いつもどおり、ソファーに寝そべって……ものすごくだらしない格好で菓子をつまみながら、もしゃもしゃと音を立てながら頬を膨らませている早咲がいた。


俺にあいさつしているはずなのに、視線はテレビにくぎ付けだ。


……まずいちばんに思ったのは、こいつ意外とだらしないよなっていうこと。


この短期間でよく分かったけど、こいつは制服のシワとか気にしていないみたいだし、冷蔵庫から勝手にジュースとか取ってくるし。


俺のためにって置かれている菓子とか平気で食べるし。


いや、どうせ俺が出かけているあいだに掃除されて補充される……ホテルみたいなところなんだし、いいけどさ。


だけど、にしたって。


………………………………。


いや、待て待て!


「お前……早咲!? 今朝言っただろ、俺はもうひとりでも」

「はっへ、ほふはほほへ、ひひたひひほほは」


………………………………。


「……食い終わってからでいい。 というかせめて体起こして……ああもう、ソファーにこぼしてるじゃないか」

「ほへんへー」


もぞもぞと……もぐもぐと口を動かしながらのたのたと起き上がる早咲。


……やっぱりこいつ、初対面からしばらくまでの印象とはぜんぜん違うな。


なんというか………………………………だ、だらしないというか。


「はほほほひふー?」

「……いらん。 袋に手を突っ込んでないでさっさとそれを食べてくれ」


「はーひ」

「………………………………」


女のはずなのに……いや、中身が男だからか、だらしなさすぎる感じで……ああもう、制服だってよじれているし、横になっていたからかか髪の毛が潰れているし。


そんなこいつを見ているうちに、思う。


……やっぱり、昨日の夜と今朝の感情を抜きにすると。


どうにかして「これ」さえ無くせたなら……、ああ。


やっぱり男の……唯一の友人のこいつがいると、気持ちが休まるし楽しいんだ。


………………………………、あ!


「……おい早咲!? それ俺が取っておいたやつじゃないか!? ……ほら、他に名前書いといたろ!? お互いにどうしても欲しいのは何個かずつ分けてっ!」


「は。 ……ほへんへー?」

「………………………………本気で忘れてたのか……、はぁ――……」


もう、脱力しかない。


けど、……やっぱり。


早咲っていう……中身が完全に俺よりもだらしない感じの男がいるだけで、こんなにも気持ちが安らぐって感じになる、なんてな。





「で?」

「はい」


食欲に逆らえないらしい早咲に呆れた俺は、もういっそのこと食べたいだけ食べろと言ってしまい……結果、テーブルの上に、毎朝補充される分の菓子の大半を食べ切り、非常に満足そうな顔をしてソファーに寝っ転がっていた。


いや、腹の膨れ具合を見る限り、どうも食べ過ぎて動けないらしい。


……なにやってんだか。


「はい、じゃない。 お前、なんでまたここにいるんだ? 俺はもう大丈夫だから早咲は自分の部屋に戻ってくれていいって言っただろう? それにこのこと、先生にも伝えてくれって言ったじゃないか」


「言いましたね……けぷ」


「んで。 それなのに、お前の私物、みんな置きっぱなしじゃないか。 なんでまた……ああ、これから片づけるのか? なら、俺も手伝って」


「あ、そのことなんですけどね? ……うぐ」

「……苦しくなるまで食べない方がいいぞ?」


「いやー、つい、だったんですよ。 あ、で、それなんですけど、僕、改竄しました」

「………………………………は?」


改竄?


何を?


「先生たちに、直人のこと……外には今日みたいに出られるようになったんですけど、本人もまだほんとうに大丈夫か分かっていなくて。 なので、念のためにしばらくひとりにしないっていう意味での護衛って感じに僕が直人の部屋に引き続き泊まった方が良さそうです。 って、ね? いいですよね? これくらいは」


……こいつは、何を言っているんだ?


だって、俺は大丈夫だって、何度も。


「いえ、だって……ほんとうに大丈夫だって、どうして分かるんです?」

「いやいや、実際に今日も教室で最後まで授業受けて、放課後も」


「まだあれから2日ですよ? いえ、3日ですか? まあそれはどうでもいいでしょう。 問題は、まだそれだけの時間しか経っていないんです。 たとえば……ケガだってそうでしょう? ケガした直後はそこまで痛くなかったりしても、しばらくしたらそこが腫れてきたり青あざになっていたりしてもっと痛くなるのって。  それで、ケガをしたあとすぐよりも、それから少し経った何日かがピークなんです。 肉体的なケガでさえそうなんです、それよりももっと繊細な心のケガ、トラウマなんて何年も何十年もぶり返すなんてよく聞く話ですよ? なのにどうして「もう大丈夫」だなんて言えるんです? 体が痛みを感じないようにするためにアドレナリンを出すように、脳だって無意識であのときの記憶、覚えていないようにしているのかもしれないんですよ? それを、君は君自身で判るんですか?」


「………………………………、それは……」


「……と、いきなりまくし立ててごめんなさい。 昼間に自分の意識があって、自分から女性に接しに行っている状態なら確かに大丈夫かもしれない。 けれど、それ以外は? お家……しかもここは君のほんとうのではなく仮住まい、ホテルみたいなものです、そんな慣れないところにひとりでいるときに、ふとあれを思い出したら? たったのひとりの空間で。 電気をつけないと真っ暗、テレビとかをつけないと音すらしない。 そんなここで、おふろに入るとき、寝るとき……夜中に目が覚めたとき。 そんなときに、隙だらけのときに襲われていた記憶がフラッシュバックしたら? しないという保証は? ――そのときに、直人がもういちど傷つかないという自信はあるんです?」


「…………………………………………………………………………………………」


「大体です。 ……まだ実感がないみたいですからはっきり言いますよ? 直人。 ……無理やり複数の人間に性的に襲われそうになって。 あんなの、男女なんて関係ない。 ……未遂だとは言っても、ひなたと僕がなんとか通気口伝いに入って来られて……あれ、もう少し狭かったら無理だったんですよ? ……ベッドの下で閃光弾の準備をしていなかったら、未遂じゃ済まなかったんですよ? まあ、仮にその先に……直人が男だからそこまで心に傷を負わなかったとしても、そのあとは?」


おなかをさすりつつ早咲が立ち上がり、真剣な顔をして俺と目を合わせ続ける。


「僕たちが、その先のにも間に合わなかったら……直人、今ごろはあいつらに「物」扱いですよ? 健康な男子っていう誰もがほしがって……その肉体だけを、な「モノ」ですよ? 一生飼い殺しですよ? ………………………………ふぅ。 直人、少し危機感がなさ過ぎるとは思いませんか? 僕は思います。 最初の頃に言いましたよね? 直人は、「男女」というものを真逆に考えないといけないんだって。 10人、100人、1000人の男たちに囲まれた、たったひとりの女の子……あ、性別は逆で説明しましたっけ。 とにかく、そういう話を」


「……それは、そう……なんだけど」


俺よりは背が低い女……の体なはずなのに、早咲がやけに大きく見え、気がついたら後ずさっていた。


「直人。 君はもう少し君自身の価値というものを考えた方がいいです。 いえ、考えないとこの先が思いやられます」


「………………………………価値?」


「です。 ぴんと来ないのなら君の世界の常識で考えてみてください。 もう少しスケールダウンしまして、分かりやすくしてみます。 いいですか? 君の世界……家、一族でもいいです……は男しかいなくて、このままだと血筋が途絶えそう。 そんなときにのこのことやってきたのは、実に健康そうで……この場合は元気な子を産めそうな、隙だらけの女の子。 お家に連れ込んじゃえば、後はどうなるか……考える必要はないですよね? さすがに。 どんなことをしてでも、毎年………………………………ですよ? 昔の女性たちみたいに、際限なく跡継ぎを……って。 ああ、戦国時代とかの価値観がそれに近いですかね」


ずい、と、顔を近づけてくる早咲。


朝までならこれで思わず理由をつけて逃げ出しそうなシチュエーションだけど……今は、早咲の言う内容に意識が向いていて、逃げることなく見ることができた。


「……この世界の人たちには。 この世界の、……たしかに君の世界よりも人の数はずっと少ないです、ですけどね? 億を超える人にとって直人はそういう「女の子」にしか見えないんです。 つまりはイヴですね。 あ、いえ、逆に男であって……人口授精の技術がずっと進んでいるこの世界の人たちにとって、君はアダム……数え切れないほどの女性を幸せにして、数え切れないほどの子を生み出すための貴重な「種」としか映らないんです。 ……ふぅ、これで危機感というもの、少しは感じてくれましたか?」


と。


……今朝までのもやもやなんて吹き飛ぶような話を、立ったまま……鞄を持ったまま棒立ちで聞いていた。


髪の毛はぼさぼさ、服もよれよれ……だけど、ものすごく説得力のある、真剣な眼差しで「男女」なんて気にしなくてもいい、早咲からの……俺を想っての話を。






早咲ちゃんとも別れ、またひとりの生活に戻る……かと思いきや。もうそろそろクライマックス、からのエンディングです。

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