28話 早咲:女→男


早咲が、かなり本気で話している。


口調はまだまだ穏やかだけど、目つきとから分かる。


……………………………………早咲は、怒っている。


俺のことを想って、……昨日俺が色ボケ……そう、色ボケしたばかりにおろそかにしようとしたせいで。


そうして、この世界に来てから聞かされた……俺が、どれだけ貴重な「男」というものなのかっていう事実。


それを改めて早咲から聞かされた俺は、ついさっきまで考えていたようなお気楽な気分を吹き飛ばされる形になった。


「………………………………、ああ。 分かってはいた。 分かってはいたよ」

「それならいいんですけど」


と、いつの間にやら取り出したお茶をすすっていた早咲を見ながらソファーに腰を下ろす。


「これ、念のために言いますけど誇張でもなくほんとうのことですよ? それどころか、だいぶ抑えていますからね? ……君は、運がとてもいいです。 だって、この世界に来て初めて会って話した相手が、ひなたを初めとした僕たちって言う「男」に執着していないっていう例外中の例外なんですから。 ですから……そんな僕たちが言う以上そこまでの実感はなかったかもしれません。 あるいは、この学園自体が一種の特別な……まあ、裏切り者はいましたけどね……場所ですので、みんな「淑女」だったおかげで、あの夜に襲われた程度で済んだのですけど」


「……程度?」

「はい、そうです。 あの程度、ですよ?」


こと、と湯飲みを置いて俺を正面から見つめてくる早咲。


「クラスのみなさん……は、美奈子先生から強く言い含められていますし、学園の生徒自体も選りすぐりのエリート、つまりは将来の価値がものすごく高い方たちなので、表立って直人に何かを感じさせるようなことはありませんし、積極的に何かを仕掛けてこようとはしません。 けど、この世界のほとんどすべての人……女性は、古典的な価値観で言えば「お家の存続」なんです。 そして、それに失敗する人たちの方がずっと多いんです。 いくら人工授精と言ったって、完璧じゃない。 なにより、男という本能が求める存在を欲しているんです。 ですので、それくらいに男の血、それも、人工的に薄められてなんとか命を授かるのではなく、生身の男性から注いでもらっての「血」を受け継ぐっていう欲望を強く強く抱いているんです。 そして、あわよくばその男性を……小数点以下の割合しかいない、男という貴重な種族を家族に迎えることに、って」


「………………………………」


「昔は男性を巡っての戦争が何回もあったというのは先生たちからも聞いたでしょう? いえ、実は今でもくすぶっていたりする地域は山ほどあるんです。 なので、どこの国でも……もちろんここでもです、男性を無理やりに手籠めにしようと企んだだけでも片っ端から死刑という法律が世界共通で存在しているくらいです。 それくらい……金よりもダイヤモンドよりも、何よりも大切な存在なんです。 健康な……しかもまだ高校生な男性というのは」


「……死刑。 企んだだけで……」


「はい。 それくらいして……も、あんなことがあったことから、そうするまでの時代はどれだけだったのかは想像できるでしょう? それこそ、海外の麻薬などの扱いと同等なんです。 言い訳を聞かずに軍隊が突撃して銃で男性以外を……っていう国が圧倒的に多いんですよ?」


男が、それだけの価値。


………………………………。


……そう、だよな。


たしか、1対1500……とかだったか?


そのくらいしかいなくて、人類の存亡がかかっているんだったもんな。


「それに、男性は女性と違って……ちょっとシモな、だけどマジメな話ですからね? ……男性は女性のようにほぼメンタルに影響されずに子を成すということはできませんよね? 精神的にやられていたら、機能しませんから。 それこそ、いちどそうなってしまったら薬を使ってもなかなか上手く行かなくなるというのは前の世界でも聞いたことがありますか? ……それに薬にも限度がありますし、なによりもその手のお薬は心臓に負担を掛けますので……男性の寿命に強く影響を与えてしまいます。 ですから男性にトラウマを植え付けようとするだけでも……そうですね、最低でも数百人の子孫が、血が、人類が生まれないことになるんです。 ね? ものすっごい重罪でしょう? この世界の人類の滅亡、早めるでしょう? せっかく小さいころから洗脳まがいの教育をして、許嫁で囲って、たくさん励んでもらうはずのところにそんなことをしてきたら……どうなるのか」


「………………………………ああ」


正直に言って、今でも俺にとって……この世界の情勢って言うのはSF映画を観ているような気持ちだ。


だけど、俺と同じ男だったこいつがここまで言うんだ、いまいちど気を引き締め直さないといけないな。


「悪かった、早咲。 俺、そこまで真剣には考えていなかったよ。 せっかく美奈子さんたちと、それを承諾してくれた晴代や沙映もそうだ、俺のための婚約っていうカモフラージュをしてまで俺を守ってくれようとしていたっていうのに、俺は」


「……あ、ちょっと待ってください直人」

「……ん?」


「あの、これは建前です。 いえ、今言ったのは事実ですし、そろそろ危機感は持って欲しいかなーとは思っていましたけど、今のは僕がここにいるのとはぜんっぜん関係がなくって。 つい熱が入ってしまってお説教っぽくなっちゃいましたけど」


「………………………………………………………………………………は?」


こてん、と……また、首を少しかしげる仕草をする早咲を見て、俺の頭の中はもういっかいぐちゃぐちゃになった。


で、その早咲は……どんなマジックを使ったのか、空になっていた湯飲みがなくなった代わりにジュースが入ったコップ……それも、俺のぶんも含めてふたつ……を手に取り、ああ、やっぱり男性に配給されるようなものはジュースからして格別ですねぇ、などと言い、こくりとひと飲みする早咲。


どうぞ、と促され、そういや戻って来てから立ちっぱなしで喉も渇いていたなと気がつき、手渡されたコップの中のジュースを一気に飲み干した。


「実は……えっとー、そのー」


……またひとつ、早咲の初めて見せる表情。


これは、……ばつが悪いと言うか、そんな感じの?


「あの……ですね? 僕、その、身の危険を察知したんです」

「危険!? ……だったらすぐに美奈子さんと護衛の人に連絡してっ!」


「あ、や、待って、待ってください直人っ! それは困りますっ!!」


「待っていられるか! この世界でたったひとりのダチってやつの危機なんだろ? なら、こんどは俺が、俺の特権を使ってでもっ!」


急いでスマホ……に似た機械、呼び方は違うけど……を操作し、緊急用のアプリを押そうと指を動かす。


なんでも、特殊な間隔で数回のタップさえすれば外の護衛の人たちが俺のところに数秒、数十秒で来てくれるっていうものらしい。


硬いものに思い切り叩きつけてもいいけど壊れたら悪いし、なにより悪者が目の前にいるわけでもないし……それに、こっそり通報する練習にもなるしな。


だから、早咲っていう、俺にとっていなければならない人が……命のではないかもしれないけど危機に瀕しているなら大げさっていうことはない。


美奈子さんだって、これを使って大騒ぎになったとしても……こうして早咲だけを俺の部屋に入れる許可を出しているくらいだ、早咲がどれだけ俺にとって大事な存在なのかって言うのは分かっているはず。


だから。


………………………………。


……なのに、なぜ早咲は汗を垂らしながら、息を荒くしながら俺の指を握っているんだ?


「……はぁ、はぁ……。 ご、ごめんなさい直人、危機っていうのはそういうのじゃないんです」

「………………………………そう、なのか?」


「はい、……とりあえず、指をどけてもらってもいいです? もしこの件で通報なんかされたら、僕、先生から大目玉どころじゃないので……」


「あ、ああ……」





「あー、もったいないことを……まあ、しょうがないですよね、僕のせいですから」


急いでいたからか、テーブルのコップを……自分の分をこぼしていた早咲がジュースを雑巾に吸い取らせつつ言う。


「身の危険、っていうのは……えっとですね? 前に話しましたよね? 僕、せっかく記憶を持って生まれ変わったので、喜び勇んで女の子たちを性的にめろめろにし始めたって言うのを」


「喜び勇んでとは聞いていないが? あと、めろめろって」


「まあまあ、ささいなことですよ。 で、なので当然に小さいころから……幼稚園のころから始めてこの歳までずっと続けているんですけどね?」


「当然?」


「はい、当然です。 こういう立場なら、普通そうじゃないですか?」


こてん、と……反応してはいけないけど、不意打ちで可愛い仕草をしながら俺を上目遣いで見上げてくる。


いつもの癖に、なんだか色気みたいなものが含まれている気がする。


………………………………。


……ほんとうに、他意はないんだよな?


いや、今こいつはとんでもない犯罪を口にしたじゃないか、大丈夫だ。


俺が対象なわけないじゃないか。


こいつにとっての対象は、この世界なら無数にいる……女性同士でも平気な女性だ。


いや、まあ、この世界の女性の大半がそうなっているらしいけど。


……だから、男の俺なわけがないもんな。


「……あー、直人は草食系ですもんね」

「ごく普通の男子高校生だけどな?」


「えー、そうですかー? その年で彼女いたことないって」

「いいから続けてくれ。 ……俺にそういう人がいなかったのは、そこまで色恋に興味がなかったからで」


「あー、はいはい、みんなそう言うんですよねー、ど、おっと、チェ、じゃなく……潔癖な男子って」

「………………………………………………………………」


「で、ですね? 僕、この学園に……高等部に入ってからも手当たり次第に女の子たちを味見してきたわけなんですけど」


「……。 ……で?」


俺の、早咲に対する……こう、いろいろな感情というか尊敬度みたいなものが著しく落ちている気がする。


「あのですね――……んと、僕、ちょーっと調子に乗り過ぎちゃいましてね?」

「調子に」


「はい――……これは反省ですねぇ。 浮かれてこれまでの経験を忘れて声をかけてコマしていたせいで……少――――しばかり愛が重い系の子たちにまとめて手を出してしまいましてね? いやー、猫かぶり……深い深ーい愛情なんですけど、それを見抜けなかった僕が悪いんです。 あそこまでのは死ぬ前くらいなものだったので、なんとかなるって思っていたんですよねー。 いやー、女の子はいくつでも、どんな性格でも女の子ですねぇ」


俺の早咲に対する感情が、命の恩人、唯一の友人から見境のないナンパ野郎に急降下だ。


それはもう、これ以上下がる余地がないくらいに。


「そんなわけです。 はい」


「……つまりお前は、その人たちから逃げるためにここに来たと?」


「はい!!!」


「はいじゃないぞ?」


とびきりの笑顔も……ついさっきまでだったら感情を揺さぶられていたかもしれないけど、今となっては1ミリも動きやしない。


……こいつが、悲しいくらいに下半身に支配された、根っからの女好きの男だって、改めて理解したからな。


理解したと同時に、ほっとする俺もどこかで感じながら。






早咲ちゃんの本性が垣間見える回でした。早咲ちゃんはどこまでいっても女の子しか眼中にない心からの、魂からの女たらしです。ですので、これ以降の展開もあらすじ通りに安心してご覧くださいませ。

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